放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 2002/09/20 日比野 豊

データ番号   :010239
イオン注入技術による高温耐酸化性材料の改質
目的      :チタンアルミ合金の高温耐酸化性の向上
放射線の種別  :軽イオン,重イオン,電子
放射線源    :200keVイオン注入装置
フルエンス(率):1015〜1017 ions/cm2
利用施設名   :(株)イオン工学センター200keVイオン注入装置
照射条件    :真空中、室温及び高温
応用分野    :自動車用ターボチャージャーロータ、ピストン、リテーナ、エンジンバルブ、航空機用タービンブレード

概要      :
 TiAl合金は700℃くらいの耐熱性を有するが、さらに燃費効率を向上させるためには100℃以上の耐熱性向上が必要であるため、高融点金属のニオブ(Nb)、あるいはシリコン(Si)等と組み合わせてイオン注入することにより表面改質する技術である。基板を加熱した状態でNbあるいはSiと組み合わせてイオン注入することにより、900℃大気中での酸化試験を行った結果、高温耐酸化性の著しい向上が見られ、酸化による重量増加が未処理材の10分の1以下に減少することを明らかにした。

詳細説明    :
 近年、化石燃料資源の枯渇と価格の上昇や二酸化炭素発生量の削減が急務なことから、ガスタービン、内燃機関の高効率化・高性能化や廃棄物発電による回収エネルギーの効率化が切望されている。また工業部材の耐高温化によるエネルギー利用の高効率化と環境保全の確立は重要な課題になっており、そのための耐環境材料の開発と信頼性向上が求められている。これらを実現するための手法として、ベース基材に各種合金元素を添加するといったことが検討されてきたが各種制約が多く、場合によっては機械的特性を劣化させたり高重量化を招くという問題があった。これに対してイオン注入を利用した手法は、基材表面の機能性の向上を目指すもので、注入元素と基材の組み合わせは全く自由であり、基材への固溶限度以上に元素注入できるなどの特徴があることから、従来の改質では得られない改善効果が期待できるものである。
 
 本研究ではTiAl合金に対して高融点金属のNbおよびSiと組み合わせた複合注入による表面改質を試みた。TiAl合金(Ti-48Al-1.3Fe-1.1V-0.3B (at%))の試験片(15mm×10mm×2mm) に、室温および高温(900℃)に加熱してNbおよびSiを50keVのエネルギーにてドーズ量3×1017ions/cm2でイオン注入を行った。耐酸化性試験は900℃大気中の雰囲気で行い、加熱時間による重量変化と酸化後の元素分布の変化を求めると共に、表面層の結晶性についてオージェ電子分光法、X線回折及びSEM観察により評価を行った。


図1  Isothermal oxidation curves of RT Si+Nb, 1173 K Si+Nb etc implanted alloys at 1173 K for 349.2 ks in air.(Reprodced from Fig. 2 in Data Source 1, Copyright (2003), with permission from Elsevier Ltd.)(原論文2より引用)


 耐酸化性試験の結果、図1に示すようにNb注入、Nb+Si複合注入ともに向上がみられ、大気中、900℃の酸化試験で約100時間後の酸化による重量変化はイオン注入を行っていない未処理材の4分の1に減少していた。さらに900℃に加熱した状態でNb+Si注入したサンプルについては著しい耐酸化性の向上が見られ、酸化による重量増大は100時間後においてもほとんど見られ無かった。


図2  Depth profile of modified of (a) RT Si+Nb implanted alloy and 1173 K Si+Nb implanted alloy after oxidation at 1173 K for 349.2 ks in air.(Reprodced from Figs. 1 and 6 in Data Source 1, Copyright (2003), with permission from Elsevier Ltd.)(原論文2より引用)


 この原因を検討するため、イオン注入後及び酸化性試験後の表面元素の分布についてオージェ電子分光により調べた結果、図2(a)に示すように注入後では合金表層部分に注入したNb+Siが多く見られるが、酸化性試験後には(b)に示すように表面スケールは主にアルミと酸素で出来ており、表面から700nmと広範囲に分布していることが分かった。これに対してチタンは深さ100nmのあたりで増加しているだけであった。また、Nb, Siについては表面から700nmの領域で5at%と一定で、カーボンに関しては表面層で20at%と高濃度であった。またX線回折の評価結果から酸化層はアルミナ(Al2O3)の強い結晶性のピークが観察された。


