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作成: 1999/09/31 須藤 高史

データ番号   :010167
低エネルギー電子加速器の利用
目的      :放射線硬化技術における低エネルギー電子加速器の現状
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(〜300keV)
照射条件    :窒素気流中、大気中
応用分野    :印刷、塗布装、滅菌、ラミネート、コーティング、接着剤、剥離紙

概要      :
 ポリエチレン架橋への放射線利用から開始した電子線照射は加速器の発展もあり徐々に工業分野で利用が広がっている。紫外線硬化とよく比較されるが、電子線の優位な点も多く今後の発展が望まれる。低エネルギー領域では電子加速器はビーム走査型、非走査型に分けられる。電子発生部では熱陰極型とイオンプラズマ型がある。自己遮蔽も普及し、よりコンパクトな照射装置が利用しやすい。

詳細説明    :
 
 放射線の利用は、チャールズビー博士がポリエチレンの架橋を見いだして以来徐々に範囲を広げてきたが、取り扱いの面で優れた電子線照射装置の開発が進むにつれ工業利用分野で著しく発展してきている。過去、利用の中心は電子線によるプラスチックの架橋であった。電線への応用は我が国の工業利用分野でもっとも成功した例である。その他にも発泡ポリオレフィン、タイヤ用未加硫ゴム部材の予備架橋、熱収縮製品等の工業化がなされている。これらは主に加速電圧がMVオーダー内外の中エネルギー領域の照射装置が使用されている。ここでは、数百kV以下の低エネルギー電子線照射利用について注目する。
 
 低エネルギー電子線の利用分野の動向を表1に示す。滅菌や、架橋分野があるが、その主流は現状塗膜やフィルムの硬化である。塗布された樹脂を電子線で硬化する技術は1960年代から検討され、日本における工業化は、徐々にではあるが広がっており、塗布される基材の種類も、鋼板、フィルム、紙、木等多岐に亘っている。ユニークな例としては、電子線硬化の架橋密度の高さを利用した高硬度皮膜を持ったトンネル用鋼鈑や、熱に敏感な感熱層の上に塗布された樹脂の硬化など注目される技術が育ってきている。

表1 低エネルギーEBの利用分野の動向(原論文3より引用)
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  利  用  分  野      目  的                        現  状
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パーティクルボード  トップコート、接着剤の硬化    家具用木板の商品化
剥離紙(フィルム)    剥離コートの硬化             商品化
金属蒸着紙          転写接着剤の硬化             研究
ラミネート品(紙、   接着剤の硬化                 商品化
フィルム、箔)
贈物用包装紙        オーバプリントニスの硬化      商品化
紙容器              インキの硬化                 商品化
テープ、ラベル      粘着剤の硬化                  商品化
アルミ建材          コイルコートの硬化            屋根どい、雨どいなどの商品化
自動車ホイール      トップコートの硬化            パイロット生産
磁気メディア        バインダの硬化                テープ、フロッピーディスクの
                                                 パイロット生産
IC基板              ペースト、トップコートの硬化  研究
熱収縮フィルム      加熱収縮                      一般包装用フィルムの商品化
食品包装            殺菌                         フィルム、袋、ガラス容器の商品化
ゴムタイヤ          グリーン強度向上              低エネルギーEB使用の研究
電線                極細電線の耐熱性向上          商品化準備
繊維製品            グラフティング                研究
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 電子線硬化技術は、類似の紫外線硬化技術と比較されることが多いが、その比較例を表2に示す。電子線の優位な点も多く今後も電子線硬化技術の進展が期待される。

