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作成: 2000/01/31 堀野 裕治

データ番号   :010157
イオンビーム照射による炭素系材料の表面改質
目的      :イオンビーム照射によるダイヤモンド、グラファイト、アモルファス炭素材料の表面改質の概要
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :イオン加速器(200keV、10μA)
フルエンス(率):1014/cm2〜1018/cm2
利用施設名   :理化学研究所イオン注入装置
照射条件    :真空中、-60℃〜200℃
応用分野    :ダイヤモンドへの着色、工具・摺動部品のコーティング材改質、グラッシーカーボン材の耐摩耗性向上、ダイヤモンドデバイス

概要      :
 炭素材は炭素薄膜からイオン注入した高分子表面まで多種多彩で、評価する性質も電気伝導性、耐磨耗性、電極反応性、生体適合性など、非常に広範囲にわたる。ここではダイヤモンド、グラファイト、グラッシィカーボンへのイオンビーム照射により生じる効果について説明する。

詳細説明    :
 
 炭素は物理構造や化学結合形態に依存して大きく異なった特性を示し、さらに、炭素単体では不純物の添加が困難である。自由に炭素の構造が変えられ、自在に不純物が添加できれば、表面の高機能化・多機能化により多くの応用が開ける。イオンビーム照射は非熱平衡プロセスで、すべての元素を不純物として添加でき、同時にエネルギー付与により構造も変えられため、ダイヤモンドなどの表面構造を変換し、元素添加することにより表面の多機能化をすることができる。


図1 Znイオン注入ダイヤモンド表層におけるシート抵抗の基板温度および注入量依存性(原論文1より引用)

 
1.ダイヤモンドへのイオン注入
 天然ダイヤモンドへイオン注入すると、茶褐色を示し、着色にともない表面は電気伝導性を示す。図1はZnをイオン注入したダイヤモンドのシート抵抗の注入量依存性で、注入量の増加に伴い抵抗は下がり、高注入量で飽和する。図1の点A、Bにおける注入層の構造をラザフォード後方散乱法(RBS)により評価した結果、A、B共に表層のダイヤモンド構造が壊れ、アモルファスになっていることが分った。表層のダイヤモンド構造の破壊が電気伝導性を発現したと考えられるが、RBSで測定したB点でのアモルファス層の深さはA点よりわずかしか増加していないが、B点でのシート抵抗はA点より3桁も減少している。従って、シート抵抗の減少は、アモルファス層の深さの増加が原因ではなく、アモルファス層内の炭素が違った化学結合をしている結果であると考えられている。これらは炭素やArイオン注入でも認められ、ラマン分光から、低抵抗層ではグラファイト的、高抵抗層ではDLC的であることが分った。なお、ダイヤモンドへのイオン注入では、注入中の基板温度が諸特性を決める要因の一つで、しかも、室温付近に構造変化の臨界点のようなものがあることが分っている。


図2 Nイオン注入グラファイトにおけるラマンスペクトルの注入量依存性(原論文1より引用)


2.グラファイトへのイオン注入
 DLC薄膜は工具、摺動部品などにおいて使用され、期待されている材料である。グラファイトヘイオン注入するとDLC構造を有す表面が創製される。図2にグラファイト(HOPG)のラマンスペクトルのイオン注入による変化を示す。未注入HOPGは1,590cm-1に1本のピークを示し、これはGピークと呼ばれる。イオン注入すると、Gピーク以外に崩れた(Disordered)グラファイトに起因する1,360cm-1に新しいピークが現れ、Dピークと呼ばれている。さらに、イオン注入するとこれらのピークの半値幅が広がり、構造がひずむことを示すと同時に、ピークが移動しているようにみえる。通常、スペクトルの解析はGピークとDピークの2成分で行われるが、この場合、二つのピークの移動と近接化を考慮しなければならない。そのため、ポリアセチレン(直鎖型高分子)が持つ1,500cm-1のC=C二重結合、1,150cm-1のC-C一重結合の2つのピークを加えた4成分解析が提案されている。この高分子にイオン注入すると、明らかに4本のピークが確認でき、直鎖型以外の2本のピークはDおよびGピークと同じ位置にある。多量注入ではDLC型を示し、グラファイトから得られたものと区別できない。従って、DLCのラマン分光ではこの4成分で評価する方が実際的である。イオンビームを利用すれば一定の条件で再現性良く同じ構造が作れ、ダイヤモンド、グラファイト、ポリアセチレンから容易にDLC構造が作製できる。


図3 Nイオン注入GCにおける摩耗特性の注入量依存性(原論文1より引用)


3.グラッシーカーボンへのイオン注入
 グラッシィカーボン(GC)は、グラファイトを焼結したもので、密度は1.5〜1.6g/cm2とグラファイトに比べ低いが、機械強度、耐磨耗性に優れているため広範囲に利用されている。図3はNイオン注入したGCの磨耗試験の結果を示す。未注入では、磨耗量は磨耗時間に比例して増加し、一定の磨耗率で試料は磨耗する。イオン注入するとGC表面の耐磨耗性が向上し、顕著な磨耗が始まるまでの時間が延び、この時間は注入量の増加とともに長くなる。
 
 耐磨耗性の改善はCNの形成の効果も考えられるが、Nの注入量が少ないためにその影響は少ないと考えられ、主な原因としては、N注入による構造変化が挙げられる。未注入GCのラマンスペクトルは、図2のイオン注入したHOPGの低注入量のものと類似である。さらにイオン注入するとHOPGの場合と同様の過程を経て、DLCのものと類似になる。従って、耐磨耗性の改善はグラファイトのDLCへの構造変化によるものであると考えられる。ラマン分光の結果、1,500-1cmのピークの増加がアモルファス化と関係し、耐磨耗性を改善していると考えられる。耐磨耗性の改善はさまざまなイオン種で認められる。またNaのイオン注入では試料表面の水のぬれ角が90度から43度まで低下し、また、DLC型注入層とグラファイト型注入層では水溶液中での電極反応も大きく異なっていて、イオン注入法による炭素材の多機能化の可能性を示すものである。

コメント    :
 イオンビーム照射により炭素材表面に電気伝導性、耐磨耗性、ぬれ性などの機能を自由に付与できることが分かり、多くの分野での応用が期待される。照射損傷によりすべてDLC化するように思われるが、照射イオンやエネルギーに依り、グラファイト化も起こる。例えば、非弾性衝突によるエネルギー損失が大きいHeイオンを照射するとDLC型のラマンスペクトルはグラッシイカーボンのものに似てくる。これは非弾性衝突の効果であり、イオンビーム照射は結晶の破壊のみならず,結晶化も起こす効果がある。また、高分子へのイオン注入による細胞接着選択性の制御やイオン注入によるたんぱく質の改質も可能であることが分ってきている。

原論文1 Data source 1:
特集:今、炭素系材料が最先端-5、イオンビーム照射による炭素材の表面改質
岩木正哉
理化学研究所
J. IEE Japan, Vol.118, No.11, (1998) pp.690-692

キーワード:イオンビーム、炭素材料、電気抵抗、耐摩耗性、ラマン分光、ダイヤモンド、DLC、アモルファスカーボン
ion beam, carbon material, electric resistance, abrasion resistance, raman spectrometry, diamond, DLC, amorphous carbon
分類コード:010101、010304、010205

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