電子ビームによる排ガス中の揮発性有機汚染物質 (VOC)分解処理のコスト試算

放射線利用技術データベースのメインページへ
作成： 2003/05/23 前田健一改定　放射線利用技術データベース工業分野専門部会 2005/02/22 データ番号　　　：010251 電子ビームによる排ガス中の揮発性有機汚染物質 (VOC)分解処理のコスト試算目的　　　　　　：様々な揮発性有機汚染物質を含む工場等排ガスの電子ビーム分解処理コストの試算放射線の種別　　：電子放射線源　　　　：電子加速器（170kV, 10mA）線量（率）　　　：1 - 15 kGy, 7.68 kGy /mA/s 照射条件　　　　：ガス流通系で電子ビーム照射応用分野　　　　：工場排ガス浄化、焼却炉排ガス浄化、内燃機関排ガス浄化概要　　　　　　：　人工空気中での２０種類の揮発性有機物について電子ビーム照射による分解処理試験を行い、その結果にもとづいて、これらの有機物を含む排ガスの電子ビーム処理コストを試算した。詳細説明　　　　：　近年、工場や焼却場等からの排ガスに含まれて排出される揮発性有機化合物による大気汚染が大きな問題となっている。その対策として、排ガスを電子ビームで照射してこれらの有機物を分解する技術の開発が進められて来ている。しかし、排ガス中に含まれる揮発性有機化合物は多種多様であり、分解に必要な線量はケースバイケースとなり、処理装置の設計やコスト試算に当たっては、それぞれのケースに応じて必要線量を実験的に求める必要がある。　　本報告では、電子ビーム照射実験結果に基づき、OHラジカルとこれらの有機物の反応速度定数から90%分解するのに必要なエネルギーE₉₀（線量）を算出する方法、さらには、この算出法に基づいて、多種多様の揮発性有機物を含む排ガスの電子ビーム照射分解処理に必要な線量とコストの試算を可能とする経験式及び電子ビーム照射による排ガス分解処理装置が提案された。　　電子ビーム照射による分解処理実験では、トルエンなどの芳香族化合物、トリクロロレチレンなどの脂肪族化合物及びシクロヘキセンなどの環状脂肪族化合物計約２０種類の有機化合物をそれぞれ単独に空気中に10ppmになるように混ぜ、そのガスを照射容器中に流しながら加速電圧170kVの電子ビームを照射し、有機物の分解を調べた。　　代表的な分解処理実験結果を図１に示す。図中の実線は、実験点を結ぶ次式で表される曲線である。　　　　　　　　[X] = [X₀] exp(-E/β)γ　　（X:　残存濃度、X₀：初期濃度、β、γ：実験的パラメーター、E: 吸収エネルギー(J/L)）　　　　　各有機物について得られる図１のような結果から、その有機物を90%分解するのに必要なエネルギーE₉₀が求められる。その結果を表１にまとめた。図1　Electron-beam treatment profiles on benzene (●), hexane (▲), methanol (◆), and cyclohexane (■).（原論文1より引用）表1　Energies required for 90% decomposition (E₉₀)（原論文1より引用） ──────────────────────────────────────── β G E₉₀ VOC (J/L) r value (J/L) ──────────────────────────────────────── GroupⅠ cyclohexane 1.7 0.6 1.5 6.8 cyclohexene 0.5 1.0 3.0 1.1 1,3-cyclohexadiene 0.4 1.0 3.2 0.8 1,4-cyclohexadeine 0.5 0.9 3.0 1.2 benzene 5.1 0.6 0.6 19.5 　 GroupⅡ 1-hexene 1.5 0.9 1.6 3.8 trans-2-hexene 1.3 0.8 1.8 3.6 trans-3-hexene 1.3 0.8 1.8 4.0 　 GroupⅢ toluene 1.5 0.6 1.6 7.0 o-xylene 1.0 0.6 2.1 4.4 m-xylene 0.7 0.4 2.5 4.9 p-xylene 0.7 0.4 2.6 5.8 ethylbenzene 1.4 0.6 1.7 6.3 　 GroupⅣ pentane 3.7 0.5 0.8 17.2 hexane 3.3 0.6 0.9 13.0 heptane 3.2 0.7 0.9 10.2 　 GroupⅤ methanol 2.8 0.7 1.0 9.7 trichloroethylene 1.3 0.5 1.8 6.7 acetone 33.0 0.6 0.1 150.3 dichloromethane 75.5 0.5 0.04 387.4 ──────────────────────────────────────── 　　このE₉₀を、各有機物とOHラジカルとの反応速度定数に対してプロットすると、図２が得られる。芳香族、脂肪族、環状脂肪族の有機物がそれぞれの傾きの異なるほぼ直線上に乗ることが分かる。