図3  Surface morphology of (a) non-implanted alloy; (b)RT Si+Nb implanted alloy; (c)1173 K Si+Nb implanted alloy and (d)cross-section morphology of 1173 K Si+Nb implanted alloy after oxidation at 1173 K for 349.2 ks in air. (Reprodced from Fig. 5 in Data Source 1, Copyright (2003), with permission from Elsevier Ltd.)(原論文2より引用)


 酸化性試験におけるモルホロジーの変化は図3に示すようにイオン未注入(a)の表層はTiAlの大きな結晶相を示しているが、室温でNb+Si注入(b)した試料では微結晶相を形成し、それが高温酸化試験(c)により、より緻密な微細結晶に変化することが判った。その断面は(d)に示すように緻密なアルミナ層であり、これが耐酸化性の向上に有効に働いていると報告されている。イオン注入した試料に見られた耐酸化性向上の要因はこの連続なAl2O3スケールの生成にあると考えられる。TiAlは酸化することにより、TiとAlの酸化物を形成するが、Ti酸化物の方が酸素の拡散速度は速い。Nb元素等が注入されることにより、電荷中和効果でTi酸化物中の酸素空孔濃度が減少し、酸素の拡散が抑制されるようになる。その結果Al2O3生成が促進され耐酸化性が向上する。またCなどが注入された場合にはTiとの化合物を生成することでAl2O3の形成が促進される。
 このように、Nb単独, あるいはC、Siなどと組み合わせた複合注入により相乗効果がみられる。また注入時に高温に加熱することで注入種の拡散、あるいはアニール効果等により、さらにAl2O3の形成が促進されその結果著しい耐酸化性の改善がみられている。

コメント    :
 これまで主として半導体分野で用いられてきたイオン注入技術が、他の材料分野でも用いられるようになってきた。本報告の金属材料の耐酸化、耐摩耗、耐腐食といった分野においてもイオン注入を用いることによって、添加という方法では限界があった元素を固溶限度以上に表面層に導入することが可能となり、その結果これまでにない新しい機能性材料創製の可能性が出てきたといえる。
本技術は、金属材料以外にも繊維、プラスチック、生体材料といった他の材料においても種々検討され、プラズマベースでの高速イオン注入方法などを適用することにより、量産可能なプロセスに展開されることを期待する。

原論文1 Data source 1:
The Effect of Niobium-Ion Implantation on the Oxidation Behavior of γ-TiAl Alloys in Static and Flowing Air.
Yao-Can Zhu, Y. Zhang, X. Y. Li, K. Fujita and N. Iwamoto
Ion Engineering Research Institute Corporation
Oxidation of Metals, Vol.55, No3.1/2,119-135 (2001)

原論文2 Data source 2:
Oxidation behavior of TiAl protected by Si+Nb combined ion implantation.
X. Y. Li, S. Taniguchi*, Y.-C. Zhu, K. Fujita and N. Iwamoto, Y. Matsunaga*2 and K. Nakagawa*2
Ion Engineering Research Institute Corporation, *Osaka University, *2Ishikawashima-Harima Heavy Industry Co., Ltd
Intermetallics, Vol. 9, 443-449 (2001)

原論文3 Data source 3:
Effects of C, Nb and C+Nb combined ion implantation on the oxidation resistance of γ-TiAl based alloy.
X. Y. Li, S. Taniguchi*, Y.-C. Zhu, K. Fujita and N. Iwamoto, Y. Matsunaga*2 and K. Nakagawa*2
Ion Engineering Research Institute Corporation, *Osaka University, *2Ishikawashima-Harima Heavy Industry Co., Ltd
Materials Science and Engineering, Vol. A316, 224-230 (2001)

キーワード:イオン注入、複合注入、表面改質、チタンアルミ合金、Al2O3、耐高温酸化性、自動車部品、飛行機エンジン部品
Ion implantation, Combined implantation, Surface modification, TiAl intermetallic compounds, Aluminum oxide, Oxidation resistance, Automobile component, Aircraft engine component,
分類コード:010304,010305,010103

放射線利用技術データベースのメインページへ