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作成: 1999/10/06 石垣 功

データ番号   :010179
超高分子量ポリエチレン移殖材料
目的      :超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)の放射線橋架けとその応用
放射線の種別  :ガンマ線,電子
放射線源    :電子加速器(10 MeV)、60Co
応用分野    :膝関節、肘関節、股関節等

概要      :
 整形外科の移殖に適した材料である超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)は、通常γ線滅菌されてきたが、長期間の使用中に生体組織中の酸素の影響で時間とともに劣化する傾向にある。そこで、UHMWPEへの照射効果(ラジカルの種類、濃度)が測定された。一方、長期間にわたって取り換えることなく移殖しておくことが可能な材料開発について、UHMWPEを加熱下に電子線で照射する方法やその効果をγ線照射(滅菌)と比較して、紹介する。

詳細説明    :
 
 超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)は、その優れた耐磨耗性及び耐衝撃性や低摩擦係数の故に、膝関節や股関節の整形外科の移殖に適した材料とされてきた。しかし、体内に移殖されたUHMWPEは、生体組織中の酸素の影響で時間とともに劣化する傾向にある。その結果として、整形外科の移殖材料の多くが、10年から20年の間に度々取り換えられねばならない。
 
 こうした移殖用のUHMWPEは放射線で滅菌されるのが普通であるが、滅菌中に生成したラジカルと環境からの酸素が反応して材料の酸化劣化を引き起こすことが知られている。


図1 ESR spectra of γ-irradiated tibial component(104 months in air).(原論文1より引用。 Reproduced from Radiat. Phys. Chem., Vol. 51, No. 4-6, pp. 593-594(1998), Fig.1(p.593), M. S. Jahan, D. E. Thomas, K. Banerjee, H. H. Trieu, W. O. Haggard, and J. E. Parr, Effects of Radiation-Sterization on Medical Implants; Copyright(1998), with permission from Elsevier Science.)



図2 Radiation dose vs FRC in e-beam irradiated bar stock materials.(原論文1より引用。 Reproduced from Radiat. Phys. Chem., Vol. 51, No. 4-6, pp. 593-594(1998), Fig.2(p.593), with permission from Elsevier Science.)

 図1にγ線照射した試料のESRスペクトルを示す。試料の中心部にはアリル型のラジカルが存在し、一方表面部は過酸化ラジカルが主に存在している。また、図2に電子線照射した棒状試料のフリーラジカル濃度と線量の関係を示す。フリーラジカル濃度は、照射線量とともに、試料中心部及び表面部のいずれにおいても増加するが、酸素からより隔離されている中心部に比べて表層部のフリーラジカル濃度は低く酸素と反応して主として過酸化ラジカルになっていることを示している。この過酸化ラジカルが主鎖の切断を、つまりUHMWPEの分子量低下を引き起こし、結晶化度の増加へと導く。その結果として、主として材料表面部の物性変化(酸化劣化)が起こることになる。また、不活性雰囲気下での照射でも、長寿命のフリーラジカルをより多く生成し、結果的に長期にわたり酸化反応が起こり物性低下を招くことになる。
 
 現在用いられているUHMWPE移殖材料の殆どがガンマ線滅菌されおり、滅菌中にフリーラジカルが生成している。これらのラジカルは20年以上もポリマー中に残存し、生体組織中の酸素と反応してポリマー鎖を壊す原因となる中間体を形成する。結果として、ポリマーは砕けやすく、より傷つき易くなり摩滅する。移殖された関節からの磨り剥がされたPE粒子が、組織の炎症を起こす。これが、何故関節が度々取り換えられねばならないかという主な理由である。 
 
 ボストンのMassachusetts General Hospital(MGH)の研究者らよって、高価で苦痛の伴う取り換えが不必要なUHMWPEが開発された。MGHで開発された新規な安定化方法は、押出し成型されたロッド状或いは圧縮成型されたディスク状のUHMWPEを高エネルギー電子線、特に 10 MeV オーダー、で照射してポリエチレン(PE)鎖に橋架けを導入することから成る。また、同時に、材料(UHMWPE)を125 ℃(融点 137 ℃以下)に加熱してアニールする。このアニーリングの目的は、ポリマーのモビリティを増して、照射により生成したフリーラジカルが橋架けを作って(再結合して)完全に消滅させることにある。このラジカルの消滅が決定的要因である。
 
 通常のガンマ線滅菌UHMWPEを用いたライニング材での歩行模擬試験で2千万回(20年の歩行に相当する)で表面から2〜3 mm が摩り減っていたが、電子線で橋架けしたUHMWPEでは、同じ2千万回後でも明らかな摩耗は起こっていなかった。
 

コメント    :
 放射線照射により、UHMWPEに橋架け構造を導入する際の照射条件として、高エネルギー(10 MeV)の電子線照射と125℃加熱により、長期間取り換え不要の移殖用UHMWPEの開発に成功している。放射線橋架け技術として、『加熱下 +(不活性雰囲気下)+ 電子線照射』の効果が顕著に活かされた1例である。同様な例として、ポリテトラフルオロエチレン、ポリカプロラクタンがある。電子線と比べて線量率の低いγ線照射では、(高温+不活性雰囲気)下での長時間照射を必要とするので、実用的でないと考えられる。

原論文1 Data source 1:
Effects of Radiation-Sterization on Medical Implants
M. S. Jahan, D. E. Thomas, K. Banerjee, H. H. Trieu, W. O. Haggard, and J. E. Parr
Dept. Phys., The Univ. of Memphis, Memphis, TN 38152, USA
Radiat. Phys. Chem., Vol. 51, No. 4-6, pp. 593-594(1998)

原論文2 Data source 2:
Engineering Resins. Crosslinking Technique Prolongs PE Implant Life.
Gordon Graff
Editor (?)
Modern Plastics International, Vol. 29, No. 1, pp. 30-31(1999)

キーワード:生体親和性材料、ポリマー、超高分子量ポリエチレン、橋架け、外科用移殖材料、埋め込み材料、ラジカル、過酸化ラジカル、酸化、滅菌
biocompatible materials, polymer, ultra-high molecular weight polyethylene, crosslinking, orthopedic implants, implant materials, radical, peroxyradical, oxidation, sterilization
分類コード:010101, 010204,

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