このことから、実験なしでも、OHラジカルとの反応速度定数が既知の有機化合物についてはE₉₀を推定することができることを示している。図2　Correlation of rate constants for reactions with OH radicals and input energies required for 90% treatment: (●) aromatics, (■) alicyclic, (▲) aliphatics.（原論文1より引用）　　排ガス処理には、加速電圧300-900kVの電子加速器が設置されている。その加速器の出力と加速器価格との間にはほぼ直線関係があり、日本では1Wの出力に相当するコストは約10U.S.$である（原論文１のFigure 8より）。　　表２に加速電圧300kV、最大電流 500mAの電子加速器を用いて100ppm以下の揮発性有機物を含む、40,000m³_N /hの排ガスを処理する際のコスト（建設費、ユーティリティ、維持費等）を、活性炭吸着法による処理コストと比較して示した。この計算では、揮発性有機物の90%除去に必要な線量を15 kGyとした。この試算結果は、電子ビーム法が経済的にみても実用性が高いことを示している。　表2　Components of annualized costs (×10³ U.S.$) for 90% treatment of VOCs（原論文1より引用） ────────────────────────────────── electron beam carbon adsorption ────────────────────────────────── capital cost 5200 5800 utilities 750 5000 maintenance 90 250 recovered solvent credit 0 25 net annualized costs 1187 5612 ────────────────────────────────── 　　建設費は、加速器の形式に依存する。例えば、加速電圧が300kV以上の電子加速器では、制動X線を遮蔽するため加速器の周囲と照射室をコンクリートなどでできた遮蔽壁で囲む必要がある(house-shielding)。これに対し、300kVより低電圧の加速器では、鉛板で加速器の周囲と照射容器を囲むだけで制動X線を遮蔽することができる（self-shielding、自己遮蔽）。この遮蔽の仕方により、建設費が大きく変わることになる。　　このhouse-shielding方式及び self-shielding方式の場合の建設費は、次式により与えられる。　　self-shielding方式：　　　　　　建設費(U.S.M$) = 1.68×10^-⁶ QE₉₀/f₁/f₂ + 5.90　　　　(1) 　 house-shielding方式：　　　　　　　建設費(U.S.M$) = 1.51×10^-⁶ QE₉₀/f₁/f₂ + 1.58 (2) 　　ここで、Qは処理排ガスの流量(m³_N/h)、f₁は電子ビームが照射容器の照射窓（多くの場合Ti箔を通過する際のエネルギー損失率、f₂は加速器照射窓と照射容器照射窓の間の空気層によるエネルギー損失率である。式(1)と(2)中の定数項は、加速器本体とは直接関係の無い配管や遮蔽材などの周辺機器等の建設費に該当する。　　また、排ガスを効率よく電子ビーム照射処理するための装置として、図３のような加速器と照射容器を一体化した装置が考案された。この装置では、加速電圧300kVの電子加速器を用い、２枚の照射窓は厚さ13ミクロンのTi箔からなる。この装置の式(1)におけるf₁f₂は、0.74である。この装置を用いることにより、揮発性有機物を含む排ガスを 2000/E₉₀ (m³_N/h/kW)のプロセス効率で処理することができる。図3　Proposed units on an electron accelerator with a reactor.（原論文1より引用）コメント　　　　：　　本技術によれば、OHラジカルとの速度定数が分かっている有機物を含むガスについては、予備実験なしに装置の設計やコスト試算ができる。今後、本技術を用いて様々な排ガスの電子ビーム分解処理の検討が進むと期待される。原論文１ Data source 1： Application of electron beams for the treatment of VOC Streams K. Hirota, H. Sakai*, M. Washio*, and T. Kojima Japan Atomic Energy Research Institute, Waseda University* Ind. Eng. Chem. Res., 2004, 43, 1185-1191 キーワード：電子ビーム、排ガス、揮発性有機物、分解、処理、コスト、electron beam, exhaust gases, volatile organic gas, decomposition, treatment, cost 分類コード：010501, 010507
放射線利用技術データベースのメインページへ