低エネルギーイオンビーム照射による磁性薄膜の表面改質

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作成： 2000/01/18 堀野　裕治データ番号　　　：010158 低エネルギーイオンビーム照射による磁性薄膜の表面改質目的　　　　　　：低エネルギーイオンビーム照射によりCo-Cr-Ta系磁性薄膜の極表面を改質し、その表面性状とトライボロジー特性を向上する。放射線の種別　　：重イオン放射線源　　　　：プラズマイオン源(バイアス電圧：100V) 利用施設名　　　：日本工業大学工学部低エネルギーイオンビーム照射装置照射条件　　　　：真空中、室温応用分野　　　　：薄膜の表面改質、薄膜のトライボロジー特性向上、磁性薄膜の硬化、概要　　　　　　：　Co-Cr-Ta磁性薄膜に窒素、酸素低エネルギーイオンビームを照射し、表面性状およびトライボロジー特性に与える効果を調べた。その結果、(1)深さ数nmの改質層が形成され、イオンビーム照射時にマスクを用いることにより、照射部と非照射部の表面粗さ、硬さなどを変化させることができる、(2)磁性薄膜の硬さの増大、摩擦係数および摩擦損傷低減の効果、スクラッチ試験による表面破壊に対する限界荷重が4～7倍増大する、などが分かった。詳細説明　　　　：　　高密度磁気記録にはヘッド・媒体の隙間をできるだけ小さくする必要があり、接触に起因するトライボロジーが問題となっている。媒体の極表層の物性がトライボロジー特性に影響するため、10nm程度のカーボン膜と数nmの潤滑剤が用いられているが、さらに数nmの極薄層表面改質が必要となる。また化学的手法等で形成したテクスチャリングが用いられているが、制御性が悪い。イオン照射では、エッチングによる形状の制御とともに表面組成など表面物性を変化させることができる。マスクを用いれば選択された面のみ改質することができ、領域を制御することも可能になる。極薄層のトライボロジー特性を改善し、新しいテクスチャリングの可能性を検討するため、低エネルギーの窒素、酸素イオンを磁性媒体であるCo-Cr-Ta薄膜に照射し、表面性状変化およびトライボロジー特性の改善効果を調べた。図1　イオンビーム照射装置の概略図（原論文1より引用）　図1に使用したイオンビーム照射装置を示す。窒素および酸素イオンを照射するため、窒素または酸素をイオン源に導入した。RFの投入電力、ガス流量をパラメータとし、それぞれ30～100W、5～30CCM(cc/min)に変化させ表面改質を行った。この際、試料に-100Vの一定バイアス電圧を印加した。また部分的に表面特性を変化させるため、40μm間隔の網目状のステンレスメッシュのマスクをしてイオンを照射した。試験片には磁気媒体としてCo-Cr-Ta系の磁性薄膜を形成したアルミ合金基板の磁気ディスクを用いた。図2　(a)イオンビーム照射後の表面粗さの変化、(b)イオンビーム照射前、照射後のCo-Cr-Ta薄膜の硬さ測定結果（原論文1より引用）　図2(a)にイオン照射後の表面粗さを原子間力顕微鏡(AFM)で測定した結果を示す。酸素ではガス流量5CCM、窒素では20CCMの場合、表面粗さは大きくなった。60minのイオンビーム照射によっても表面粗さの変化は数nm程度であり、表面反応とスパッタリングが同時に進行していると考えられる。オージェ電子分光分析によってイオン照射した試料の組成を調べた結果、酸素イオンによって試料表層部に約2nmの酸素処理層が形成されていることが分かった。一方、窒素照射の場合、AESによって窒素元素の存在を確認できず、窒素化合物が形成され難いためだと考えられる。　　図2(b)にイオン照射前後の硬さ測定結果を示す。測定はビッカース圧子を用いて、荷重50mN、荷重時間10秒で測定した。この条件では下地層の影響を受けており、相対的な値を示している。図からイオン照射により、硬さが増大することが分かる。また、ガス流量が大きくなると、酸素照射の場合は硬さが低くなり、窒素照射では高くなることが分かった。特にガス流量30CCMの窒素照射では、未処理のHV(ビッカース硬度)760に比べてHV1100と著しく増大している。マスクを用いてイオン照射した改質面の硬さ分布では、窒素、酸素共にイオン照射部の硬さは高く、他は低くなっており、マスキングによって規則的な硬さ分布を持つ試料表面が得られた。往復型摩擦試験装置によって低荷重(荷重100mN)で試験を行った結果、酸素イオン照射の場合、未処理に比べ摩擦係数が減少した。この際、圧子としてアルチック球(φ2.3mm)を用いた。また、投入電力が低くなるにつれて摩擦係数が低くなる傾向が見られ、どの投入電力においてもガス流量が5CCMの時の摩擦係数が一番低い結果となった。窒素イオン照射を行った場合、酸素と同様にガス流量が5CCMの時に最も摩擦係数が低くなっている。また、マスクを用いて局部的に摩擦係数を低減できることが分かった。