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作成: 1998/12/15 斎藤 恭一

データ番号   :010152
放射線グラフト重合法で作成したタンパク質多層吸着膜を用いた光学分割
目的      :光学異性体の分離用高分子膜材料の開発
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(3MeV、25mA)
線量(率)   :200 kGy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所2号加速器
照射条件    :窒素気流中、室温
応用分野    :医薬品工学、食品工学、分析化学、光学分割

概要      :
 放射線グラフト重合法を適用して、ポリエチレン製多孔性中空糸膜にエポキシ基を有するビニルモノマーを重合し、引き続きエポキシ基をジエチルアミノ基へ変換した。得られた膜にウシ血清アルブミン(BSA)溶液を透過させることによってBSAを多層固定した。BSA多層吸着多孔性膜を固定相とし、緩衝液を移動相としてDL- トリプトファン(Trp)を注入した。BSAの積層数が大きい膜ほど、D-Trpに対するL-Trpの保持時間の比で定義される分離係数は増加した。

詳細説明    :
 
 光学異性体の対掌体は、融点、沸点、溶解度などの物性値が同一であるため、再結晶法、蒸留法、抽出法などの分離法ではキラル分離ができない。液体クロマトグラフィー法ではリガンド(キラルセレクター)を固定したビーズを充填したカラムがこれまで多用されている。しかしながら、ビーズを使うと、光学異性体のビーズ内への拡散に移動速度が支配されるので、処理速度に制限があるという欠点がある。
 
 ビーズに代わって、多孔性膜を用いる分離手法が提案されている。多孔性膜の内部孔面にリガンドを固定し、そこへ対象物質を含む溶液を透過させることにより拡散距離を短くでき、拡散移動抵抗を無視できる分離が実現できる。本研究では、大きな分離係数を保ちながら高速でのキラル分離を実現するために、光学認識能をもつウシ血清アルブミン(BSA)を多孔性中空糸膜の孔表面に多層で吸着させた膜を作成した。その光学分割能をDL-トリプトファン(Trp)をモデル物質に選んで評価した。
 
 ポリエチレン製多孔性中空糸膜に電子線を照射してラジカルを発生させた後、グリシジルメタクリレート(GMA)のメタノール溶液に浸し、GMAの高分子鎖を接ぎ木(グラフト)した。つぎに、GMAグラフト重合膜のエポキシ基の一部にアニオン交換基であるジエチルアミノ(DEA)基を導入した。引き続き残りのエポキシ基を2-ヒドロキシエチルアミノ基へ変換した。得られたアニオン交換多孔性膜の内面から外面へウシ血清アルブミン溶液を透過させて、BSAを多層で吸着させた。エポキシ基からDEA基への転化率を40から90%の範囲で変えた。
 
 転化率の増加とともに積層数が増加した。転化率88%では積層数は6.3層に達した。多孔性中空糸膜に接ぎ木されたグラフト高分子鎖中で、荷電基であるDEA 基の密度が増加すると、相互の静電的反発によってグラフト高分子鎖は触毛のように伸長し、そこに形成される3次元空間にBSAが多層で吸着する。


図1 Examples of chromatogram of DL-Trp using BSA-multilayered porous membrane(原論文1より引用)

 BSA多層吸着多孔性中空糸膜を固定相として用いて得られるDL-Trpのクロマトグラムの例を図1に示す。図で初めのピークおよび2番目のピークの保持時間は、それぞれD体のみ、およびL体のみを注入して得られるピークの保持時間に一致した。


図2 Separation factor as a function of degree of multilayer binding of BSA(原論文1より引用)

 また、BSA積層数と分離係数(D体の保持時間に対するL体の保持時間の比)との関係を図2に示す。BSA積層数の増加とともに分離係数は増加した。BSAはL-Trpを光学認識、すなわち選択的に吸着することが報告されている。したがって、DL-Trpが孔を透過する間にL-Trpと相互作用するBSAの量が増加したために、積層数が大きい膜ほどD体とL体の保持時間の差が大きくなった。


図3 Separation factor as a function of flow rate of mobile phase (原論文1より引用)

 BSA積層数の異なる膜を使い、移動相の流量を変化させたときの分離係数を図3に示す。どの膜でも分離係数は移動相流量に依存せず一定であった。DL-Trpは、膜の孔表面のグラフト高分子鎖に吸着固定されたBSAの光学認識部位まで対流および拡散によって輸送される。分離係数が移動相流量に依存しなかったということは、孔内でDL-Trp の拡散移動抵抗が無視できることを示している。
 
 キラルセレクターであるBSAを膜に吸着させるpHと、キラル分離に適したpHとの値が一般的には一致しない。したがって、吸着させたBSAをグルタルアルデヒドを使って分子間架橋させた。架橋させてもキラル分離の性能はほとんど変化しなかった。

コメント    :
 生体高分子の一つであるタンパク質の構造がもつ光学分割(キラル分離)能を利用することは、ビーズにタンパクを吸着固定したカラムを用いてこれまで行われてきた。光学異性体の分析用カラムが数社から市販されている。この研究では、光学異性体の分取をめざして、タンパク質(ここでは、光学分割能をもつタンパク質としてウシ血清アルブミン)を多孔性膜に高密度に固定している。これによって、光学異性体(ここでは、トリプトファン)を含む溶液を膜に透過させることができるようになるので分離の高速化が実現された。この点が従来のカラム法に比べて有利である。しかしながら、最近の医薬品開発の現場では、合成の段階から薬効のある片方の異性体のみを生成する反応経路や触媒を探索することが原則となっていて、分離の必要性は今後減ってくると予想される。

原論文1 Data source 1:
ウシ血清アルブミン多層吸着多孔性膜を用いたトリプトファンのキラル分離
小熊一郎,中村昌則,斎藤恭一,杉田和之,清原 恵,須郷高信
千葉大学,日清製粉,日本原子力研究所高崎研究所
化学工学論文集,24巻,458-461(1998)

原論文2 Data source 2:
Chiral separation of DL-trypophan using porous membranes containing multilayered bovine serum albumin crosslinked with glutaraldehyde
Masanori Nakamura, Satoshi Kiyohara, Kyoichi Saito, Kazuyuki Sugita, Takanobu Sugo
Chiba University, Nisshin Flour Milling Co., Japan Atomic Energy Research Institute
J. Chromatogr. A, 822, 53-58(1998)

原論文3 Data source 3:
血清アルブミンを多層吸着させた多孔性中空糸膜による光学異性体の分離
斎藤恭一,小熊一郎,中村昌則,清原 恵,杉田和之,須郷高信
千葉大学,日清製粉,日本原子力研究所高崎研究所
化学工学,61, 960-961(1997)

キーワード:放射線グラフト重合法,多孔性中空糸膜,アルブミン,多層吸着,キラル分離,トリプトファン,保持時間,クロマトグラム
radiation-induced graft polymerization, porous hollow-fiber membrane, albumin, multilayer binding, chiral separation, tryptophan, retention time, chromatogram
分類コード:010201, 010202, 010304

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