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作成: 2003/9/30 黒岡 俊次

データ番号   :010260
大気中における高温耐食性表面改質技術
目的      :高温耐酸化性被覆膜の形成技術
放射線の種別  :軽イオン
放射線源    :イオンビーム照射装置
利用施設名   :(株)イオン工学センター複合ビーム装置(B)
照射条件    :真空中
応用分野    :工具、金型、半導体保護膜、絶縁膜

概要      :
 窒化ホウ素(cBN:cubic boron nitride)は、高硬度で化学的安定性に優れた物質であることから次世代の硬質表面改質材として期待されている。しかしながら、高温高圧法で作製したcBNバルク材料の耐酸化温度は1200Kとされているものの、薄膜では評価例がほとんどなく、今回の実験により923K程度で酸化が始まることが確認された。そこで膜形成時にアルミニウムを微量添加することで酸化開始温度が1100K以上となり、フリーなボロンをより高温安定性に優れたAlB2にすることで約150K程度耐熱性が向上できることが判った。

詳細説明    :
 高圧合成法で作製された立方晶窒化ホウ素(cubic boron nitride:cBN)は、化学的安定性に優れ、ダイヤモンドに次ぐ高い熱伝導率と硬さを有する。さらに高温耐酸化性においてダイヤモンドを凌ぐ特性を示すことから工業的に非常に魅力的な材料である。そのため表面改質被覆材として、EB蒸着法やレーザーアブレーション法、スパッタリング法などにより薄膜化する試みが為され、その作製条件を最適化することでcBN薄膜を形成できることが明らかにされた。cBNは一般的に1200K程度までの耐酸化性を有するとされているが、これは高圧合成法などにより作製されたバルク材の結果であり、薄膜材料の耐酸化特性についての報告例は見あたらない。これは成膜時に発生すると考えられる膜自体の内部応力により基材から剥離するため、評価が困難であることによる。
 
 cBN薄膜の大気中における高温特性を評価した結果、膜の酸化は923K程度で始まることが観測された。そのため、耐酸化特性を向上することを目的として、成膜時にアルミニウムを添加したStabilized-cBN被膜の開発を行った。
 
 試料の作製は、図1に示すイオンビームスパッタリング(Dual-ion beam sputtering method)装置を用いた。蒸着基材にはシリコンウェハーを用い、ターゲット材料には純度99%upの B(Boron)および純度99.999%のAl(Aluminum)を用いた。なお、ターゲットのスパッタリングは純度99.999%の Ar(Argon)ガスを用い、成膜中のイオンボンバードメントには、N2(Nitrogen gas)とArの混合ガス(混合比N2 : Ar = 3 : 7)を用いた。成膜時の基板温度は773K、イオンボンバードメント電圧は300V一定とした。これは、cubic相を形成するための必要条件の一つである2)
 


図1 イオンビームスパッタリング装置の模式図 Schematic diagram of the ion beam sputtering apparatus.(作成者自作図)

 
 Alを添加したStabilized-cBN薄膜の酸化試験結果をcBN薄膜の場合と比較して図2に示す。
 


図2 Al添加によるBN薄膜の耐酸化特性の向上 Improvement of oxidation resistance of the BN film by Al addition.(原論文3より引用)

 
 cBNの場合、膜の酸化は923K程度で既に始まっており、酸化温度の上昇と酸化時間の増加に伴って酸化が激しく進行し、1073Kでは重量減少が10μg/cm2に及んでいる。一方Alを1.8at%添加したBN薄膜の場合、1073Kではほとんど変化が見られなかった。すなわちAlを添加することで酸化開始温度が1100K以上となり、これにより約150K程度耐熱性が向上できることが分かった。
 
