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作成: 2000/10/30 宮田幹二

データ番号   :010204
デオキシコール酸を用いる包接ラジカル重合
目的      :包接重合における重合機構の解明とポリマーの特性
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co線源
線量(率)   :1Mrad
利用施設名   :大阪大学産業科学研究所付属放射線実験所
照射条件    :真空中、液体窒素下又は、室温
応用分野    :新物質合成、ESR研究への応用

概要      :
 分子レベルの入れ物であるホストに反応性分子を包接させガンマ線を照射し、後重合する。反応性分子としてはジエンモノマ-を用いた。この反応はホストにより反応場の規制を受け立体特異的なものである。重合温度と生成するポリマーとの関係や、重合の際発生する成長ラジカルについて検討した。生成するポリマー、また、成長ラジカル挙動の解明は、今後多岐にわたり有用である。

詳細説明    :
 
 ガンマ線照射による重合では通常、無数のラジカルが発生し、その重合の制御は困難とされている。しかし、包接重合は、分子レベルの入れ物であるホスト分子にモノマーがゲスト分子として取り込まれた状態で重合反応が起こるため、ガンマ線開始による重合でもその反応を制御することができる。その場合の重合反応は、ホスト分子による反応場の規制を受けるため、溶液重合や固相重合とは異なった特徴をもっている。包接重合は以前、ホストに尿素、ゲストに2,3-Dimethylbutadieneを用いたものが報告されたが、この場合、非常に限られたゲストでしか反応を示さなかった。本研究ではホストに、胆汁酸のひとつであるDeoxycholic Acid(DCA)を用い、ゲストにはジエンモノマ-を用いた。DCAは様々な有機分子をゲストとして取り込むため、多くのモノマーで重合反応が進行した。
実験は、包接結晶をアンプルに入れ脱気し、その後、ガンマ線(60Co)を液体窒素下、あるいは室温で1Mrad照射し、後重合を行う。用いたモノマーとその反応性を表1に示す。

表1 Inclusion polymerization of various monomers in DCA canalsa)
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                    Postpolymerization                         Content of
Monomer         temperature          time      Polymer yield   1.4-structure
                  in℃             in days       in%            polymer in%
------------------------------------------------------------------------------
1,3-butadiene      0                 0,2              56                77
1,3-pentadiene     0                  2               34               >99
4-methyl-1,
3-pentadiene       0                  2               Trace             --
                   50                 1               26               >99
2,4-dimethyl-1,
3-pentadiene       50                 1               trce              --
                   100                4               trce              --
cyclopentadiene    70                 5               13                70
1,3-cyclohexadiene 70                 5               22               >99
1,3-cycloheptadiene 70                5                2                --
------------------------------------------------------------------------------
(a)γ-ray irradiation 1 Mrad/h. Postpolymerization at 0℃,50℃,70℃,100℃

 まず、鎖状ジエンモノマ-に関して、1,3-butadieneを用いた場合、あまり立体規則性の高いポリマーが得られていない。これは、モノマーの大きさに対して、包接空間の大きさが大きすぎるためであり、これに対し,1,3-Pentadiene、4-methyl-1,3-pentadieneを用いた場合は、モノマーの大きさと包接空間の大きさがちょうど合っているために立体規則性の高いポリマーが得られたと考えられる。さらに大きなモノマーである2,4-Dimethyl-1,3-pentadieneになると、包接空間内のモノマーが硬く固定されてしまうため重合反応は進行しない。
 
 次に、環状モノマーであるcyclopentadiene、1,3-cyclohexadiene、1,3-cycloheptadieneを用いた場合でも重合反応が進んだ。cyclopentadieneにおいては、ホストとしてチオ尿素を用いたものが報告されているが、DCAはチオ尿素に比べ大きな包接空間を有するため、チオ尿素ほど立体規則性の高いポリマーは得られなかった。しかしながら、1,3-cyclohexadieneを用いた場合はDCAの包接空間に非常に合うために立体規則性の高いポリマーが得られた。
 
 また、包接重合の大きな特徴のひとつとして、成長末端のラジカル種を容易にESRで観測できることが挙げられる。これもやはり、成長ラジカルが包接空間内に存在し、安定であるということが大きな原因である。図1はモノマーに4-methyl-1,3-pentadieneを用い、ガンマ線照射後に得られたESRスペクトルである。


図1 ESR spectra of the propagating radicals after γ-ray irradiation in case of (a):4-methyl-1,3-pentadiene, (b):2,4-dimethyl-1,3-pentadiene in DCA canals.


 カップリング定数が1.4mTの等価な9本線のスペクトルが得られた。この結果から、4-methyl-1,3-pentadieneのC1の水素が非等価であると言える。また、2,4-Dimethyl-1,3-pentadieneの場合、同様にカップリング定数が1.4mTの11本線に分かれ、その理由としてもC1の水素が非等価であることが挙げられる。 また、図2は、環状ジエンモノマ-のESRスペクトルで、cyclopentadieneでは2つの等価なアルファプロトンと3つの等価なアリールプロトンに由来する6本線が得られた。


図2 ESR spectrum of cyclopentadiene-DCA system after γ-ray irradiation with a dose rate of 1 Mrad/h for 1h at 0℃ and measured at room temperature, (a) observed, (b) simulated. (原論文1より引用)

 これは、コンピューターシュミレーションとも一致しており成長ラジカルを示していることがわかる。
今後、この研究は、ラジカル重合反応の反応場における影響を系統的に知ることや、比較的容易に、安定なラジカル種を作り出すことができるため、ESRにおける成長ラジカルの様々な解釈の足がかり的な研究としての可能性を秘めている。

コメント    :
ホストとモノマーを精密に設計することで立体規則性の高いポリマーを得ることができる。また、ラジカル重合反応の反応場における影響を系統的に調べることや、ESRにおける成長ラジカルの様々な解釈に役立つことが期待される。

原論文1 Data source 1:
Inclusion Polymerization of Cyclic Diene Monomers in Deoxycholic Acid Canals
Hiromori Tsutsumi, Mikiji Miyata, Kiichi takemoto.
Department of Applied Fine Chemistry, Faculty of Engineering, Osaka University
Die Angewandte Makromolekulare Chemie 165 109-123(1989)

原論文2 Data source 2:
Inclusion Polymerization in Deoxycholic Acid and Apocholic Acid canals: Decisive role of a relative size between a canal and monomer
Mikiji Miyata, Toshitake Tsuzuki, Fusaharu Noma, Kiichi Takemoto, Mikiharu Kamachi*.
Department of Applied Fine Chemistry, Faculty of Engineering, Osaka University; *Department of Polymer Science, Faculty of Science, Osaka University
Macromol. Chem., Rapid Commun. 9, 45-50(1988)

キーワード:包接重合、デオキシコール酸、包接空間、ジエンモノマー、ガンマ線、立体規則性、ESR、成長ラジカル
Inclusion Polymerization, Deoxycholic Acid, Canals, Diene Monomer, Gamma Rays, Tacticity, ESR, Propagating Radicals
分類コード:010101

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