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作成: 2002/09/06 日比野 豊

データ番号   :010238
プラズマベースイオン注入技術による表面改質
目的      :耐食性・離型性の向上
放射線源    :イオンビーム照射装置
フルエンス(率):1〜50mA/cm2
利用施設名   :(株)イオン工学センター 全方位イオン注入装置
照射条件    :窒素ガスorアルゴンフッ素ガス流入
応用分野    :ゴム金型、プラスチック成形金型、プレス金型、ピストン、軸受け

概要      :
ゴム成形用金型の離型性やプラスチック成形用金型の耐食性、耐摩耗性を向上させるため、プラズマ中に浸した被着物に5〜40keVの負パルス電圧を印加してプラズマ中にイオンを注入する技術。クロムめっきした金型に窒素やフッ素イオン注入を行い、立体物に対して高硬度化、撥水化を行い表面物性評価とモデル金型を用いて実証試験を行った。その結果、表面層を窒素クロムやフッ化クロム化することにより耐金型汚染性得ることが出来、耐久性も未処理の10倍以上得られた。

詳細説明    :
ゴム製品の加硫成形時に用いられる金型(多くはクロムめっき型)は、加硫を繰り返す中で金型表面がゴム配合物により汚染され、離型性が低下したり、汚染成分によってゴム表面の外観が損なわれる。このため離型剤塗布や金型の洗浄が行われているが、製品の質の低下、生産性、作業環境の悪化を引き起こし早期改善が望まれている。
この具体策として立体物に対して均一処理可能なプラズマベースのイオン注入法による改質が試みられた。
Plasma-Based Ion Implantation (PBIIと略)法は1986年米国ウイスコンシン大学で基本的手法が考えられ、国内では1995年よりイオン工学研究所を中心に研究開発が進められている。従来のイオン注入法はイオン源より加速したイオンを引き出し、一方向からイオン注入する方式であるため立体物に対しては回転などして注入方向を変えて処理していたが均一性に乏しい。本方法はプラズマ中に浸した物体にパルス電圧を印加することにより、全方向から間欠的にイオン注入することが可能となり均一性が優れる。
開発された装置は実製品でも処理可能な600×800×600mmの真空チャンバーを有する装置であり、主な実験パラメーターとして誘引パルス電圧、繰返しパルス数、パルス幅、ガス種、ガス流量を変化させ最適化実験が行われた。印加電圧5〜40keV、印加パルス幅:2〜300μs、繰返し周波数:100Hz〜5kHz(最大)、・動作ガス圧:0.5〜2Pa、ガスプラズマ源:ICP方式、ガス種:N2,Ar,Ar/F2,CF4等が使用できる。
金型材料としては4種類の材料について検討されたが、クロムめっき鋼への注入効果が一番効果が得られた。


図1 Plasma-Based Ion Implantation 法によるN+とF+イオン注入条件と水野接触角変化


表面改質条件としては、ガス流量:50〜100SCCM、ガス圧力:0.5〜1.5Pa、誘引パルス電圧:10kV〜30kV、繰り返しパルス数:500〜1000パルス/秒、パルス幅:10〜40μs、最大注入電流:40Aで、電流密度とすると1〜40mA/cm2でイオン注入時間:10分〜60分が比較的良かったと報告されている。Fig 1に示すようにPBII法でクロムめっき鋼へ窒素及びフッ素イオンを10及び20keVの印加電圧で10〜60分表面処理すると、水に対する接触角が70度付近から85〜105度に向上することが報告されている。また別の実験では未処理クロムめっき鋼のビッカース硬度が450Hvからイオン注入により1000Hvまで向上し、耐摩耗性も数十%低減することが報告されている。


図2 Plasma-Based Ion Implantation 法の注入エネルギーと窒素注入分布(SIMS)