 これらの試料についてESCA分析を行い、B1s、Al2pスペクトルを図3に分解(Deconvolution)したものと併せて示す。
 
 B1sスペクトルでは、BN結合よりも低エネルギー側にショルダー部が観測され、これはBN結合に寄与しないアモルファスボロンであると考えられる。この酸化が723K程度で生じるために早期に膜全体の酸化が進行するものと考えられる。一方Stabilized-cBN薄膜の場合、N1sスペクトルから膜中で添加したAlはNと結合していることがわかった。Al2pスペクトルにおいてAlNによるメインピークとAlB2に相当するピークに分解できたことから、添加したAlは主にNと結合すると共にBN結合に寄与しないフリーなボロンと結合し、AlB2として存在していると考えられる。そしてこの化合物の融点が1248Kと高いことから、膜の高温安定性が向上したものと考えられる。
 


図3 ESCAにより測定したcBNおよびStabilized-cBN薄膜のB1s、Al2pスペクトル B1s and Al2p spectra of the cBN and stabilized-cBN films derived from ESCA measurement.(原論文1より引用。 Reproduced, with permission of the copyrighter, from Thin solid films Vol. 415 (2002) pp 46-52, S. Kurooka, T. Ikeda, A. Tanaka, Figure 10 (Data Source 1, p.51), Copyright(2002) by Elsevier Science.)

 
 cBN薄膜の耐酸化性が、高圧合成法で作製されたバルク材に比較して低い値を示すのは、膜中に含まれたBN結合に寄与しないフリーなボロンが原因である。これにAlを微量添加しながら成膜することにより、フリーなボロンをより高温安定性に優れたAlB2にすることで酸化開始温度が1100K以上となり、高温安定性が約150K程度向上できる。また本研究結果から、Alを微量添加することで、Stabilized-cBN薄膜の内部応力が約30%緩和され、膜の基材からの剥離が抑制された。この効果は、Ti、C、Si、V、Zrにおいても観測されており4)、更にこれらの元素添加がcBN薄膜にあらたな特性付与できることが期待される。

コメント    :
 
 cBN・Alのような新規な薄膜材料が、任意な形状に加工できる金属部材に対して、容易にcBN薄膜被覆として加工できるようになれば、高温環境下で使用される製品に新たな展開が可能となる。例えば高温下で耐食性、耐摩耗性等の要求が高いガスタービン部材、ロータリー部材、ガスケット部材などへ、密着性が優れ、高硬度で耐食性・耐摩耗性の耐熱部材の供給が可能となれば、新規な製品設計が可能となり新たな展開が期待される。

原論文1 Data source 1:
Influence of Al addition on mechanical and oxidation properties of cBN films.
S. Kurooka, T. Ikeda, A. Tanaka.
Ion Engineering Research Institute Corporation.
Thin solid films 415 (2002) 46-52.

原論文2 Data source 2:
Synthesis and Properties of BN, BCN and B/BN thin films deposited by ion beam sputtering method.
S. Kurooka, T. Ikeda, N. Iwamoto.
Ion Engineering Research Institute Corporation.
Surface Engineering: In Material Science I, Ed. by S. Seal et. al. TMS, Warrendale (2000) 357.

原論文3 Data source 3:
Alを添加したcBN薄膜の耐酸化性.
黒岡 俊次、池田 孜、田中 章浩.
株式会社イオン工学研究所
日本金属学会 第129回 秋季大会 講演概要集 P232.

原論文4 Data source 4:
Improvement of the adhesion of cubic boron nitride films by adding miscellaneous elements.
S. Kurooka, T. Ikeda, A. Tanaka.
Ion Engineering Research Institute Corporation.
Nuclear Instruments and Methods B, Vol. 206 May (2003) 1088-1091.

キーワード:立方晶窒化ホウ素、薄膜、スパッタリンング、元素添加、耐酸化特性、剥離、内部応力、光電子分光分析、
Cubic boron nitride, Thin film, Ion beam sputtering, Addition of elements, Oxidation resistance, Delamination, Inner stress, ESCA.
分類コード:040101

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