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作成: 1998/12/28 斎藤 恭一

データ番号   :010154
放射線グラフト重合法によって作成した多孔性中空糸膜を充填したモジュールを用いたタンパク質の高速回収
目的      :イオン交換多孔性中空糸膜によるタンパク質の精製を実用化するためのスケールアップ
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器
線量(率)   :200 kGy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所2号加速器
照射条件    :窒素気流中、室温
応用分野    :医薬品工業、食品工業

概要      :
 イオン交換多孔性中空糸膜を8本並べて、膜モジュールを作製した。膜モジュールに、順に、ウシ血清アルブミン(BSA)溶液、緩衝液、および0.5 M NaClを含む緩衝液を全ろ過方式で透過させ、透過液中のBSAを定量した。透過液濃度が供給液濃度の10%に達するまでの吸着容量は、流量を増しても一定であった。これによりモジュールがタンパク質の高速回収に適していることがわかった。吸着、洗浄、および溶出という一連の操作を繰り返しても動的吸着容量の低下は認められなかった。

詳細説明    :
 
 発酵液や培養液などから有用なタンパク質を高速で回収するために、孔表面にタンパク質吸着基(リガンド)を固定した多孔性膜の利用が提案されている。タンパク質溶液を多孔性膜に透過させた場合、タンパク質は対流によってリガンドの近傍まで運ばれる。したがって、拡散移動抵抗を無視できるので吸着回収を高速化できる。従来法であるリガンドを固定したアガロースゲルビーズを充填したカラムを用いる回収法では総括の吸着速度が拡散に支配されるので、タンパク質回収の高速化が困難である。
 
 放射線グラフト重合法を適用してこれまで、イオン交換基(カチオンおよびアニオン交換基)、疎水性基、および群特異性アフィニティリガンドをリガンドとしてもつ多孔性膜が作成され、その単糸のタンパク質吸着性能が評価されてきた。それによると、多孔性中空糸膜を使うと、(1)動的吸着容量(破過点C/C0=0.1までの吸着容量、実用吸着容量とも呼ばれる)は流量に依存せず一定であること、および(2)同一体積のビーズ充填カラムと比べて、圧力損失が少なく、そして高流量域では動的吸着容量が大きいことが明らかにされた。 
 
 本研究では、これらリガンド固定多孔性中空糸膜のプロセススケールでの利用を検討するために、アニオン交換基をもつリガンドを固定した多孔性中空糸膜のモジュールを作成し、モジュールのタンパク質吸着性能、溶出性能および圧力損失を、ウシ血清アルブミン(BSA)をモデルタンパク質として用いて調べた。
 
 ポリエチレン製多孔性中空糸膜を基材として、まず、前照射電子線グラフト重合法によってエポキシ基をもつビニルモノマー(グリシジルメタクリレート、GMA)を重合し、つぎに、エポキシ基の一部をジエチルアミノ(DEA)基に残りを2- ヒドロキシエチルアミノ(EA)基に変換した。作成されたアニオン交換多孔性中空糸膜(DEA-EA膜)のDEA基およびEA基の官能基密度はそれぞれ、2.1、 1.2 mol/kg-dryであった。また、中空糸膜の内径、外径はそれぞれ、2.8、 4.4 mm であった。


図1 Schematic illustration and photograph of the DEA-EA module. The number of DEA-EA hollow fibers in a module is eight.(原論文1より引用。 Reproduced from J. Chromatogr. A, 782, 159-165(1997), Fig.2(p.161), Noboru Kubota, Yoshitaka Konno, Kyoichi Saito, Kazuyuki Sugita, Kohei Watanabe, Takanobu Sugo, Module performance of anion-exchange porous hollow-fiber membranes for high-speed protein recovery; Copyright(1997), with permission from Elsevier Science.)

