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作成: 2000/10/02 石垣 功

データ番号   :010197
電子線照射ポリテトラフルオロエチレンの熱安定性
目的      :電子線照射したPTFEの熱分解機構の解明
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(1.0 MeV)
線量(率)   :1 - 4 MGy, 100 kGy/each time
利用施設名   :ELT 1.5(made at the Institute of Nuclear Physics, Novosibirsk)
照射条件    :空気中

概要      :
 空気中で1MeVの電子線を照射したポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の熱安定性について検討した。照射線量の増加により熱安定性の減少を確認した。照射試料を熱分解させると、CO2, HF, フルオロカ-ボンが生成した。CO2, HFは、250℃までの加熱でペルオキシド基の分解によって生成し、さらに低分子量フルオロカ-ボンが重合体から脱着した。300℃以上では、PTFE内部に照射で生成したCOOH基の脱カルボキシル反応によりCO2が生成した。以上の知見から、約250 ℃でのアニールによって低分子量切片を脱離させて、PTFEの熱安定性を改善できることが判明。

詳細説明    :
 
 電子線照射PTFEの熱重量分析(TGA)、熱分解ガスのマススペクトル分析及び赤外スペクトル分析(FTIR)を行ない、それらの結果の解析から、電子線照射によるPTFEの分解の機構を考察した。
 
 TGAによる解析:
 PTFEの熱分解曲線を図1に示す。


図1  (a) TGA curves (――――) up to 20 % weight loss and derivative curves of (・・・・・) original PTFE and PTFE irradiated with a dose of 1 and 4 MGy(N2, 10 K/min). (b) TGA curves (――――) up to 20 % weight loss and derivative curves of (・・・・・) original FEP and FEP irradiated with a dose of 1 and 4 MGy(N2, 10 K/min).(原論文1より引用)


 未照射PTFEは約450℃まで安定であるが、温度がこれより高くなると急激に熱分解が始まる。これに比べ照射したPTFEの熱分解は、かなり低い温度から開始され、照射線量が高いほどより低い温度で分解が始まり、また、同一温度での分解による重量減はより大きくなった。さらに、非照射PTFEの熱分解は、一段で起こっているが、照射試料では、多段で生じることが明らかになった。FEPと比較した場合、照射試料の第1段目の熱分解のピークは両者とも225℃にあるが、空気中照射に特徴的な熱分解はFEPの方がより大きい。
 
 熱分解ガスのマススペクトル分析及び赤外スペクトル分析(FTIR)による解析:
 
 空気中で電子線を照射したPTFEを昇温加熱すると、照射PTFEから CO2 、HF 及び各種フルオロカーボン切片を発生して重量減少(分解)が進行する。 照射PTFEの加熱によるCO2生成は、図2に示すように、1段目;200 〜 250 ℃、 2段目;300 ℃以上の2段の温度範囲で起こり、いずれも線量とともに生成量は増加した。


図2  CO2+ evolution pattern of (■) original PTFE and PTFE irradiated with a dose of (□) 1 MGy and (◇) 4 MGy and (◇) original FEP(原論文1より引用)


 PTFEの空気中照射で生成した過酸化ラジカルは、室温では極めて安定である(参考文献 T. Kagiya, et al., 1974)が、250 ℃まで加熱するとラジカルは消失してCOF2が生成され、さらに微量の水分の存在によりCO2 とHFに分解することが報告されている(参考文献 M. Hagiwara, et al., 1976)。したがって、図2の 225 ℃での最初のCO2ピークは、過酸化ラジカルの分解によるものであり、 200 〜 250 ℃で認められたHFの生成も恐らく同じ過酸化ラジカルに起因するものである。即ち、空気存在下で電子線照射により生成した過酸化ラジカルが 加熱により、COF2になり、それが微量の水分の存在によりCO2とHFになったものと考えられる。一方、FTIRスペクトル分析から、-COF(1884 cm-1)と-COOH(1776 cm-1)が新たに生成していることが示されたが、PTFEに空気存在下で電子線を照射した場合に、COF基が生成することは既に知られており、このCOF基の一部が加水分解してCOOH基が生成したと考えられる。非照射のFEPには、COOH基が存在しており、これを加熱した場合(図2参照)、300℃以上でCO2が発生していることから、照射PTFEの加熱分解で、300℃以上でのCO2の発生は、COOH基の熱分解によるものであると考えることができる。
 
種々なフルオロカーボン切片の発生:
 
