作成: 2000/11/22 森田 洋右
データ番号 :010207
高分子材料へのイオン注入
目的 :イオン注入による高分子材料の改質や機能付与
放射線の種別 :軽イオン,重イオン
放射線源 :イオンビーム加速器
フルエンス(率):1014/cm2-1017/cm2
照射条件 :真空中、室温
応用分野 :表面改質、生体適合性材料、材料改質
概要 :
高分子材料のイオン注入法の特徴とこれを用いた改質や機能付与について具体例を挙げて説明した。
詳細説明 :
高分子材料へのイオン注入とは、一般に、イオンのエネルギーが数keVからMeVの領域であり、イオンの飛程が材料の厚さよりも短いものを照射して高分子材料中にイオンを注入し、材料の特性を望ましいものに変えることを目的としている。イオン照射の応用の観点から、必要とする異種の原子を強制的に材料中へ移入するイオン注入法はγ線や電子線照射の利用と異なるイオン照射の特徴的な利用法である。しかし、半導体へのイオン注入の実用的で、かつ広範な利用法に対し、高分子材料へのイオン注入は、初めあまりよい利用法はなかった。この理由は、半導体がごくわずかな注入(ドーピング)で材料特性が大きく変化すること、また、アニール等で照射欠陥を修復できるのに対し、高分子材料では材料特性を変えるにはある程度高濃度のイオン注入が必要なこと、イオン照射により高分子の化学結合(共有結合)が切断したりした後、複雑な反応が起こり、アニールなどによる修復ができないこと、特に、1016ions/cm2程度のイオン注入を行おうとすると黒化や炭化を起こして高分子が本来持っている機能性などの特性が失われてしまうことなどが挙げられる。しかし、近年、イオン注入による高分子材料の改質や機能付与の研究・開発が行われるようになり、高分子材料への導電性、硬度、耐摩耗性などの付与、また、生体適合性付与などが行われている。この具体例を、以下に解説する。
1)導電性の付与
通常、高分子材料は絶縁体であるがイオン照射によって導電性を付与することができる。図1にポリイミドフィルムにアルゴン(Ar)イオンを照射したときのフィルムのシート抵抗の変化を示す。照射量を変えることによって4桁以上の導電性の変化が得られる。
図1 Arイオンを照射したポリイミドフィルムのシート抵抗と照射量および電流密度の関係(原論文1より引用)
しかしこのような不活性ガスイオン照射による高分子材料への導電性の付与は実はイオン注入による効果ではない。注入されたArイオンはポリイミドフィルムから抜け出しており、導電性はArイオン照射によるポリイミドの炭化によって起きる。この見かけ上炭化した部分はグラファイトやいわゆる非晶質炭素、またはダイヤモンドに似た炭素構造などが生成しており、これが導電性を有しているためである。この方法は絶縁体であるポリマーの表面などにイオン照射によって局所的な導電性を持たせることができる。
2)細胞の接着性の改善
イオン照射、またはイオン注入により種々の高分子材料表面の細胞接着性を変えることができる。図2はポリスチレン、ポリウレタンのイオン照射による細胞接着性の変化を示す。 円形の部分にイオンが照射されており、(a)ではイオン照射部分への細胞接着性が増し、(b)ではイオン照射した部分にのみ細胞の接着が認められ、(c)ではイオン照射した部分の細胞接着性が消失している。
図2 イオン注入や照射領域(円内)への血管内皮細胞(a,b)およびHeLa細胞(c)の接着
(a) Naイオン注入ポリスチレン, (b) Naイオン注入セグメント化ポリウレタン, (c) コラーゲンをコートしたポリスチレンへのNeイオン照射(原論文1より引用)
この接着特性は、高分子材料、イオン種、エネルギーによって変わる。これは、例えば、高分子材料の血栓性や抗血栓性を変えることができる可能性がある。
3)高分子材料と金属材料や無機材料との接合
ポリイミド上に蒸着した銅の薄膜において、銅薄膜とポリイミドの界面の接着性を上げるために、2MeV酸素イオンを注入した結果を表1に示す。
表1 ポリイミド樹脂/銅薄膜複合体へのイオン注入における接着強さの向上(原論文2より引用)
--------------------------------------------------------
No. 注入エネルギー イオン注入量 接着強さ*
(ions/cm2)
--------------------------------------------------------
1 未注入 6/100
2 2MeV 1 ×1014 100/100
3 4MeV 1 ×1014 3/100
4 6MeV 1 ×1014 11/100
--------------------------------------------------------
接着の強さはテープ剥離試験によって行われ、接着性が改善されるほど銅薄膜/ポリイミドからテープが剥がれなくなる。エネルギー2MeVの照射の場合に、100回やってすべてのテープが剥がれず銅薄膜とポリイミドの界面の接着性が大幅に向上した。他のエネルギーでの酸素イオン照射では、界面接着性の向上はほとんど認められない。これは、酸素イオンの飛程の終端が銅膜とポリイミドの界面にある場合に、大きな接着性の改善が認められる。すなわち、イオン飛程の終端ではイオンの核散乱等によりイオンから物質への大きなエネルギー付与が行われるからである。この領域で入射イオンによる銅原子とポリイミドの各原子のミキシングが起こり、界面の接着性が向上した。同様の効果は、ポリエチレンテレフタレート(PET)上にスパッタ法で形成されたITO(酸化インジュウム-酸化スズ:透明導電性セラミック)膜のPET/ITO界面にも認められた。
以上の他に、シリコーンゴムのイオン注入によるぬれ性の改善、ポリマー表面への金属イオン注入などによる耐摩耗性や硬度の向上などがある。
コメント :
高分子材料のイオン注入による改質や機能付与は現在は、まだ多くないが、今後、発展していく技術である。
原論文1 Data source 1:
高分子材料へのイオン注入
岩木 正哉
理化学研究所
高分子加工、vol.46,No.2(1997), pp.60-65(1997)
原論文2 Data source 2:
イオンビームミキシングによる高分子材料と他材料との接合
山口 幸一
兵庫県立工業技術センター
放射線と産業、No.70(1996), pp.14-18
キーワード:高分子材料、イオン注入、機能付与、導電性、硬度、生体適合性高分子、界面接着性
polymer materials, ion implantation, addition of function, conductivity, hardness, bio-adaptable polymer, adhesion of interface
分類コード:010101