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作成: 1999/09/30 須藤 高史

データ番号   :010166
超低加速電圧電子線照射装置の開発
目的      :印刷・塗膜硬化用低電圧電子線照射装置の開発
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(50-100kV)
照射条件    :窒素気流中、空気中
応用分野    :印刷、表面加工、塗料硬化、VOC分解

概要      :
 インキ・塗料等の薄膜の硬化装置として、極めて小型で超低加速電圧の電子線照射装置を開発した。紫外線・電子線による硬化では無溶剤型塗料が使用でき、揮発性有機溶剤の排出を抑止できる。電子線利用により、室温で、高速の硬化が可能となる。しかし、従来の電子加速器では加速電圧が最低100kV程度と薄膜用としては高い。そこで超低加速電圧でも電子の透過率の高い隔離膜を使用した真空管を用い、小型化を図った。
 

詳細説明    :
 
 近年、印刷・コーティングにおいて環境保全、省資源・省エネの観点から、紫外線(UV)/電子線(EB)等の放射線硬化法が進展した。揮発性有機物質を発生せず、エネルギー効率が高く、生産性が向上し、機能・付加価値向上等の特徴がある。現在、UV硬化システムは様々な分野で利用されている。しかし、UVシステムにも以下のような欠点がある。○光開始剤が必要 ○UVとともに熱発生があり、効率改善が期待ほどでない ○フィルム等熱を嫌う用途では使用できない ○顔料を含む物への透過が阻害される。
 
 EBシステムはこれらの課題を解決する方法であることは知られていたが、現状のシステムでは、装置が大型で、イニシャルコストがかかり、立上げやメンテナンスに時間がかかり、加速電圧がやや高く、到達深度が深くなり、フィルムや基材が劣化する等の欠点があり、その普及を妨げている。これらの欠点は、電子線を真空中から空気中に取り出す窓材に15ミクロン程度のチタン箔等が使用され、この窓を電子線が通過するにはある程度以上の加速電圧が必要であることに起因する。


図1 Min-EB電子線照射管外観   (原論文3より引用)



図2 線量測定概念図と吸収線量   (原論文1より引用)

 米国AIT社とローレンスリバモア国立研究所は図1に示すような超低加速電圧電子線照射管を共同開発した。電子線発生源を真空管に封入し、窓材に電子を効率よく空気中に透過させる新規素材を使用した構造を持つ。この窓材の使用により、100kV以下の超低加速電圧の照射を可能とした。加速電圧の違いによる電子線の到達深度を図2に示す。RCD線量測定フィルムに飽和線量以下の電子線を照射し、表面に厚さ11μのPETフィルム(比重1.1)又はRCD線量測定フィルムを数枚重ねてその深度を測定した。加速電圧50kVの場合には22μまでに97%の電子線が吸収されるが、150kV加速電圧では50kVと同等の吸収率を得るには150μ程度の厚みが必要であり、逆に20μ厚みまでの層には全体の20%程度しか吸収されないことが分かる。インキ・塗料の塗膜の硬化に本照射装置を使用すれば、硬化反応に効率的に作用し、基材への不必要な照射損傷を防ぐことができる。低加速電圧の電子線の空気中の飛程も重要であるが、上述の被照射物の吸収線量測定法で、透過窓と被照射物の距離を変えた場合も、1cm以上でも充分な照射能力があることが分かった。
 
 次に、電子線照射による紙の折り曲げ試験と各種プラスチック基材への影響を調べた。その結果を表1に示す。
 

表1 紙折り曲げ試験及びプラスチック基材の吸光度変化  (原論文1より引用)
紙折り曲げ試験(180゜)          
----------------------------------------------------------------------------------
                               UV           ライオキュア(50kV)   従来型EB(150kV)
                      ------------------   ------------------    ----------------
線量           40mJ/cm2   200mJ/cm2     15KGy     75kGy     15kGy     75kGy
----------------------------------------------------------------------------------
アート紙            A          A          A          A         B         C
ポリエチコート紙        A          A          A          A         B         C
----------------------------------------------------------------------------------
A:良  B:可  C:不可
 
プラスチック基材の吸光度変化
-----------------------------------------------------------------------
                               ライオキュア(50kV)    従来型EB(150kV)
線量(kGy)              0               50                 50
-----------------------------------------------------------------------
PET           0.105           0.106             0.133
ポリカーボネート      0.054           0.069             0.118
-----------------------------------------------------------------------
 紙の折り曲げ試験は、照射後の紙を180度に折り曲げ、その折り目の割れを観察して評価した。超低加速電圧(50kV)照射では「良」であるが、従来型の照射(150kV)では「可」あるいは「不可」である。またPETとポリカーボネートを用いた照射前後の400nmでの吸光度変化では、50kVではほとんど変化が認められないが、150kVでは変化があり、目視でも変色が認められた。このように超低加速電圧での電子線照射は効率的な硬化がもたらされ、かつ基材への影響も少なくてすむことが分かる。
 
 照射装置は必要とされる照射幅と線量に応じた複数個の照射管、X線遮蔽部(鉛ガラス又は鉛含有樹脂カバー)、電源、制御機器、安全回路、窒素ガス供給装置等で構成され、従来型と比較し、UV乾燥機と匹敵するコンパクト性と操作性を持ち、安価である。電子線硬化用の新規素材、材料製品の開発により、印刷、包装、グラフィックアーツ分野での生産システムでの展開も期待される。
 

コメント    :
 小型で操作性のよい超低加速電圧の実現により薄膜硬化への電子線照射利用分野は拡大すると思われる。電子線発生部を真空管化する事により保守管理も容易となることが期待される。窓材の耐久性については述べられていないのが残念である。
 

原論文1 Data source 1:
超低加速電圧電子線照射の特性と印刷/コーティングへの応用
高山 蹊男
東洋インキ製造株式会社
第23回日本アイソトープ・放射線総合会議論文集,A205,p.1-7,1998
 

原論文2 Data source 2:
超低加速電圧電子線照射装置とその応用
高山 蹊男、栗橋 透、松本 真芳、桑原 昌美
東洋インキ製造株式会社
色材研究発表会講演要旨集(1997)

原論文3 Data source 3:
包材大競合時代の行方 超小型低加速電圧電子線(EB)照射システム
東洋インキ製造(株)
東洋インキ製造株式会社
PACKPIA、vol. 42 , no. 1
 

キーワード:電子加速器、超低エネルギー、硬化装置、VOC分解、真空管、印刷、塗装
electron beam accelerator, ultra low energy, curing system, VOC decomposition, vaccum tube, printing, painting
分類コード:010301,010302,010304,010501,010505

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