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作成: 1999/12/09 佐野 清彦

データ番号   :010171
電子ビーム照射と選択的金属被覆によるナノ構造高分子膜
目的      :高分子の表面にテルルの針状結晶を選択的に成長させることができるという新しい現象の紹介
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(200kV)
フルエンス(率):高密度ポリエチレン27、100、400C/m2、アイソタクチックポリプロピレン6、10、90C/m2
利用施設名   :電子顕微鏡Philips CM200
照射条件    :ホットプレート上(353〜400K)、
応用分野    :エレクトロニクス、オプトエレクトロニクス

概要      :
 キャスト法で高密度ポリエチレンやアイソタクチックポリプロピレンの薄膜を作成して、一軸溶融延伸した。このフィルムを真空中で電子線照射を行い、続いて、テルルの真空蒸着を行った。高分子の種類、電子線の照射量、蒸着時のフィルムの温度をコントロールすることによって、高分子フィルム上の照射部分、非照射部分に選択的にテルルの針状結晶を析出させることが出来た。その結果、高分子薄膜上にテルルの微細パターンを描画することができた。

詳細説明    :
 
 方法は、高密度ポリエチレンとアイソタクチックポリプロピレンの薄膜をキシレンを溶剤としてキャスト法で作成した。これらの高分子の溶融薄膜はモーター駆動シリンダーで一軸延伸された(約100nmの厚さ)。フィルムの電子線照射は、電子顕微鏡中で、電子顕微鏡の電子レンズの焦点を用いてスポット状の照射部を作った。また、基板を移動させることによって文字を描画した。その照射フィルム上に、フィルムの温度を293〜393Kに加熱して、テルルを真空蒸着した。テルル結晶の析出状態はTEM観察によっておこなった。図1に作成方法を示した。


図1 Sketch of the sample preparation.(原論文1より引用。 Reproduced from Adv. Mater. VOL. 10, NO. 13, 997-1001(1998), Fig.1(p.998), Lieberwirth I., Katzenberg F., Petermann J., Nanostructured Polymer Films by Electron-Beam Irradiation and Selective Metallization; Copyright(1998), with permission from WILEY-VCH Verlag GmbH.)

 テルルは高分子薄膜上へ針状の結晶を析出することができるが、その条件は、高分子の種類、電子線の照射量、蒸着時のフィルムの温度によって、析出、非析出をコントロールできる。ちなみに、高密度ポリエチレンの場合、100C/m2以下の線量で基板の温度が393Kの場合はテルルはよく成長する。そのときのテルルの針状結晶の方向は高密度ポリエチレンの延伸方向に平行か垂直かの二つである。図2は、この条件での高密度ポリエチレンフィル上へのテルル結晶の析出の状況のTEM像である。


図2 TEM bright-field micrograph of a uniaxially oriented HDPE substrate metallized with 20nm tellurium at a substrate temperature of 393K. In the circular, which was irradiated with a dose of 27C/m2, a favored tellurium metallization with a smaller degree of orientation of the tellurium needle crystals is visible.The molecular c-direction of the substrate is indicated by an arrow.(原論文1より引用。 Reproduced from Adv. Mater. VOL. 10, NO. 13, 997-1001(1998), Fig.7(p.1001), with permission from WILEY-VCH Verlag GmbH.)

 線量が100ないし400C/m2の範囲で基板の温度が393Kの場合はテルルの成長は抑制される。線量が400C/m2以上で基板の温度が393Kの場合はテルルの成長は再び促進されるが、テルルの針状結晶の方向(六方晶系のc軸)は高密度ポリエチレンの延伸方向に垂直である。
 
 一方、アイソタクチックポリプロピレンの場合は、基板温度353Kでは、6C/m2以上の線量でテルルの析出が抑制され、14C/m2以上で再び析出が再開される。但し、アイソタクチックポリプロピレンの場合は、テルルの針状結晶の方向はランダムの傾向である。このような線量の違いによる選択的なテルルの選択成長は基板温度が常温では弱い。一方、高温でも臨界温度があって、高密度ポリエチレン、及びアイソタクチックポリプロピレンの場合、それぞれ400K、353K以上の温度ではテルルは析出しない。また、ポリエチレン、アイソタクチックポリプロピレンのいずれの場合にも他の金属ではこのような選択的に成長する現象は見られていない。
 
 この新しい現象のメカニズムは、高分子表面の非晶質部分にテルルが析出することと、この部分の高分子鎖の振動運動の活発、不活発に関係つけて考えられる。この部分の高分子鎖の振動運動が不活発の場合は表面吸着が優先され、活発の場合は脱離が優先される。また、照射によって高分子表面の非晶質部の面積が増加したり、架橋によって非晶質部の高分子鎖の振動運動が押さえられることによって、テルルの析出に影響を及ぼす。
 
 高密度ポリエチレンの場合は上記をもとに次のように解釈される。線量が100C/m2以下では、架橋によって高分子鎖の振動運動が抑制されるため、析出が顕著になる。100〜400C/m2では、結晶質が減少して総体的に高分子鎖の振動運動が活発になるため、析出が抑制される。400C/m2以上では、架橋密度が増加して高分子鎖の振動運動が抑制されるため、析出が再開される。アイソタクチックポリプロピレンの場合は同様に次のように解釈される。線量が6〜14C/m2の範囲では分子鎖切断が起こったり結晶質が消失するため高分子鎖の振動運動が活発になり、析出は抑制される。14C/m2以上では、分解生成物の再結合で振動運動がやや抑制されるため、析出が再開する。
 

コメント    :
 高分子フィルム上にテルルによって微細パターンを描画出来る技術である。これを応用する分野として電気回路の作成が考えられるが、基板の高密度ポリエチレンやポリプロレンが絶縁体であることや、テルルが酸化されやすく、昇華しやすいことが大きな障害になるものと考えられる。回路形成に関しては、テルルで描画されて微細パターンの高分子フィルムを半導体ウエハー表面に貼着し、熱拡散法で転写、ドープする方法が考えられる。また、ウイスカー状の針状結晶であれば電子放出材料としての利用が考えれれるが、高分子表面に結晶軸が平行である等のため利用は難しい。また、記憶媒体として見た場合、真空プロセスであるためハンドリング性に劣る。

原論文1 Data source 1:
Nanostructured Polymer Films by Electron-Beam Irradiation and Selective Metallization
Lieberwirth I., Katzenberg F., Petermann J.
Univ. Dortmund, Dortmund, DEU
Adv. Mater. VOL. 10, NO. 13, 997-1001(1998)

キーワード:電子線照射、高密度ポリエチレン、アイソタクチックポリプロピレン、テルル、、真空蒸着、ナノ構造、溶融延伸、基板温度、照射線量、優先配向、電子顕微鏡、放射線架橋
electron-beam irradiation, high density polyethylene, isotactic polypropylene, tellurium, vapour deposition, nanostructure, melt stretching, substrate temperature, radiation dose, preferred orientation, TEM microscope, radiation crosslinking,
分類コード:010205, 010305


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