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作成: 2003/12/21 柏木 茂

データ番号   :010255
逆コンプトン散乱を用いた短パルス軟X線発生システム
目的      :短パルス軟X線源の開発
放射線の種別  :エックス線
放射線源    :逆コンプトン散乱軟X線源(電子加速器(4.2MeV)、Nd:YLF レーザー(1047nm))
利用施設名   :早稲田大学理工学総合研究センター喜久井町キャンパス第2研究棟内電子線形加速器
応用分野    :軟X線顕微鏡、表面分析

概要      :
 
 電子ビームとレーザー光を衝突(逆コンプトン散乱)させ、高輝度で短パルスのX線を発生する小型X線源の開発を行った。このX線源は、電子ビームとレーザーのパラメータを変化させ、発生するX線の特性(エネルギーや空間分布など)を制御することが可能である。ここでは、逆コンプトン散乱を用いたX線発生システムの特長を簡単に述べ、実際に早稲田大学において構築したX線発生システムについて説明する。

詳細説明    :
 
 X線は産業分野を含めた大変幅広い分野で利用されており、我々にとって無くてはならないものとなってきている。X線源に対する要求も強度・時間構造(パルス幅)・安定度など目的によって様々であり、その発生方法も多岐にわたっている。X線源には、電子ビームを用いたものとしてX線管や円形加速器を使ったシンクロトロン放射光源などがある。前者はX線強度が低く、後者は放射光施設が巨大なものになってしまう。
 
 近年、放射光光源の小型化に向けた開発も行われている。また、大強度レーザーを用いたレーザープラズマX線源などの開発も行われている。この方式では、プラズマを発生させる為のターゲットの寿命やX線の指向性などが問題となっている。
 
 本文では、発生X線の強度や短パルス性、システムのコンパクト性や寿命などの面で優れた、電子ビームとレーザー光の両方を用いた逆コンプトン散乱X線源について説明する。このX線源は、加速器とレーザーのそれぞれの性能向上および加速器とレーザー間の高精度な同期を確立することにより実現された。 
 
 通常のコンプトン散乱の電子と光子の相対的なエネルギー関係が逆の衝突過程を逆コンプトン散乱という。つまり、相対論的エネルギーまで加速された高いエネルギーの電子とレーザー光のような低エネルギー光子の散乱過程が逆コンプトン散乱である。散乱光子(X線)のエネルギーは、電子ビームエネルギーの2乗に比例しレーザー波長に反比例する。 
 
 この逆コンプトン散乱を用いると、放射光光源に比べ低い電子ビームエネルギーで短波長X線を得ることができるため、格段に加速器を小さくすることができる。また、衝突角度によって生成X線のエネルギーを変化させることが可能である(図1)。


図1 異なる衝突角度での逆コンプトン散乱による生成X線の角度分布。電子ビーエネルギー5 MeV、レーザー波長1047 nm (Nd:YLF) 。

 
 生成X線は非常に狭い角度(1/γ)に円錐状に散乱され、そのエネルギーは散乱角により異なる。空間的に小さな角度だけを切りだせば、単色性の良いX線を選択できる。X線のパルス幅は電子ビームのバンチ幅に良い近似で一致する。極短電子ビームとレーザー光を高いタイミング精度で衝突させることにより、ピコ秒からフェムト秒オーダーのX線パルス生成が可能である。こうして発生した極短X線パルスは超高速物理化学反応解析などへの利用も期待できる。
 
 本研究では、フォトカソード高周波電子銃(RFガン)が電子源の電子線形加速器をベースにした逆コンプトン散乱軟X線発生システムを構築した(図2)。本システムでは、約5MeVの電子ビームと波長1μmのIRレーザー光を逆コンプトン散乱させる事により、「水の窓」領域(図3)のパルス軟X線を発生する。(将来、生体観測用のX線顕微鏡へ応用する。


図2 逆コンプトン散乱軟X線発生システムの概略図 Reused with permission from Shigeru Kashiwagi, Ryunosuke Kuroda, Takashi Oshima, Fumio Nagasawa, Tomoaki Kobuki, Daisuke Ueyama, Yoshimasa Hama, Masakazu Washio, Kiminori Ushida, Hitoshi Hayano, and Junji Urakawa, Journal of Applied Physics, 98, 123302 (2005). Copyright 2005, American Institute of Physics.(原論文3より引用)



図3 軟X線領域のたんぱく質、核酸および水の線吸収係数。酸素のK吸収端(2.33nm)から炭素のK吸収端(4.37nm)の間では、水の吸収に比べ核酸・たんぱく質の吸収係数が格段に高い。この「水の窓」領域のX線を使い、酸素・炭素・窒素などの生体構成成分のコントラストを得ることができる。J. Kirz and D. Sayre: in Synchrotron RadiationResearch ed. H. Winick and S. Doniach (Plenum Press, New York and London, 1980) p. 227(Table 1)の数値を用いて、作成者自作。

