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作成: 1999/12/12 石井 禎

データ番号   :010170
短繊維を充填したポリテトラフルオロエチレンの放射線架橋
目的      :フッ素系先端複合材料への応用
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(2MeV, 0.1-1.0mA)
線量(率)   :0-5MGy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所1号加速器(コッククロフトウォルトン型電子加速器)
照射条件    :無酸素雰囲気(アルゴンガス中), 室温(25℃)と高温(340℃±5℃)下
応用分野    :原子力分野、航空宇宙分野

概要      :
 ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)は耐熱性、耐薬品性に優れ、様々な工業分野で利用されている。しかし、繊維強化複合材料(FRP )としての利用はなく、原子力分野や航空宇宙分野でもその利用は制限されている。最近の研究では無酸素雰囲気下、融点以上の高温下にて放射線照射架橋することにより、力学的特性等の諸特性が改善され、短繊維強化した場合でも良好な特性を有することから、FRPへの応用が期待されている。

詳細説明    :
 
 ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)は耐熱性、耐薬品性に優れ、様々な工業分野で利用されているが、ガラス繊維や炭素繊維等との接着性が低いことや溶融粘度が高いことから、繊維強化複合材料(FRP )としての利用はなされていない。又、PTFEは放射線で容易に分解するという欠点もあり、原子力分野や航空宇宙分野での利用も制限されている。ところが、最近の研究では融点直上の330〜350℃、無酸素雰囲気下にて放射線照射架橋することによって、力学的特性、光学特性、耐クリープ特性、耐摩耗特性が改善されることが分かってきている。また、ガラス繊維や炭素繊維等の短繊維を充填したPTFEにおいても、同様な放射線照射架橋を施すことにより、架橋効率や諸特性への影響の少ないことが明らかになってきている。ここでは、FRPへの応用検討例について紹介する。
 
 マトリックスPTFEに、ガラス繊維や炭素繊維を充填して成形加工したPTFEシートを用い、無酸素雰囲気下にて放射線照射架橋し、その時の融解温度(Tm)、結晶化温度(Tc)、結晶化熱量(ΔHc)及び結晶化度を測定することによって架橋効率への影響を調査することができる。340℃にて照射架橋した場合、線量に対するTc、Tm、ΔHc及び結晶化度の変化は、繊維の有無に関係なくほぼ一定の挙動を示す。また、繊維の種類や含有量に依らず、PTFEのTmとTcは線量とともに低下し、ΔHcと結晶化度は小さくなることから、PTFEの非晶化が生じていることが分かる。つまり、繊維充填してもPTFEの架橋反応には影響しないことになる。一方、室温で照射架橋した場合では、TmとTcに変化はなく、ΔHcと結晶化度は増加する。これはPTFEの非晶領域で切断された低分子量の分子鎖が再配列して結晶化する為と考えられる(図1)。


図1 Relationship between degree of crystalline and dose for fiber-filled PTFE irradiated under oxygen-free atmosphere.◇:Glass fiber-filled PTFE irradiated at 340℃,◆:Glass fiber-filled PTFE irradiated at RT,△:Carbon fiber-filled PTFE irradiated at 340℃,▲:Carbon fiber-filled PTFE irradiated at RT,○:PTFE irradiated at 340℃,●:PTFE irradiated at RT.(原論文1より引用)

 引張特性への影響については、未照射の場合、PTFE単体の方が、繊維充填PTFEよりも引張強度及び降伏点強度は優れており、繊維充填PTFE同士では、繊維充填量の少ない方が高い値を示している。しかし、無酸素雰囲気下、340℃にて放射線照射架橋処理を施すと、繊維充填されたPTFEは、降伏点強度及びヤング率が未照射のものに比べ約3倍向上している。又、PTFE単体を架橋したものと繊維充填PTFEを架橋したものでは、降伏点強度にあまり差は見られないものの、ヤング率は2倍以上に向上していることが分かる。繊維充填PTFE同士では、繊維充填量の多い方がより効果は大きい。このように、高温での放射線照射架橋処理を行うことにより、繊維の充填率の高い方が引張強度特性が向上することから、架橋することによって繊維の補強効果が現れてくることが分かる(表1)。

表1 Change of mechanical properties for fiber-filled PTFE by radiation crosslinking(原論文1より引用)
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           Non-irradiation      Irradiation to 0.5MGy   Irradiation to 1MGy
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          PTFE   GF-    CF-     RX-     RX-     RX-     RX-IM  RX-    RX-
                 PTFE   PTFE    0.5M   0.5MGF  0.5MCF          1MGF   1MCF
----------------------------------------------------------------------------
 Yield    12.5   5.5    6.0     18.9   16.0    14.4     22.1   18.9   15.6
strength
 (MPa)
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Modulus   144.0  185.7  226.7   208.0  590.0   501.9    252.0  560.0  421.2
 (MPa)
----------------------------------------------------------------------------
 GF:glass fiber-filled,CF:carbon fiber-filled,RX:radiation crosslinking.
 引張試験後の試験片の破断面を SEM観察すると、未照射の繊維充填PTFEではマトリックスPTFEに、フレーク状のものが集積したように見えるが、架橋することによってPTFEは均質な連続層に変化している。繊維とPTFEとの界面では、未照射でも照射架橋処理を施しても物理的・化学的接着性はほとんど見られないが、架橋処理前後でPTFEのモルフォロジー的変化が観察される(図2)。


図2 SEM Photographs of fiber-filled PTFE;(a)Glass fiber-filled PTFE,(b)Glass fiber-filled crosslinked PTFE(0.5MGy irradiation),(c)Carbon fiber-filled PTFE & (d)Carbon fiber-filled crosslinked PTFE(0.5MGy irradiation).(原論文1より引用)

 このように繊維充填されたPTFEに無酸素雰囲気下、融点直上の高温で放射線照射架橋を施すことによって、強化繊維とマトリックス樹脂の接着性がほとんどなくても、マトリックスPTFEのモルフォルジーが架橋により均質で粘りのある連続層に改質され、繊維の補強効果が現れ、引張特性等が向上しているものと考えられる。したがって、ガラス繊維や炭素繊維の連続長繊維を使用したフッ素系複合材料を開発して行く上で、この高温放射線架橋方法はたいへん有用であり、今後は放射線架橋を阻害せずに、繊維とPTFEとの相溶性や接着性を改善してゆくことが最大の課題となる。

コメント    :
 PTFEは耐熱性、耐薬品性に優れ、様々な工業分野で利用されているが、FRPとして、あまり利用されていないのは意外である。このPTFEのように、強化繊維等と、ほとんど接着しない為、その力学的特性も向上しないと考えられる場合でも、高温放射線照射架橋法により、マトリックスとなるPTFEを改質すれば、接着性がなくても物性向上が認められるというのは新たな発見である。今後、PTFEのみならず、他の高分子材料においても、同様な考え方が応用できるものと期待したい。

原論文1 Data source 1:
短繊維を充填したポリテトラフルオロエチレンの放射線架橋
大島明博、宇田川昂、森田洋右
日本原子力研究所
JAERI-Tech-99-012

キーワード:ポリテトラフルオロエチレン、短繊維、放射線照射架橋、無酸素雰囲気、モルフォロジー、接着性、機械的特性、熱的特性
PTFE, short fibers, radiation-induced crosslinking, oxygen-free atmosphere, morphology, adhesion, mechanical properties, thermal properties
分類コード:010102

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