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作成: 2000/01/22 斎藤 恭一

データ番号   :010161
放射線グラフト重合法によって作成した吸着材を用いた食品中の薬用成分の回収
目的      :食品中の薬用成分の高速回収
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器
線量(率)   :200 kGy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所2号加速器
照射条件    :窒素雰囲気、室温
応用分野    :医薬品製造、食品加工、膜分離、イオン交換、クロマトグラフィー

概要      :
 卵白中のリゾチームおよび魚油中のドコサヘキサエン酸(DHA)は精製して医薬品として役立てることができる。それぞれカチオン交換基とのイオン交換作用および銀イオンとの錯体形成相互作用に基づいて分離精製が可能である。より高速での回収を目的として、多孔性膜にスルホン酸基を有するグラフト高分子鎖を、放射線グラフト重合法を適用して付与し、その膜にリゾチーム液および魚油エチルエステル液を透過させながら分離精製をおこなった。

詳細説明    :
 
 卵白中に含まれるタンパク質の中でリゾチームは、溶菌作用をもっているので風邪薬の成分に利用されている。リゾチーム(分子量14,000)の等電点は10.7であり、卵白中ではプラスに荷電している。現状では、強酸性陽イオン交換樹脂ビーズを卵白中に投入してリゾチームを回収している。しかしながら、ビーズ内部へのリゾチームの拡散が総括の吸着速度を律速すること、および卵白中の高粘度成分がビーズ表面に付着しやすいことという問題点が指摘されている。そこで、多孔性膜の膜厚方向に孔全体にわたって強酸性陽イオン交換基を付与して、強制的に卵白を膜透過させ、リゾチームを吸着回収するシステムを本研究は提案する。
 
 多孔性カチオン交換膜の作成はつぎの4段階からなる。(1) ポリエチレン製精密濾過膜(内径、外径はそれぞれ1.9、3.2 mm、孔直径 0.5 ミクロン、空孔率 70%)基材に電子線を200 kGy照射してラジカルを生成させた。(2) エポキシ基を有するビニルモノマーであるグリシジルメタクリレート(GMA)のメタノール溶液に照射基材を浸した。40℃で15分間のグラフト反応でグラフト率220%を得た。(3) 得られたGMAグラフト膜を亜硫酸ナトリウム溶液に浸してグラフト高分子鎖中のエポキシ基をスルホン酸基へ転化した。モル転化率を28%に設定した。そして(4) 残存するエポキシ基を硫酸中で加水分解して水酸基が隣接して2つ並んだジオール基へ変換した。得られた多孔性カチオン交換膜の物性は、内径、外径がそれぞれ、2.7、4.5 mm、スルホン酸基密度が1.2 mmol/gであった。
 
 モデル溶液として、リゾチームを溶かした炭酸緩衝液(pH 9.0)を膜に透過させようとした。しかしながら、多孔性膜の内部孔表面から孔内部に向かってグラフト高分子鎖が伸長して孔径を小さくしているため、透過流束(面積あたりに膜を透過する流量)が無視できるほど小さかった。これは、グラフト高分子鎖中のスルホン酸基同士の静電的反発によるものである。そこで、リゾチーム液を膜に透過させる前に5 mMのMgCl2水溶液を透過させてスルホン酸基をイオン架橋することによって静電的反発をなくすと、透過流束が回復した。その後、リゾチーム液を膜に透過させたところ、スルホン酸基をもつ グラフト高分子鎖にリゾチームが多層でイオン交換吸着した。リゾチームの吸着量は0.42 g/g となった。また吸着したリゾチームを0.5 M NaCl水溶液で濃縮しながらすべてを溶出させることができた(図1)。


図1  Breakthrough and elution curves of Mg2+ and lysozyme for SO3H-group-containing porous membrane. (原論文1より引用。 Reproduced from J. Chromatography A, 848(1999), 161-168., Fig.5(p.166), N. Sasagawa, K. Saito, K. Sugita, S. Kunori and T. Sugo, Ionic Crosslinking of SO3H-Group-Containing Graft Chains Helps to Capture Lysozyme in a Permeation Mode; Copyright(1999), with permission from Elsevier Science.)

 さらに、吸着、洗浄、および溶出操作に伴う各液の透過流束を図2に示す。Mgイオンで架橋したグラフト高分子鎖にリゾチームがMgイオンに代わって多点吸着することによってさらにグラフト高分子鎖が架橋され、透過流束が増加した。このことは実用的に有利な現象である。また、卵白中にはもともとMgイオンが5 mM 程度含まれているので前処理も必要がなくなる。


図2  Flux changes during adsorption, washing, and elution of lysozyme. (原論文1より引用。 Reproduced from J. Chromatography A, 848(1999), 161-168., Fig.6(p.167), with permission from Elsevier Science.)

 カツオの魚油中に含まれる高度不飽和脂肪酸の中で、ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)は薬用成分である。高度不飽和脂肪酸分子内の二重結合は銀イオンと相互作用があることを利用して、DHAやEPAを濃縮精製することができる。そこで、放射線グラフト重合法を適用してスルホン酸基をもつグラフト高分子鎖を付与した多孔性膜を、硝酸銀溶液に浸して銀イオンをもつ多孔性膜を作成した。銀イオン固定密度は1.4 mmol/gであった。得られた膜の孔に魚油エチルエステルの溶液を透過させた。他のエチルエステルに比較して、DHAエチルエステルは選択的に銀イオンを固定した高分子鎖に捕捉された(図3)。


図3  An example of adsorption, washing, and elution during permeation of bonito oil ethyl ester solution through the GMA-SA-Ag membrane. Adsorption and washing solvent = 7.5 vol/vol water/ethanol; elution solvent = acetonitrile. Permeation flow rate = 1.5 ml/min.(原論文2より引用)

 また、吸着したDHAエチルエステルをアセトニトリルを使って100%溶出させることができた。多孔性膜を用いる吸着回収法は、拡散移動抵抗を無視できる操作を実現できるので高速回収が可能であり、従来法に比べて有利である。
 

コメント    :
 水の4倍の粘度をもつ卵白中でリゾチームを回収する操作が要求されている。本研究で提案されている多孔性膜に透過流束を維持しながらリゾチームを回収するには全濾過法ではなく、クロス濾過法が有効である。しかしながら、実証データが今後必要となる。また、魚油中のDHAの回収は、硝酸銀水溶液を用いる抽出法と競合する。精製コストの試算が求められる。

原論文1 Data source 1:
Ionic Crosslinking of SO3H-Group-Containing Graft Chains Helps to Capture Lysozyme in a Permeation Mode
N. Sasagawa, K. Saito, K. Sugita, S. Kunori and T. Sugo
Chiba University, Q. P. Corporation, Japan Atomic Energy Research Institute
J. Chromatography A, 848(1999), 161-168.

原論文2 Data source 2:
Selective Binding of Docosahexaenoic Acid Ethyl Ester to a Silver-Ion-Loaded Porous Hollow-Fiber Membrane
A. Shibasaki, Y. Irimoto, M. Kim, K. Saito, k. Sugita, T. Baba, I. Honjyo, S. Moriyama and T. Sugo
Chiba University, Maruha Co., Japan Atomic Energy Research Institute
JAOCS, 76(1999), 771-775.

キーワード:リゾチーム、高度不飽和脂肪酸、吸着材、カチオン交換、銀イオン、放射線グラフト重合法、透過法、溶出
lysozyme, polyunsaturated fatty acid, adsorbent, cation exchange, silver ion, radiation-induced graft polymerization, permeation mode, elution
分類コード:010201,010203

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