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作成: 2000/01/22 斎藤 恭一

データ番号   :010162
放射線グラフト重合基盤技術 (1)
目的      :不織布状イオン交換材料の開発とその応用
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器
線量(率)   :50-200 kGy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所2号加速器
照射条件    :窒素雰囲気、室温
応用分野    :イオン交換、吸着、タンパク質分離、ガス吸着、酸触媒

概要      :
 イオン交換基をもつ不織布を放射線グラフト重合法を適用して作成した。エポキシ基をもつビニルモノマーをポリエチレンあるいはポリプロピレン製不織布に重合し、その後エポキシ基をスルホン酸基に転化した。医薬品成分として有用なタンパク質の一つであるリゾチームをイオン交換により吸着回収した。静電反発によって伸長したグラフト高分子鎖にリゾチームが多層吸着するので、吸着量は不織布1kg あたり0.7 kg に達した。また、銀イオンを定量的にイオン交換不織布に吸着させることができた。

詳細説明    :
 
 放射線グラフト重合法の利点の一つは、さまざまな形状の基材に機能を付与できることである。繊維、フィルム、中空糸、不織布などの形状に適用できる。このなかで不織布は、製造コストや操作圧力の点で他の基材に比べて有利である。そこで、不織布状吸着材を作成することにした。吸着の一例としてイオン交換基を付与して、タンパク質のイオン交換吸着に用いた。また、ドコサヘキサエン酸に代表される高度不飽和脂肪酸を吸着させることをめざして、イオン交換基(ここではスルホン酸基)に銀イオンを担持した。
 
 ポリエチレンとポリプロピレンの複合不織布を基材にして、前照射グラフト重合法によってエポキシ基をもつビニルモノマー(グリシジルメタクリレート、GMA)を接ぎ木重合した。電子線の吸収線量を200 kGy とした。モノマー溶液の組成を10 v/v% GMA/メタノールとした。40℃、20分の反応で、グラフト率70%となった。さらに、GMAグラフト不織布を亜硫酸ナトリウム溶液(組成は、Na2SO3/イソプロピルアルコール/水 = 10/15/75、重量比)に浸すことによって、グラフト高分子鎖中のエポキシ基をスルホン酸基(-SO3H )に転化した。さらに、未反応のエポキシ基を0.5 M 硫酸中でジオール基に変換した。これによって不織布の表面が親水化されタンパク質の非選択的吸着を抑制するのに有効であった。得られたイオン交換材料のイオン交換基(スルホン酸基)密度は1kg あたり1.7 モルとなった。この値は市販されているビーズ状イオン交換樹脂の1/2程度である。
 
 卵白リゾチーム(分子量 14300、等電点 11)は風邪薬の成分や抗菌剤として有用である。pH 6.0 の緩衝液中ではリゾチームはプラスに荷電しているので、スルホン酸基をもつ不織布へイオン交換吸着する。吸着平衡を測定した結果、リゾチーム濃度 0.2〜5 mg/mlの範囲で直角平衡であることが示された。また、不織布のスルホン酸基密度に比例してリゾチームの平衡吸着量が増加した(図1)。例えば、1.7 mol/kg のイオン交換不織布はリゾチームを 0.7 kg/kg の吸着量で吸着した。これは、これまでにイオン交換ビーズで報告されてきた吸着量の10 倍にもあたる。スルホン酸基を有するグラフト高分子鎖がその静電反発によって基材から伸長し、それによって生じた空間にリゾチームが三次元的に多層吸着するからである。この点でグラフト重合から作成したイオン交換材料は従来の材料に比べて有利である。


図1  Comparison of equilibrium binding capacity of lysozyme between nonwoven fabric and hollow-fiber membrane.(原論文1より引用。 Reproduced with permission from Biotechnol. Prog., 14(1998) 661-663, Fig.2(p.662), M. Kim, M. Sasaki, K. Saito, K. Sugita and T. Sugo, Protein Adsorption Characteristics of a Sulfonic-Acid-Group-Containing Nonwoven Fabric; Copyright(1998), American Chemical Society.)

 これまでに、放射線グラフト重合およびそれにつづくイオン交換基導入反応によって中空糸状多孔性イオン交換材料が作成され、そのタンパク質吸着性能が調べられてきた。そこで、同一のリゾチーム溶液を使って、透過法での性能比較をおこなった。イオン交換中空糸膜 は、膜厚 0.8 mm、孔直径 0.2 ミクロンであるのに対して、イオン交換不織布は、布厚 0.35 mm、孔直径 40 ミクロンである。この構造の差から、透過させながらタンパク質を吸着回収したときには、中空糸膜では流量を高めてもリゾチームの吸着量が一定であるのに対して、不織布では流量を高めると吸着量が減少した(図2)。しかしながら、透過抵抗が小さいことを生かした操作法を工夫できる。


図2  Lysozyme adsorption during permeation:(a)breakthrough curve of the SA fabric and (b)comparison of breakthrough curves between nonwoven fabric and hollow-fiber membrane.(原論文1より引用。 Reproduced with permission from Biotechnol. Prog., 14(1998) 661-663, Fig.4(p.663).)

 不織布の種類を、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)単独にしても同様にイオン交換不織布を作成できる。グラフト率を400%まで増加させて、その後スルホン酸基への最終転化率を測定した。その結果、PE、PP不織布いずれも60%程度の転化率が得られ、イオン交換基密度は2.5 mol/kg までに達した(図3)。高度不飽和脂肪酸の回収などに利用することを狙って、スルホン酸基に銀イオンをイオン交換固定した。スルホン酸基と銀イオンとの結合モル比は1となり、グラフト高分子鎖に導入されたスルホン酸基に有効に銀イオンを固定できることがわかった。


図3  Conversion of epoxy groups to SO3H groups and the resultant SO3H group density.(原論文2より引用。 Reproduced from Reactive and Functional Polymers, 40(1999) 275-279, Fig.4(p.278), M. Kim and K. Saito, Preparation of Silver-Ion-Loaded Nonwoven Fabric by Radiation-Induced Graft Polymerization; Copyright(1999), with permission from Elsevier Science.)

 

コメント    :
 不織布はさまざまな工業分野で使用されている素材である。これを分離や反応に利用するという試みであり今後の発展が期待される。また、不織布素材は、電子線照射、グラフト重合および官能基導入という一連の反応を連続装置として設計できるので大量生産に適している。得られた製品の物理的強度を評価して、照射量、グラフト率、転化率を最適化していく必要がある。

原論文1 Data source 1:
Protein Adsorption Characteristics of a Sulfonic-Acid-Group-Containing Nonwoven Fabric
M. Kim, M. Sasaki, K. Saito, K. Sugita and T. Sugo
Dongguk University, Chiba University, Japan Atomic Energy Research Institute
Biotechnol. Prog., 14(1998) 661-663.

原論文2 Data source 2:
Preparation of Silver-Ion-Loaded Nonwoven Fabric by Radiation-Induced Graft Polymerization
M. Kim and K. Saito
Dongguk University, Chiba University
Reactive and Functional Polymers, 40(1999) 275-279.

キーワード:不織布、グラフト重合、グリシジルメタクリレート、イオン交換、スルホン酸基、タンパク質、リゾチーム、銀イオン
nonwoven fabric, graft polymerization, glycidyl methacrylate, ion exchange, sulfonic acid group, protein, lysozyme, silver ion
分類コード:010101,010201,010203

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