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作成: 2002/09/06 日比野 豊

データ番号   :010241
イオンプレーティング法による複合皮膜形成技術
目的      :耐摩耗性の向上
放射線の種別  :軽イオン,重イオン,電子
放射線源    :電子ビーム照射装置
フルエンス(率):900 kJ cm-2
利用施設名   :(株)イオン工学センター イオンプレーティング装置
照射条件    :窒素ガス流入
応用分野    :ピストンリング、カム、バルブ、軸受け、コンロッド

概要      :
 TiNに代表される硬質被膜は切削工具やエンジン部材などの分野で耐久性向上を目的として広く実用化されている。さらに耐久性を上げるために高硬度化、耐摩耗性等向上させるため、多層薄膜積層型や異種粒子分散型の複合材料が研究されている。本研究ではTiN,CrN中にナノメートルオーダーのSiN非晶質相を混在させることにより成膜時の結晶粒子の成長を抑制させ、結晶粒子を微細化することにより高硬度・耐摩耗性などの優れた機械特性を発現させたものである。

詳細説明    :
 ナノメートルオーダーの結晶と、その粒界に非晶質相がある場合、結晶内で発生した転位が粒界の非晶質部分で止められ転位の伝播が生じにくくなること、非晶質相自体もナノメートルオーダーであるためマイクロクラックに対する破壊強度も大きくなり強度等の機械的特性が向上する。この被膜はプラズマCVDや高周波マグネトロンスパッタによる成膜の例はあるが、CVDではClなどの原料に起因する不純物の混入があり、また成膜温度が比較的高く、基材によっては適用が困難である。スパッタによる成膜では成膜速度が小さく、密着性に劣り工業的な利用では不利な点がある。
 
 本研究では実用化の観点から工業生産に適した成膜方法としてイオンプレーティング法により、Ti-Si-N、Cr-Si-N被膜の成膜を試み、硬度と結晶粒子サイズの関係および、被膜の微構造観察を行いナノ複合化による硬度上昇の原因の検討を行った。
 基材はSUS440Cを用いた。成膜は電子ビームのエミッション電流を制御、あるいはターゲット中のSi混合比率を変えることにより、Ti/Si、Cr/Si原子数比の異なる膜厚2〜3μm被膜を作製した。得られた被膜は荷重0.15Nで表面ヌープ硬度、光電子分光分析XPSおよびグロー放電発光分析GDSによる定量成分分析、X線回折による結晶相の同定を行うとともにTiNピークの半価幅から結晶粒子サイズを算出した。さらに高分解能透過型電子顕微鏡による格子像の観察を行いTiN結晶子サイズおよびTiN結晶とSi-N相の組織観察を行った。


図1 Relation between hardness and Si/(Si+Ti) ratio of Ti-Si-N films. (原論文のFig.2)(原論文1より引用)

 図1の被膜中のSi含有量とヌープ硬度の関係から、単相のTiNに対してSi含有量とともに硬度は増大しSi/(Si+Ti)比が0.3〜0.5の範囲で最大となりHk4500以上の非常に高い硬度値を示した。この範囲を越えてさらにSi含有量を増していくと硬度は低下する傾向にあり、Si/(Si+Ti)比が0.8以上では単相のSi-Nより低い硬度を示した。また、X線回折結果より、TiN単相被膜の場合(111)面のピークが最も高く強い配向性を示すが、Si-Nを複合化したTi-Si-N被膜ではSi/(Si+Ti)比が0.14〜0.44のいずれのSi含有量でもTiN(200)ピークが高くなった。
 また、TiNピークはSi含有量が増大するとともにブロードになる傾向を示しSi-Nの複合化によりTiN結晶が微細化していると考えられる。Si-N単相被膜のX線回折ではSi'3N'4結晶相のピークは検出されずSi-Nは非晶質と考えられる。このことからTi-Si-N被膜中では結晶相のTiNと非晶質相のSi-Nが存在し、TiN結晶が連続して成長するのを抑制しTiN結晶を微細化したものと推測される。


図2 Relation between crystallite size of TiN and Si content in the films. (原論文のFig.4)(原論文1より引用)

 さらにX線回折のTiN(220)ピークの半価幅から結晶粒子サイズを検討した結果、図2に示すようにTiNの結晶粒子サイズはSi含有量とともに小さくなっていることが判り、Si/(Si+Ti)比が0.1以上でTiN結晶子サイズは6nm以下と非常に微細化していることが明らかとなった。


図3 High resolution transmission electron micrograph of Ti-Si-N film (Si/(Si+Ti)=0.15) (原論文のFig.5)(原論文1より引用)

 上記に示した結晶構造を観察するため高分解能透過型電子顕微鏡により格子像の観察を行いTiN結晶粒子サイズおよびTiN結晶とSi-N相の組織観察を行った。図3にその一例を示すがSi/(Si+Ti)比が0.15のTi-Si-N被膜の格子像から、結晶粒子がTiNであり結晶粒径は6nm程度であることがわかった。これはX線回折により算出した結晶粒子サイズとほぼ一致している。TiN単相被膜の結晶粒径は,高分解能TEMによる観察結果から50nm程度でありSi-Nの複合化によりTiN結晶が大幅に微細化していることおよびTiN結晶粒子の粒界相はSi-Nの非晶質相であることが確認された。一方、Ti-Si-N被膜硬度は結晶粒子サイズの-1/2乗に対してほぼ直線関係を示し、微結晶化と共に硬度アップすることが示された。

コメント    :
自動車用摺動部材や、火力・風力発電軸受部材など、省エネルギーの観点から、摩擦・摩耗をいかに低減するかは社会的な課題である。摩擦係数を小さく摩耗量を低減するには、表面の高硬度化は不可欠であり、成膜時の反応メカニズムと被膜特性を明らかにしていくことは非常に重要である。本研究開発のTi-Si-N、Cr-Si-N被膜系複合材料のナノ構造を明らかにして、量産可能な成膜プロセスを実製品に適用されていくことを期待する。

原論文1 Data source 1:
イオンプレーティング法により形成したTi-Si-N複合皮膜の硬さと微細組織
佐藤裕、渡邊久、大谷三郎
イオン工学研究所
表面技術, Vol.52, 87-90 (2001)

原論文2 Data source 2:
Cr-Si-N系被膜における組織、構造に及ぼすSiの影響
聶朝胤、安藤彰朗、渡邊久、大谷三郎
イオン工学研究所
表面技術協会,第105回講演大会要旨集,15C-29 (2002)

原論文3 Data source 3:
PVD法によるCr-Si-N系被膜の構造及び硬度に与えるバイアス電圧の影響
聶朝胤、安藤彰朗、渡邊久、大谷三郎
イオン工学研究所
表面技術協会,第104回講演大会要旨集, 26B-20 (2001)

キーワード:イオンプレーティング、窒化チタン、窒化ケイ素、ステンレス鋼、ナノ複合構造、微細組織、硬度、耐摩耗性、
Ion plating, Titanium nitride, Silcon nitride, Stainless steel, Nanocomposite, Microstructure, Hardness, Abrasive resistance,
分類コード:010304,010302,010103

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