放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 1998/10/30 竹下 英文

データ番号   :010144
電子線によるシリコン剥離塗膜加工
目的      :電子線硬化型剥離塗膜の開発
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(150-300keV)
線量(率)   :10-40kGy
利用施設名   :低エネルギー電子加速器
照射条件    :窒素気流中及び空気中、室温
応用分野    :紙、プラスチックの表面加工

概要      :
 電子線硬化技術によるカチオン重合型シリコン剥離塗膜加工は、反応開始剤として適切なオニウム塩を選択すれば紫外線硬化よりも非常に効率的である。カチオン反応であることからラジカル反応のような無酸素雰囲気を必要としない。また、電子線硬化では実質的にラインスピードに上限が無く、1-2Mradの線量で紫外線硬化よりも抽出率の低い剥離塗膜を形成でき、開始剤所要量も紫外線硬化にくらべ半減できるのでコスト的にも有利となる。

詳細説明    :

 電子線(EB)や紫外線(UV)はオニウム塩を添加剤として加えることでエポキシ官能基を有する硬化用樹脂に対してカチオン重合反応を引起こすことができる。カチオン反応では、従来のアクリレート樹脂に対するラジカル反応とは異なり、酸素による反応阻害はない。したがって、EB硬化のコストで大きな割合を占める窒素ガスによる不活性雰囲気が不要となる利点がある。さらに、アクリレートモノマーに起因する作業者の健康問題を避けることもできる。
 
 本研究ではカチオン重合触媒としてオニウム塩と呼ばれる光開始剤を用い、EB硬化によるエポキシシリコン剥離塗膜の性能(抽出率、剥離強度)を研究用低エネルギー電子加速器による予備試験から生産用実機を用いたパイロット試験まで各種試験を行い調べた。今回用いたオニウム塩はフランスの技術チームによって開発された非常に効率的でかつ強力なジアリ-ルヨードニウム・テトラキス(ペンタフルオロフェニル)ボレートである。このオニウム塩を水酸基を有する反応性希釈剤で20%溶液としたものがエポキシシリコン剥離塗膜加工用開始剤としてPC-702という商品名で市販されている。この特殊なオニウム塩の特徴は、
(1)4個のフェニル環にある20個のフッ素によって強力なブレンステッド酸となる。
(2)4個のフェニル環がアニオンの負電荷を抑制している。
(3)アニオンが立体化学的に嵩高いためカチオン反応の開始及び連鎖を保護している。
 
 さらに、EB照射ではUV照射における開始剤の直接分解だけでなく、EB照射により生成する溶媒和電子あるいはフリーラジカルによる付加的な反応も期待できる。

表1 毎分25フィートの処理速度の場合のキュアリング結果
開始剤濃度
PC-702(%)
電子線
線量(Mrad)
N2雰囲気 指触試験
(Rub-off)
ループタック試験
(LM-cure)
水性マーカー試験
(WBM-cure)
2.0 3 最も良好 最も良好 最も良好
2.0 2 最も良好 最も良好 最も良好
2.0 1
2.0 1
1.0 1
0.5 1
0.25 2
0.25 1 良好 普通
0.125 1 良好 普通 やゝ不良
0.0 3 不良 最も不良 最も不良
0.0 4 やゝ不良 不良 不良
0.0 4 普通 やゝ不良 やゝ不良
 予備試験ではPC-702の濃度、線量及び不活性雰囲気の各効果について調べた。(表1) その結果、0.8%のPC-702に対して1-2 Mradの線量で不活性雰囲気を用いずとも十分な硬化が得られることを確認した。なお、開始剤を添加しない場合でも3-4 Mradの線量では部分的な硬化が認められた。この場合、雰囲気依存性があることから部分的にラジカル反応による硬化が生じていると考えられる。
 
 次に、ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムを基材に用い、PC-702濃度:0.8%、ラインスピード:100fpm、加速電圧:160kV及び窒素雰囲気を使用しない条件で、硬化塗膜の性能を調べた。その結果、抽出率はUV硬化よりかなり低く密着性も良好であった。ただし、3Mrad以上の線量ではラジカル反応によると考えられる過剰硬化が認められた。
 
 最後に、生産用実機を用いた試験では、ラインスピード及び剥離調整剤の効果を調べた。90-1200in/minの試験した範囲のラインスピードでは、硬化塗膜の性能にそれほど変化は見られなかった。また、剥離調整剤の添加量を加減することにより幅広い剥離強度を持たせることができた。この場合も抽出率はUV硬化よりも低かった。また、線量は2Mradが適切であることが分かった。

コメント    :
 カチオン重合では一分子停止反応であること(線量率依存性がない)、酸素による重合阻害がないという利点がある。さらに、エポキシ系のような開環重合では収縮率が小さいため接着性がよいことも期待されている。UV硬化のカチオン重合開始剤として開発された一連のオニウム塩をEB硬化に利用した研究例は比較的少ない。開始剤を用いることから、EB硬化の利点があまりないという考えによるものであろう。しかし、反応の実態は違うようであり、また物性的にも違う硬化物が得られる。樹脂系としては当初はエポキシ系が対象であったが、より重合速度の大きいビニルエーテルが注目され、最近は重合収縮率が小さいオキセタン環化合物も検討されている。

原論文1 Data source 1:
EB-Activated Cationic Curing of Epoxy-Silicone Release Coatings
Stuart R. Kerr, III
Rhodia Release Cotings, Rock Hill, SC 29731 USA
Proceedings of Radtech North America 97, 610-620(1997)

キーワード:電子線, 硬化, 剥離塗膜, カチオン重合,開始剤, オニウム塩, エポキシ,シリコン, 紫外線
electron beam,curing, release coating, cationic polymerization, initiator, onium salt, epoxy, silicone, UV-ray
分類コード:010303,010304

放射線利用技術データベースのメインページへ