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作成: 2001/10/31 須藤高史

データ番号   :010228
界面活性剤溶液中でのヘキサクロロベンゼンの放射線分解:定常とパルス照射研究
目的      :有害、難分解物質で汚染された土壌の浄化法の開発
放射線の種別  :ガンマ線,電子
放射線源    :60Co、電子加速器(8MeV)
線量(率)   :1.2Gy/s
応用分野    :土壌処理、難分解物処理

概要      :
 米国は汚染土壌が20万ケ所以上もあり、その浄化が必要となってきた。放射線分解法は経済的にも他の方法に対抗できる技術である。本論文は、界面活性剤溶液にヘキサクロロベンゼン(HCB)を溶かし、60Coγ線とライナック電子照射で分解する基礎研究である。脱塩化に伴う生成物の分析とG値の計算、パルス照射による水和電子、水酸基ラジカル、活性剤ラジカル等の挙動と反応速度が解析されている。

詳細説明    :
 
 米国において毒性化学物質に汚染された土壌は大きな問題となっている。推定21万7千ヶ所が塩化物で汚染され、修復に$187billionが見込まれている。50万tのダイオキシンに汚染され、その土壌の修復が必要であるが、ダイオキシンやPCBsのような難分解化合物を処理する生物修復等の安価な方法はないのが現状である。燃焼処理は高温が必要であり、不適当な温度での運転では分解が不完全となる。
 
 放射線分解法は経済的にこれに対抗できるとの立場から、60Coやライナックの高エネルギー電子線でのヘキサクロロベンゼン(HCB)の分解の研究が行われた。60Coでの定常照射により、副生成物の特定とHCB中の生成率を計算し、また、ライナックでのパルス照射により、初期照射生成物とHCBや界面活性剤との反応速度、およびHCBの脱塩素化過程を明らかにすることを目的としている。
 
 試験で使用した界面活性剤はBASF社製RA-40であり、成分は平均分子量820の非イオン性、エトキシルアルコールである。HCBは低水溶性であるため、75度で3時間攪拌した。パルス照射ではpH調節は行わず、31mM溶液は 5.7であった。還元性試験では水酸基ラジカルの容積1%の分量のt-ブチルアルコールを加え、N2ガスでパージした。酸化性試験では電子スカベンジャとしてN2Oをスパージした。静的試験では60Coを使用し、約1.2Gy/sで照射した。パルス照射では8MeVパルス巾50nsLINACを使用した。
 
 175μM HCBを含むRA-40の31mM溶液を異なったスカベンジャ条件で12時間(50kGy)以上の照射を行った結果を表1に示す。質量分析でHCB分解生成物は還元された3,4,5トリクロロベンゼンである。これらは酸化条件試験でも見られた。これは界面活性剤分子が水酸基ラジカルを捕捉し、HCBや副生成物の酸化を抑制するためである。分解のG値は酸化条件の0.02に対し、還元条件では0.03であった。

表1 Results of Steady-State Radiolysis: Byproduct Levels and Yields at 20.8kGy (原論文1より引用。  Reprodced from G.A. Zacheis, K.A. Gray, P.V. Kamat, Environ. Sci. Technol.,Vol. 34, No. 16 ,pp.3401-3407 (2000), TABLE 1 (Data Source 1, p.3403), Copyright 2000 with permission from the American Chemical Society).)
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TABLE 1.Results of Steady Radiolysis: Byproduct Levels
and Yields at 20.8 kGy
 
               residual                G             σG
                concn        σ    (molecules/    (molecules/
  chemical      (μM )     (μM)     100eV)a        100eV)
                   Reductive Environmentb
HCB             76.75      5.23     3.20x10-2     2.18x10-3
PeCB            33.17      6.12     1.55x10-2     2.85x10-3
1,2,3,4-TeCB     O.53      0.09     2.48xl0-4     4.31x10-5
1,3,5-TCB        O.03      0.04     1.29xl0-5     1.82xl0-5
1,2,4-TCB        O.33      0.08     1.54xl0-4     3.63xl0-5
1,2,3-TCB        O.055     0.001    2.57xl0-5     7.09xl0-6
                    Oxidative Environmentc
HCB            119.85      1.14     2.00xl0-2     1.91xl0-4
PeCB            16.06      0.34     7.49xl0-3     1.58xl0-4
1,2,3,4‐TeCB    0.046     0.002    2.16xl0-5     1.08x10-6
 