PBII法でイオン注入される注入深さはFig2に示すようにSIMS分析の結果、従来の質量分離型のイオン注入装置によって注入される深さよりやや浅い表層部へイオン注入される。これはPBII法では1価イオンのみでなく2価イオン及び分子イオンも注入されるため浅くなると推定されている。またPBII法によるイオン注入は質量分離型のイオン注入法に比較して、試料に対して一度に大電流が流れやすいため温度上昇が起こりやすい。試料を水冷する場合としない場合では温度上昇が異なりイオン注入深さにも影響を及ぼす。冷却しない場合は熱拡散によりイオン注入深さはより深いところにイオン注入される。
窒素とフッ素イオン注入を比較すると、同一電圧ではフッ化物がより浅い部分に多く形成されている。フッ素は反応性が高いため注入時間に応じてCrF,CrF2,CrF3化合物が形成される。窒素の場合はCr2N,CrNが形成される。さらに立体物に対するイオン注入の均一性を評価するため凹凸のあるモデル型で注入可能なアスペクト比を検討した結果、XPS分析による元素濃度から、プラズマ源に対して正面側ではアスペクト比4程度まで、裏面側では2程度まで均一注入されていることが確認されている。


図3 表面改質したゴム金型の射出成形によるEPDMの耐汚染性


窒素もしくはフッ素イオン注入により表面改質されたゴム金型を、防震ゴムやベルト、靴等のモデル金型で試作を行い、実製品用のゴム射出成形機を用いて離型性、金型汚染性評価試験を実施した。Fig3に示すように離型性や耐金型汚染性は成形サイクル毎に外観観察を行い汚染度のランク付けにより行われた。その結果未処理金型では数十サイクルから100サイクルで汚染されるのに対して、窒素もしくはフッ素処理した金型では700〜1000サイクル以上汚染されにくいことが報告されている。また窒化物が良いのかフッ化物が良いのかはゴムの種類と成形条件により変化すると記載されており、その都度最適化が必要であると報告されている。

コメント    :
現在行われているプラズマCVDあるいはPVD成膜プロセスによる表面改質技術は、処理温度が400〜500℃と高いこと、成膜材料の密着性が低いことなど欠点であった。このため処理できる基材の制約や厚膜材料などでは剥離の問題が生じた。
本PBII法は、プラズマ化できるイオン源であれば、被着物に対して傾斜構造をもって形成されるため、密着性に優れ、処理温度も300℃以下と低く熱に弱い基材に対しても処理可能である。また絶縁物に対しても電極形状や配置方法を工夫することによりチャージアップすることなくイオン注入可能である。
PBII法にはまだまだ多くの課題や不明な点が多いが、導入ガス種やイオン源、印加電圧など、各種パラメーターを変化させることにより、イオン注入から新材料成膜まで、一連の作業を一つのチャンバー内で行うことが可能であり新たな機能性を見いだせるプロセスではないかと思われる。今後の研究開発が期待される。

原論文1 Data source 1:
ゴム用高品位・低コスト金型の研究開発
日比野豊、藤田秀樹、徐國春、奥井学、山口幸一
イオン工学研究所、兵庫県立工業技術センター
IONICS,Vo27,No7,25-32,(2001)

原論文2 Data source 2:
Plasma-based nitrogen implantation of chrome-plated steel.
G.C.Xu,M.Okui,Y.Hibino,N.Iwamoto,K.Yamaguchi
Ion Engineering Research Institute Corporation
Surface and Coatings Technology,00(2000)00-00

原論文3 Data source 3:
Ion Implantation Treatment of Molds to Improve Staining and Releasing Problems with Rubber Compounds.
A.Nagatani,K.Yamaguchi,M.Nakajima,S.Egawa,Y.Hibino,S.Kohjiya
Ion Engineering Research Institute Corporation
International Rubber Conference 2000 (IRC2000)

キーワード:プラズマベース、イオン注入、表面改質、金型、接着性、高電圧パルス、硬度、耐食性、
Plasma based, Ion implantation, Surface modification, Molding, Adhesion, Pulsed high voltage, Hardness, Corrosive resistance,
分類コード:010304,010302,010103

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