 8本のDEA-EA膜を内径1.8 cm、長さ10 cmの透明ポリスルホンケースの中に並べて入れ、中空糸膜の両端をエポキシ樹脂でケースに固定した。さらに、ケースの両端に透明ポリスルホン製キャップを取り付け、モジュール(DEA-EAモジュール)とした。モジュールの構造を図1に示す。


図2 Dynamic binding amount of the DEA-EA module and that of a single DEA-EA hollow fiber as a function of flow-rate.(原論文1より引用。 Reproduced from J. Chromatogr. A, 782, 159-165(1997), Fig.5(p.163), with permission from Elsevier Science.)

 DEA-EAモジュールに操作圧力を一定に保ちながら、順に、緩衝液、BSA緩衝溶液、緩衝液、および0.5 M NaClを含む緩衝液を全ろ過方式で透過させた。透過液を連続的に採取し、透過液中のBSAを定量した。透過液濃度が供給液濃度の10%に達するまでの吸着容量(動的吸着容量)の流量依存性を図2に示す。流量を増しても動的吸着容量は一定値を示した。これによりモジュールがタンパク質の高速回収に適していることがわかった。


図3 Flow-rate of the DEA-EA module and of a single DEA-EA hollow fiber as a function of operating pressure.(原論文1より引用。 Reproduced from J. Chromatogr. A, 782, 159-165(1997), Fig.6(p.164), with permission from Elsevier Science.)

 モジュールに緩衝液を供給したときの操作圧力と流量との関係を図3に示す。操作圧力の増加に伴って流量は直線的に増加した。また、単糸の流量の8倍に相当した。この結果は、カラムクロマトグラフィーではスケールアップが必要操作圧力の増加につながるのに対して、膜モジュールのスケールアップでは操作圧力は一定であるという利点を示している。
 吸着、洗浄、および溶出という一連の操作を繰り返しても動的吸着容量の低下は認められなかった。モジュールが耐久性にすぐれていることがわかった。

コメント    :
 精密濾過用多孔性中空糸膜は、これまで微生物やコロイド粒子などの濾過膜として利用されてきた。放射線グラフト重合法によって、多孔性中空糸膜の内面から外面まで均一にタンパク質捕捉基をもつ高分子鎖を付与できるようになった。この材料を使うと、タンパク質溶液を膜に透過させることによって拡散移動抵抗が無視できるので、高速回収が可能になる。しかしながら、中空糸膜を束ねてモジュール化(装置化)しなければ実用規模へのスケールアップが困難である。そこで、この研究はモジュールを作成し、一本でのタンパク質吸着性能を膜本数倍することだけで中空糸膜モジュールの性能が評価できるという有利な結論を得ている。さらに大きな規模での多孔性中空糸膜モジュールを用いた試験が待たれる。

原論文1 Data source 1:
Module performance of anion-exchange porous hollow-fiber membranes for high-speed protein recovery
Noboru Kubota, Yoshitaka Konno, Kyoichi Saito, Kazuyuki Sugita, Kohei Watanabe, Takanobu Sugo
Chiba University, Asahi Chemical Industry Co., JAERI(Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment)
J. Chromatogr. A, 782, 159-165(1997)

原論文2 Data source 2:
多孔性アニオン交換中空糸膜モジュールのタンパク質吸着および溶出性能
久保田昇,今野義孝,斎藤恭一,杉田和之,渡辺幸平,須郷高信
千葉大学,旭化成工業,日本原子力研究所高崎研究所
膜,22, 105-110(1997)

原論文3 Data source 3:
膜を使ってタンパク質を回収しませんか?
久保田昇,斎藤恭一
千葉大学
現代化学,8月号,56-62(1997)

キーワード:放射線グラフト重合、多孔性中空糸膜、膜モジュール、タンパク質の精製、スケールアップ、グリシジルメタクリレート、ジエチルアミノ基、ウシ血清アルブミン
radiation-induced graft polymerization, porous hollow-fiber membrane, membrane module, protein purification, scale up, glycidyl methacrylate, diethyl amino group, bovine serum albumin
分類コード:010201, 010203

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