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作成: 1997/11/25 水野 晃一

データ番号   :010172
ポリ塩化ビニル及びポリビニルアルコールの熱分解に及ぼす放射線の効果
目的      :共役系ポリマーの合成手法に関しての放射線応用技術の基礎的検討
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co線源
線量(率)   :5.9-31kGy 7.8kGy/h 5.9kGy/h
照射条件    :減圧下、環境温度または実験温度(138〜170℃)
応用分野    :機能材料合成、新材料合成

概要      :
 γ線の照射に伴うPVCとPVAの熱分解時の共役二重結合生成の促進効果を調査した。実験はそれぞれ2つの条件下でおこなった。PVCとPVAの薄いフィルムに環境温度でγ線を照射(予備照射)し、それから熱処理を行う場合と熱処理と同時に照射(同時照射)する方法である。2つの条件でどちらのポリマーにおいても共役鎖の増大する効果が確認できたがPVCとPVAでは2つの条件からもたらされる促進効果に違いがみられた。その違いは照射によって誘発される2種のポリマーの化学反応とそれぞれの共役構造の生成への寄与の比較によって説明できる。

詳細説明    :
 
 ポリエン構造を持つポリマーを合成するためにいくつかのビニルポリマーが有効な前駆体ポリマーとして役立つ。そのうちのPVCやPVAの熱分解は低分子量化合物の脱離によって引き起こされ、反応条件によってさまざまな長さのC-C二重結合が得られる。実験ではγ線の照射に伴うPVCとPVAの熱分解時の共役二重結合生成の促進効果を2つの条件下で観察した。PVCとPVAの薄いフィルムに環境温度でγ線を照射(予備照射)した後に熱処理を行う場合と熱処理と同時に照射(同時照射)する方法である。照射はコバルト60のγ線源を利用し、線量率(時間当たりの線量)はPVCでは7.8 kGy/h、PVAでは5.9 kGy/hであった。
 
 PVC、PVAフィルムのどちらも実験範囲での線量(5.9 〜 31 kGy)の予備照射において可視-紫外及び赤外領域における目立った吸収の変化はなかったが、試料を加熱処理することでその効果が明らかになった。
 
 PVCフィルムにおいて予備照射をしたフィルムでは加熱処理後700nmを波長の上限とする共役ポリエン構造に帰属することができる吸収バンドが観察できる。その様子を図1に示す。


図1 Absorption spectra of PVC films treated at 160℃,respectively,for 2 h : (a) pre-irradiated to 23.4kGy;and (b)without pre-irradiation.(原論文1より引用。 Reproduced from Jounal of Polymer Science:Part A:Polymer Chemistry, Vol.36,3089-3095(1998), Fig.1(p.3090), WENWEI ZHAO,YUKIO YAMAMOTO, SEIICHI TAGAWA, Radiation Effects on the Thermal Degradation of Polu(vinyl Chloride) and Poly(vinyl alcohol); Copyright(1998), by permission of John Wiley & Sons, Inc., All Rights Reserved.)

 吸収強度は線量が同じであっても照射と熱処理を同時に行った場合と比較して大きい吸収を示す。図2にはそれらの吸収スペクトルの比較をしめす。


図2 Comparison of the pre-irradiation (pre-irradiation dose:23.4kGy;heated at 160℃ for 3 h) effect(a) and the in situ irradiation (irradiated at 160℃ for 3 h;dose rate : 7.8kGy/h) effect(b).(原論文1より引用。 Reprinted from data source 1 with permission from Jorn Wily & Son,Inc. (C)1998 ||Reproduced from Jounal of Polymer Science:Part A:Polymer Chemistry, Vol.36,3089-3095(1998), Fig.7(p.3092), by permission of John Wiley & Sons, Inc.)

 PVAの場合も実験した2つの条件下での照射が共役構造の生成を増大する効果があるのはPVCと同様であるが、PVCのケースとは反対に同時照射が予備照射と比較してより強い吸収を示している。図3には照射しない試料も含めて予備照射と同時照射の試料の吸収スペクトルをしめす。


図3 Absorption spectra of the PVA films: (a)original; (b)heated at 138℃ for 2 h without irradiation; (c)pre-irradiated to 11.8kGy and then heated at 138℃ for 2 h ; and (d) heated at 138℃ for 2 h under irradiation. The dose rate for both (c) and (d)was 5.9kGy/h.(原論文1より引用。 Reproduced from Jounal of Polymer Science:Part A:Polymer Chemistry, Vol.36,3089-3095(1998), Fig.8(p.3092), by permission of John Wiley & Sons, Inc.)

 ビニルポリマーにおいての放射線照射によって誘発される化学反応には一般に架橋反応、分子鎖切断反応、低分子量成分の離脱、分子鎖中及び末端の二重結合の生成反応などがあるがPVCでは照射によるもっとも目立った反応は脱塩化水素反応である。塩化水素の放射線化学反応による生成数G(HCl)(100eVあたりの生成分子数)は室温、減圧状態で7-13の範囲との報告があり(参考資料1,2)、この値は目立って大きく予備照射の効果は主としてHClの生成であると考えられる。照射によって生じたHClが熱分解時に触媒作用をもたらすことが知られており、これが予備照射後の反応活性化の要因となっている。
 
 PVAでも同様に、照射による構造欠陥は熱分解を促進させる原因となっている。しかしながら、PVAの照射による主たる分解は水ではなく水素を生成する点においてPVCのそれとはちがっている。そのことは予備照射したPVAにおいて脱水素反応後に生成するカルボニル基の存在によって確かめられる。主に水素であるPVAの照射生成物は加熱処理時の脱水反応での触媒効果は示さない。それ故、同時照射における照射と加熱の相乗効果が予備照射の効果より大きく照射効果のPVCの違いとなってあらわれている。
 

コメント    :
 ポリマーへの照射による改質、新機能の付与技術は成形加工の面からみても興味深い技術である。照射によって生成するポリエン構造の電気的特性を利用した新たな製品開発にもつながる可能性がある。

原論文1 Data source 1:
Radiation Effects on the Thermal Degradation of Poly(vinyl Chloride) and Poly(vinyl alcohol)
WENWEI ZHAO,YUKIO YAMAMOTO, SEIICHI TAGAWA
The Institute of Scientific and Industrial Research,Osaka University
Jounal of Polymer Science:Part A:Polymer Chemistry, Vol.36,3089-3095(1998)

参考資料1 Reference 1:
R.Salovey
in The Radiation Chemistry of Macromolecules (Academic Press, 1973)

参考資料2 Reference 2:
K.Arakawa, T.Seguchi, and K.Yoshida
Radiat. Phys.Chem.,27,157(1986)

キーワード:照射、熱分解、ポリ塩化ビニル、ポリビニルアルコール、共役ポリマー、ポリエン構造、γ-線、電子スペクトル、FTIRスペクトル、脱塩化水素反応、脱水反応
radiation, thermal degradation, poly(vinyl chloride), poly(vinyl alcohol), conjugated polymer, polyene structure, γ-ray,electronic spectra, FTIR spectra, dehydorochlorination, dehydration
分類コード:010205,010206

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