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作成: 1998/12/17 佐々木 隆

データ番号   :010143
メタクリル酸エステル変性ゼラチンの電子線硬化
目的      :生分解性の食品包装材の開発
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(200 kV, 30 mA)(運転は180kV, 15mA)
線量(率)   :〜80 kGy, 100kGy/s
利用施設名   :表面改質技術研究所設置の1号機
照射条件    :窒素気流中(O2濃度200ppm以下)、室温
応用分野    :食品包装材

概要      :
 生分解性のある食品包装材を開発する目的で、ゼラチンに電子線硬化性を持たせるため、メタクリル酸エステル基を導入した。この改質ゼラチンは25kGy 程度の線量で硬化し、硬化フィルムからの溶出物、分解生成物もほとんど認められなかった。また、硬化フィルムは生分解性、耐沸水性、酸素不透過性において優れた性能を示した。

詳細説明    :
 
 原料蛋白質であるコラーゲンの加水分解によって得られるゼラチンは、水溶性の蛋白質の混合物で、その水溶液から、弾力性のあるゲル皮膜が形成される。この皮膜は酸素透過性が低く、食品包装材などに応用できる可能性があるが、熱水に溶けることが欠点である。化学結合による架橋をさせればこの欠点をなくすことができ、酸素バリア性、耐熱水性に優れたポリマー状の生分解性の塗膜となるであろう。このような観点から、酸処理した豚皮、アルカリ処理した牛皮からそれぞれ抽出したゼラチンにメタクリル酸グリシジル(GMA)を反応させ、メタクリル酸エステル基を導入した。
 
 GMA導入量は固形分20%のゼラチンゲル100g当たり7〜45mmolである。分析測定用の試料は次のように作成した。50°Cで溶解した改質ゼラチンゲル溶液をポリエチレンフィルム上に200μmの厚さにバーコーターで塗布し、未乾燥状態で直ちにあるいは室温で24h乾燥してから、窒素気流中(O2濃度200ppm以下)、室温で180kV-15mAの電子線を照射した。FT-ラマンスペクトルの測定から求めた二重結合反応率と線量の関係を図1に示す。乾燥状態で照射した試料では、二重結合の消失が早く25kGy 程度で完全に硬化した状態になり、それ以上の線量を受けても反応は実質上進行しない。


図1 線量と残存二重結合量の関係. (原論文1より引用。 Reproduced from Proc. RadTech Europe '95 Academic Day, pp. 592-599, Fig.1(p.594),T. Scherzer, W. Babel and R. Mehnert, Electron Beam Curing of Methacrylated Gelatin: Analytical Characterization and Properties, by permission of Institute of Surface Modification, Germany.)

 図2は40°Cの水で超音波抽出液の高速液体クロマトグラフから未反応のGMA含有ゼラチン量を測定した結果である。この結果は図1の結果とよく対応しており、乾燥状態で照射した試料では抽出される未反応メタクリル酸エステル量は線量とともに急激に減少している。


図2 線量と抽出されたメタクリル酸エステル量との関係. (原論文1より引用。 Reproduced from Proc. RadTech Europe '95 Academic Day, pp. 592-599, Fig.2(p.595), by permission of Institute of Surface Modification, Germany.)

 図1、図2のように照射試料中の水含有量が硬化に大きな影響を及ぼすことから、 GMA導入量28mmol/100g gelの改質ゼラチンについて ESRでラジカル量を測定した結果、乾燥試料では約1016spin/mgであるのに対し、未乾燥試料では1.2x1015spin/mgしかなかった。ラジカルの減衰挙動から推定すると、改質ゼラチンの後硬化は照射後3h以内で終了すると考えられる。照射に伴う分解生成物の確認をするため、100°Cに加熱した照射フィルムから発生するガス状放射線分解生成物のGC-MS(ガスクロマトー質量分析)スペクトルを測定した。線量の増大とともにメタクリル酸メチル、メタクリル酸などの生成物全量が急激に減少し、400kGy以上で放射線分解生成物が認められた。
 
 この結果から、電子線照射中のゼラチン誘導体の分解はほとんど問題にする必要がないと結論できる。さらに、食品包装材としての応用の可能性を調べるための試験を実施した。100°C、30分の耐沸水試験では硬化フィルムは外観上溶解しなかったが、膨潤した試料もあった。硬化フィルムを堆肥中に埋設したところ、3日間でフィルムが完全に消失した。また、1%ペプシン/0.1N塩酸中、37°Cで酵素加水分解をした結果、7日間後に完全に分解した。紙、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)に塗布・硬化した材料の酸素透過性を調べた結果を図3に示す。いずれの材料でも改質ゼラチンの塗布・硬化によって酸素透過性が大幅に低下している。このように、改質ゼラチンは耐沸水性、生分解性、酸素バリア性のいずれにおいても優れた性能を示しており、食品包装材として応用できる可能性が高い。


図3 改質ゼラチンをコートしたフィルムの酸素透過性. (原論文1より引用。 Reproduced from Proc. RadTech Europe '95 Academic Day, pp. 592-599, Fig.6(p.598), by permission of Institute of Surface Modification, Germany.)



コメント    :
 食品包装材がゴミ増大、焼却ガスの煙害など大きな環境問題の一因となっていることから、再生可能な天然高分子を利用し、生分解して自然に返すという発想は貴重である。しかし、原料が蛋白質であるため、生分解性は良好であるが、逆にカビ、病原菌が発生しやすいという問題点が残る。生分解がもっと緩やかに進行する天然資源、たとえばセルロース系の材料を使用するのが良いと思われる。

原論文1 Data source 1:
Electron Beam Curing of Methacrylated Gelatin: Analytical
Characterization and Properties
T. Scherzer, W. Babel and R. Mehnert
Institute of Surface Modification, Germany
Proc. RadTech Europe '95 Academic Day, pp. 592-599

キーワード:ゼラチン、メタクリル酸エステル、電子線、キュアリング、食品包装材、生分
解性、酸素バリア
gelatin, methacrylate, electron beam, curing, food packaging
material, biodegradability, oxygen barier
分類コード:010106, 010107, 010302

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