 
 RFガンは、最大エネルギー5MeVで高品質(エミッタンスが小さい)かつ数ピコ秒時間幅の電子ビームを生成する事ができ、加速器の全長は約2mとコンパクトである(図2)。
 
 我々のシステムでは、電子ビーム発生用(カソード照射用)のUV光(262nm)と衝突用IR光(1047nm)が1つのシードパルスから非線形結晶を用いて作り出される。そのため、衝突する電子ビームとIR光は極めて高い精度で同期がとれている。電子ビームとレーザー光は、衝突点で極めて小さいサイズまで絞り込まれる。
 
 RFガンで生成される電子ビームはエミッタンスが小さいため、ソレノイドと四極電磁石を使い容易にビームを絞り込むことができる(ビームサイズ:約200μm)。一方、IR光はアンプでパルスエネルギーを増強し、短焦点光学レンズを使い真空中の衝突点で絞り込む(時間幅:10ps、ビームサイズ:80μm)。更に、本システムでは衝突角度を変化させることで生成X線のエネルギーを制御することが可能である。
 
 電子ビームとIR光の衝突点での位置調整は100μm厚の蛍光スクリーンを挿入して行う。衝突のタイミングは衝突点に片面をアルミ蒸着した光学ガラス(BK7)を挿入し、BK7を電子ビームが通過する際に発生するチェレンコフ光とBK7中心のピンホールを抜けてくるIR光をストリークカメラで観測しながらレーザー側の光学遅延を調整して行う。衝突後の電子ビームは衝突点下流の偏向電磁石で曲げられ生成X線と分離される。図4に、MCPで観測された軟X線パルスの信号とIR光の光路長を変化させた時のX線強度変化を示す。生成X線は、最大エネルギー:約300eV、時間幅(FWHM):10ps、パルス当りの光子数:約103個(Peak flux 1014 photons/sec)であった。今後、本システムをX線顕微鏡へ応用するため、生成X線の高輝度化に向けた衝突パラメータの最適化を行う。


図4 (左)MCPで観測された軟X線信号(右)IR光の遅延時間を変化させた時のX線強度変化 Reused with permission from Shigeru Kashiwagi, Ryunosuke Kuroda, Takashi Oshima, Fumio Nagasawa, Tomoaki Kobuki, Daisuke Ueyama, Yoshimasa Hama, Masakazu Washio, Kiminori Ushida, Hitoshi Hayano, and Junji Urakawa, Journal of Applied Physics, 98, 123302 (2005). Copyright 2005, American Institute of Physics.(原論文3より引用)



コメント    :
 
 逆コンプトン散乱を用いたX線源の開発は今後も加速器及びレーザー技術の進歩と共に更に発展していくことが期待される。逆コンプトン散乱X線源で生成されるX線の特徴をまとめると、@パルス幅が狭い(ピコ秒、フェムト秒)、Aエネルギーが可変、B高輝度(パルスあたりの強度が高い)、C偏極度が制御可能、Dシンクロトロン放射光に比べシステムがコンパクトにでき低コストである。
 
 これらの特徴の中でも、システムがコンパクトにできるため逆コンプトン散乱X線源は大学や企業に普及していくことが十分に考えられる。また、小型電子加速器システムについてはX線発生のみに使用されるのではなく、その他の基礎研究への道具として利用することが可能である。さらに、コンパクト化およびシステムの信頼性が向上すれば、医療機関や産業界などへの波及効果も大きいと考えられる。

原論文1 Data source 1:
High quality electron beam science at Waseda University
S. Kashiwagi, Y. Hama, H. Ishikawa, R. Kuroda, T. Kobuki, T. Oshima, K. Sato, M. Washio, A. Yada, J. Urakawa* and H. Hayano*
早稲田大学理工総研、*高エネルギー加速器研究機構
International Journal of Applied Electromagnetics and Mechanics 14 (2001/2002) 157-162

原論文2 Data source 2:
逆コンプトン散乱X線源
柏木 茂、鷲尾 方一
早稲田大学 理工総研
日本写真学会, 第65巻 第7号 平成14年12月. 463pp.

原論文3 Data source 3:
Compact soft x-ray source using Thomson scattering
S. Kashiwagi, R. Kuroda, T. Oshima, F. Nagasawa, T. Kobuki, D. Ueyama, Y. Hama, M. Washio, K. Ushida*, H. Hayano**, and J. Urakawa**
Waseda University, *The Institute of Physical and Chemical Research, **High Energy Accelerator Research Organization
J. Appl. Phys. 98, pp.12302 1-6 (2005)

キーワード:逆コンプトン散乱、高品質電子ビーム、全固体レーザー、パルス軟X線、フォトカソード電子銃、X線顕微鏡
Inverse Compton scattering, high quality electron beam, all-solid laser, pulsed soft X-ray, photo-cathode rf gun, X-ray microscopy
分類コード:040105, 040106

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