表2 電子線硬化とUV硬化の比較(原論文1より引用)
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   項目           UV硬化                    EB硬化             EB硬化の優劣
                                                               優位の場合の効果、事例
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   触媒の添加     必要  光開始剤添加必須  不用              ○ 不純物を含まない
   毒性           光開始剤による毒性の懸  心配なし          ○ 食品関係のパッケージ用など
塗                念                     (不純物非含有)      に利用
   臭気           残存する光開始剤の臭気  臭気の懸念なし    ○ 同上用途のほかコーティング
                  の懸念                                         全般的に優位
装 経時劣化       変色や皮膜の物性劣化    UVに比べて        ○ 屋外使用のような耐久性用途
   (耐候性)                               一般的に良好         に優位〔事例1〕
   原料費         光開始剤添加分高価にな  UV組成物より      ○ 品質面との相乗効果
剤                る                      安価
   着色剤、       制限がある              制限がない        ○ 利用範囲の拡大
   充てん剤の添加 (一般に透明物対象)                         磁気媒体など〔事例2〕
   ポットライフ   EBに比べて短い          長い              ○ 操業性にプラス
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   硬化時間       相対的に長い            相対的に短い      ○ 高生産性
                                                               基材への浸透少ない
   架橋密度       相対的に低い            相対的に高い      ○ ハードコートなどに優位
                                                              〔事例3〕
   硬化厚み       狭い                    広い             ○ 利用範囲の拡大
                  約10μm〜100μm         1μm〜300μm         凹版印刷などに優位
                (10μm以下はN2中)     (高電圧で数mm程      〔事例4〕
                (長時間照射で厚いもの    度の厚いものまで
                  可能)                  可能)
プ                
   ON-OFF運転     電気的ON-OFF不可        可能             −
                (シャッタのON-OFF可能)
   線量とスピー   非常に困難              可能             ○ 作業性で極めて有利
ロ ドとの連動
   基材への熱の   熱の影響を受ける        ほとんどなし      ○ 熱に弱い基材の使用
   影響           場合あり                                     感熱記録紙〔事例5〕
   基材の改質     効果なし                架橋やグラフト   ○ 皮膜硬化と同時改質
                                          反応
セ 基材の劣化     ほとんど影響なし        種類により劣化    ×(低線量で影響を僅少化)
   ラミネート加工 非常に困難              可能             ○ 大気中での硬化可
                (透過性がない)                               ラミネート品最適〔事例6〕
   線量の制御性   ある程度可能            厳密な制御可能    ○ 高機能皮膜形成〔事例7〕
ス                厳密な制御は不可
   硬化雰囲気     通常空気中              通常窒素中        ×
                  膜厚薄いとき窒素使用    ラミネート品
                                          は空気中可
   設備費用       中                      高               × ただし生産量が多いと
                  ラインスピード小で      ラインスピード大     処理コストで有利
                  有利                    で有利
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社 作業環境       若干の対策必要          若干の対策必要     −
                                        (設備に組込み)
会 公 害          無公害                  無公害            −
   エネルギ       中 3〜30                小 1              ○ 省エネルギー
性(相対比)
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 電子線硬化される塗膜等は、比較的厚みが薄い場合が多く、一般に加速電圧が300kV以下の低エネルギー加速器が利用される。照射部に空気が存在すると電子線照射により発生したラジカルが酸素と反応し期待される反応が進まないため、照射部は窒素ガスで置換する方法が一般的である。また鉛等によるX線の自己遮蔽を備えた装置も普及し、照射装置は比較的コンパクトにまとめられている。
 
 300kV以下の低エネルギー加速器は、国内において数社から販売されているが、メーカーにより方式が異なる。その方式の違いの1つに、走査型、非走査型がある。走査型は、比較的細い電子線を磁石等で操作し、広い面積に照射するもので、非走査型は長い電子発生部を持ち、広い照射野に対応した単数あるいは複数の発生部からの電子をそのまま加速し、真空中から外へ取り出す方式である。いずれにしろ、製品のばらつきを少なくするための、照射野内の照射量の均一性が要求される。最近の傾向では非走査型が低エネルギー領域では主流となっている。電子発生部ではフィラメントを利用した熱陰極型が大部分であるが、住友重機のWIPLはプラズマ発生部があり、カソード板とイオンとの衝突2次電子を利用したものである。その簡単な構造比較を図1に示す。


図1 WIPLと従来型加速器の構造比較(原論文2より引用)

 
 この電子発生部は照射窓でシールされ、内部をTMポンプ等で、10-4〜10-5Paの真空に保持されている。照射窓は熱伝導率の大きな金属の水冷グリッドでチタン箔を保持する構造で、電子線の透過率を上げる工夫がなされている。照射幅は電子発生部の技術進展で、利用要求により2m程度まで可能である。出力も1つの電子発生部と照射窓で1A程度可能であるが、利用分野での要求次第である。安定した製品製造にはラインスピードに応じた出力制御が必要で、加速電圧一定で、電流をスピードに応じて制御する。最近はパルス運転を行い、そのパルス繰返し数を制御する方式もとられる。
 
 低エネルギー照射装置パイロット機の国内需要がが着実にのび、その利用分野も広がっており、今後の生産機への移行が期待される。

コメント    :
 電子加速器の運転安定化により、工業利用が徐々に拡大してきた。低エネルギー分野では研究用機の利用が増加しており、加速器の高効率化と低価格がさらに進めば、放射線照射の利点を生かした工業利用が飛躍的に拡大すると思われる。

原論文1 Data source 1:
最近の中・低エネルギー電子加速器の用途と利用状況
星 康久
日新ハイボルテージ株式会社
第22回日本アイソトープ・放射線総合会議論文集,A-450,p.1-13,1996

原論文2 Data source 2:
イオンプラズマ型電子照射装置WIPL
桂 一郎
住友重機械工業株式会社
Polyfile(ポリファイル) , Vol. 35 , No. 2 , 1998

原論文3 Data source 3:
放射線硬化用低エネルギーEB装置の動向
水澤 健一
日新ハイボルテージ株式会社
放射線と産業 , No. 69 , 1996

原論文4 Data source 4:
接着作業の最新技術 3.接着剤の硬化・乾燥 3.1 EB硬化装置
谷口 周一
日新ハイボルテージ株式会社
接着の技術, Vol. 18 , No. 1 , 1998 Polyfile(ポリファイル) , Vol. 35 , No. 2 , 1998

原論文5 Data source 5:
新しい展開が進むUV・EBの技術 岩崎電気における電子線(EB)照射装置の展開
岩崎電気株式会社
岩崎電気株式会社
Polyfile(ポリファイル) , Vol. 35 , No. 2 , 1998

キーワード:電子加速器、低エネルギー、電子線硬化、UV硬化、熱電子型、イオンプラズマ型、自己シールド
electron beam accelerators, low energy, electron beam curing, UV curing, thermal electron type, ion plasma type , self-shieldings
分類コード:010301,010302,010304

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