aApparentvalues of G.Initial〔HCB〕=162.75±4.35μM.bReductive
conditions refer to the radiolysis of HCB solution containing 31 mM
RA-40 and 1% tert-butyl alcohol(N2‐saturated).Initial〔HCB〕=145.38
±2.88μM.COxidative conditions refer to the radiolysis of HCB solution
containing 31 mM RA-40(N2O‐saturated).
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 31mM RA-40と175μM HCB の溶液をパルス照射した。還元雰囲気下の照射後の示差吸光スペクトルを図1に示す。270-280nm付近で大きなピークがあり、時間と共に成長する。a線で示す照射初期は水和電子のHCBとの反応である。320nMでの谷は、親HCBがなくなり電子付加物が形成されたことを示す。この電子付加物は不安定で脱塩素化を受ける。270-280nm ピークは脱塩素化生成物の出現による。


図1  Difference absorption spectra recorded (a)12.5(■),(b)25.0(●),and (c)50.0μs(▲) after an electron pulse in a N2-purged, 1% tert-butyl alcohol solution of HCB (175μM) and RA-40(31mM). Insert: Byproduct growth at 280 nm.(原論文1より引用。  Reprodced from G.A. Zacheis, K.A. Gray, P.V. Kamat, Environ. Sci. Technol.,Vol.34, No. 16 ,pp.3401-3407 (2000), FIGURE 3 (Data Source 1, p.3403), Copyright 2000 with permission from the American Chemical Society).)


 酸化条件でのスペクトルも傾向的には還元条件と似ているが、270-280nm のピークが小さく、320nm の谷もない。OHラジカルと反応して生じる界面活性剤ラジカルの反応性を見るため、電子を受け入れやすいメチルビオロゲンをN2Oでパージした31mM RA-40溶液に加えた。390nmにピークがあり、MV・+の生成を示した。初期30μs以内の急な上昇とそれ以降-200μs の緩やかな上昇との2段階が認められる。前者は界面活性剤ラジカルモノマーと溶質の拡散律速電子交換で、後者は重合した活性剤ラジカルの溶質との電子交換である。還元性活性剤ラジカルの2次的還元剤としての働きがわかる。
 
 600nMでの吸光から、HCB及び活性剤と水和電子の反応速度は各々1.1(±0.2)x109M-1s-1、2.0(±0.5)x107M-1s-1となった。またN2Oでパージした活性剤溶液にチオシアン酸10-4Mを入れ、その472nmの吸光度から水酸基ラジカルとRA-40の反応速度は3.3(±0.4)x109M-1s-1となり、水和電子との反応より2桁大きい。HCBの難溶解性とRA-40との反応速度が大きく、HCBと水酸基ラジカルの反応速度は計算できない。
 
 酸化性、還元性に関わらずHCBは還元され、脱塩素化される。このスキームを図2に示す。Route 1ではHCBは電子と直接反応し、電子付加物や還元物を生成する。Route 2では、水酸基ラジカルは界面活性剤分子と反応し、還元性ラジカルを生成し、HCBに電子を受け渡す。


図2  Reaction Mechanism for HCB Degradation in RA-40 (原論文1より引用。  Reprodced from G.A. Zacheis, K.A. Gray, P.V. Kamat, Environ. Sci. Technol.,Vol.34, No.16 ,pp.3401-3407 (2000), SCHEME 1 (Data Source 1, p.3406), Copyright 2000 with permission from the American Chemical Society).)



コメント    :
 環境保全、最近は特に土壌汚染が顕在化しており、安価でより効率的な方法の開発が望まれている。ここでの方法は土壌洗浄に使用された界面活性剤を2次還元剤として利用するもので、ダイオキシンやPCB等の塩素化有機有害物質に対し有効である。実用化までにはさらにフィジビリティ検討やパイロット試験が必要である。

原論文1 Data source 1:
Radiolytic Reduction OF Hexachlorobenzene in Surfactant Solutions: A Steady -State and Pulse Radiolysis Study
Zacheis , G. A. , Gray , K. A.* , and , Kamat , P. V.**
Dep. Of Civil Engineering , 2145 sheridan Road
*Northwestern University, Evanston, Illinois 60208-3109
**Notre Dame Radiation Laboratory, University of Notre Dame, Notre Dame, Indiana 46556-0579
Environ. Sci. Technol.,Vol. 34, No. 16 ,pp.3401-3407 (2000)

キーワード:放射線分解、コバルト60、線形加速器、パルス照射、界面活性剤、土壌浄化、ヘキサクロロベンゼン、脱塩素化
Radiolysis, 60Co, Linear accelerator, Pulse irradiation, Surfactant, Soil remediation, Hexachlorobenzene, dechlorination
分類コード:010503,010505,040102

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