表面の観察では、未処理では著しい損傷が見られ、アルチック球との間で凝着が生じたが、酸素イオンを照射した場合、光学顕微鏡ではほとんど摩擦痕が見られず、触針式3次元形状測定装置ではわずかな溝が観察された。　　一方、窒素イオン照射の場合、光学顕微鏡では摩擦痕が観察されたが、3次元形状では一部盛り上がりが見られる程度でほとんど変形はなかった。酸素、窒素イオン照射によって摩擦面のアルチック球との凝着を著しく減少させ、摩擦係数、摩擦損傷を低減できることが明らかになった。ダイヤモンド圧子(φ2mm)を用いて荷重を500mNより高くして摩擦力を評価した場合、すべての試料において摩擦痕が生じたが、イオン照射された試料の方が未処理の試料に比べて多少小さくなった。これは処理層深さと最大せん断応力の深さに関係し、高荷重条件では最大せん断応力深さが処理層深さより深くなり、深部の変形が影響を与え、表面改質層の効果が小さくなると考えられる。表1　スクラッチ試験による摩擦係数結果及びAEによる限界荷重（原論文1より引用） --------------------------------------------------------- 摩擦係数 μ 限界荷重(mN) 処理条件 ------------------------------------------------ 低荷重(mN) 高荷重(mN) AE発生開始 AE急増開始 --------------------------------------------------------- 0.4 0.39 未処理 ----------------------- 5 9 0～11.6 11.6～19 --------------------------------------------------------- 酸 50W, 0.13 0.23 素 ----------------------- 30 42 イ 5CCM 0～20 20～43.3 オ------------------------------------------------------- ン 50W, 0.16 0.20 照 ----------------------- 22 38 射 20CCM 0～24.5 24.5～31 --------------------------------------------------------- 窒 50W, 0.11 0.15 素 ----------------------- 39 41 イ 5CCM 0～24 24～53.6 オ------------------------------------------------------- ン 50W, 0.09 0.17 照 ----------------------- 36 38 射 30CCM 0～30 30～56 --------------------------------------------------------- 　イオン照射したCo-Cr-Ta薄膜の表面破壊に対する耐荷重性を評価するため、揺動型スクラッチ試験装置により、ダイヤモンド圧子(φ14μm)を用いて、アコースティックエミッション(AE)信号を検出しながら揺動型スクラッチ試験を行った結果を表1にまとめた。共に未処理に比べて摩擦係数が平均0.4から0.15程度に低くなり、AE測定では、表面の破壊が生じる限界荷重が大きくなり、これらは数nmの改質層であるにもかかわらず、表面の破壊荷重が著しく向上することを示唆している。コメント　　　　：　窒素、酸素イオンビーム照射によるCo-Cr-Ta磁性薄膜の数nm程度の表面改質でも著しいトライボロジー特性改善効果があることを示している。イオンビームのエネルギーを制御することにより改質層の厚さを制御することができ、今後要求される保護膜極薄膜化に対しても有効な技術であると考えられ、カーボン系保護膜の形成、潤滑剤の供給などを共用すれば、さらにトライボロジー特性改善効果が得られると考えられる。また、従来数十nmの高段差凹凸を持つテクスチャリングに対してイオンビーム照射により、条件を選定すれば、サブnmで表面凹凸を制御可能であり、硬さなどの物性値も制御することができる。さらにマスクを使用することによって各種の形状および任意の部分のみを処理することが可能であり、新しい表面技術としても期待される。原論文１ Data source 1：イオンビームによるCo-Cr-Ta系磁性薄膜の表面改質三宅正二郎、太田直樹、渡部修一、*山本尚之日本工業大学　工学部、*富士通㈱トライボロジスト　第43巻、第9号 (1998)、pp.804-811 キーワード：イオン照射、表面改質、磁気ハードディスク、磁性薄膜、ion beam irradiation,surface modification, magnetic hard disk,magnetic film 分類コード：010304,010305,010102
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