 照射PTFEの昇温加熱により、CO2、HFとともに、CF3+のような飽和の低分子量フルオロカーボンやCF+、CF2+のような不飽和のフルオロカーボンも生成する。


図3  (a) CF3+ evolution pattern of (■) original PTFE and PTFE irradiated with a dose of (□) 1 MGy and (◇) 4 MGy. (b) (■) CF+, (□) CF2+, and (◇) C2F3+ evolution pattern of original PTFE and PTFE irradiated with a dose of 1 and 4 MGy.(原論文1より引用)

 
 図3に示すように、CF3+は 200 ℃以下の比較的低温でも認められる。文献(参考文献 D.R.Wheeler, et al., 1990)によれば、CF3+は飽和フルオロカーボンに特有なものであることから、100 〜 200℃で観察される CF3+ (m/e = 69) のソースは、照射PTFEから脱着した低分子量フルオロカーボンがその源であると考えられる。ただし、400 ℃以上での急激な CF3+の生成については、今のところ説明が困難である。 
 一方、不飽和のフルオロカーボンの生成については、未照射 PTFE でも、440 ℃以上で、CF+ (m/e = 31)、CF2+ (m/e = 50)、及び C2F3+ (m/e = 81) の発生が観察されており、照射PTFEでは、照射線量の増加とともに不飽和フルオロカーボンの発生温度が低下し、4 MGy 照射では、約320 ℃からそれらの発生が認められた。
以上の空気中で電子線を照射したPTFEの熱分解について、熱重量分析(TGA)と熱分解ガスのマススペクトル分析及び赤外分析(FTIR)から得た知見をまとめると、
 
*照射PTFEの熱安定性は、照射線量の増加とともに低下する。
*照射PTFEの熱分解において、CO2 、HF 及び種々のフルオロカーボン切片が発生する。
*飽和の低分子量フルオロカーボン(例えばCF3+のような)は、特に 250 ℃以下の温度では、照射PTFEから脱着されてくる。
*200 〜 250 ℃の温度範囲で発生するCO2 およびHFは、過酸化ラジカルの分解により生成したCOF2が水分と反応して生成された結果である。
*300 ℃以上で発生するCO2は、COOH基の脱カルボルキシル化(脱炭酸)反応に因るものである。なおCOOH基は、照射により生成したCOF基がさらに加水分解して生成する。
*照射により生成したCOOH基の脱炭酸反応と不飽和フルオロカーボンを生成する解重合は 300 ℃以上に限って起こる。
* 低分子量の照射生成物は揮発性であり、また過酸化ラジカルは分解するので、250 ℃でアンニールすることにより空気存在下で照射したPTFEの熱安定性は改善される。
 

コメント    :
 PTFEは、耐熱性、耐薬品性など数多くの優れた特徴を有する高分子材料であるが、耐放射線性は低く、γ線や電子線の照射により分解して低分子量化が進行し、粉砕が容易になる。照射により微粉末化されたPTFEは、インク・塗料、オイル・グリース、合成樹脂などへの各種添加剤として、PTFEのもつ非粘着性や低摩擦係数などの性質が利用されている。典型的な放射線分解型の樹脂ではあるが、微粉末化するためには、極めて高い線量の照射が不可欠であり、電子加速器を用いた当該技術の工業化には、γ線よりも極めて有利であると考えられる。

原論文1 Data source 1:
Thermal stability of electron beam-irradiated polytetrafluoroethylene.
Lappan, U.; Haeussler, L.; Pompe, G.; Lunkwitz, K.
Institute of Polymer Research Dresden, Hohe Str. 6, 01069 Dresden, Germany
J. Appl. Polym. Sci., 66(12), 2287-2291(1997)

参考資料1 Reference 1:
T. Kagiya, N.Yokoyama, and T.Ueno,
Nippon Kagaku Kaishi, ), 1777(1974)

参考資料2 Reference 2:
M. Hagiwara, T. Tagawa, H. Amemiya, K. Arai, J. Shinohara, and T. Kagiya,
J. Polym. Sci., Polym. Chem. Ed., 14, 2167(1976)

参考資料3 Reference 3:
D. R. Wheeler and S. V. Pepper,
J. Vac. Sci. Technol. A, 8, 4046(1990)

キーワード:電子線、電子加速器、放射線、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、フルオロカーボン、分解、熱安定性、熱重量分析(TGA)、質量分析、赤外スペクトル分析(FTIR)
electron beams, electron accelerator, radiation, polytetrafluoroethylene(PTFE), fluorocarbon, degradation, thermal stability, thermogravimetric analysis, mass spectroscopy, fourier transfer infrared spectroscopy
分類コード:010101,010107

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