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作成: 1998/12/18 竹下 英文

データ番号   :010142
電子線硬化による高分子分散液晶材料の作成及び特性評価
目的      :高分子分散型液晶の開発
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(175keV,4mA)
線量(率)   :60kGy
利用施設名   :低エネルギー電子加速器(ESI CB150)
照射条件    :室温、窒素雰囲気
応用分野    :光学シャッター、液晶ディスプレイ、光変調器、記録媒体、

概要      :
 高分子分散型液晶(PDLC)は、液晶ディスプレイや光シャッターなどへの応用を目指し精力的に開発研究が進められている。本研究では、ポリエステルを基材とするPDLCフィルムを電子線硬化による重合誘起相分離法(液晶及び硬化樹脂の混合物を電子線照射し、硬化樹脂の放射線重合に伴い液晶が相分離する現象を利用)に基づいて作成し、その特性を再現性や膜厚依存性に注目して評価した。

詳細説明    :
 
 図1にPDLCフィルムを用いた光学シャッターの基本的な構造を示す。PDLCフィルムの作成方法としては重合反応に伴う相分離によって微小な液晶液滴を生成する方法がもっとも一般的である。プレポリマーと液晶の混合溶液の重合には熱縮重合や放射線重合が利用できる。


図1 ネマチック標準モードPDLC光シャッターの動作機構。 PDLCフィルムを挟む透明電極に電圧を印加しない状態(OFF状態)では高分子媒体と液晶液滴間の屈折率が異なるので入射光はフィルム中で散乱し不透明となり、電圧を印加すると液晶が電場の方向に配列し媒体との屈折率の差が小さくなるので入射光の散乱も抑制され透明となる。図中、nmは高分子媒体の屈折率であり、ne及びnoはそれぞれ常光線及び異常光線に対する液晶の屈折率である。(原論文1より引用。 Reproduced from J. Appl. Polym. Sci., 56, 1547-1555(1995), Fig.1(p.1548), Ulrich Maschke, Xavier Coqueret, Claude Loucheux, Polymer-Dispersed Liquid Crystal Materials Prepared by Electron-Beam-Initiated Polymerization; Copyright(1995), by permission of John Wiley & Sons, Inc., All Rights Reserved.)

 最もよく用いられている紫外線及び電子線(EB)による放射線重合は温度にそれほど依存しなという利点がある。したがって、温度を他の重要なパラメータの制御に割り当てることができる。
 
 基材材料としては、チオール系が最もよく研究されているが、その他の材料については十分には研究されていない。本研究では屈折率の点から芳香族ポリエステルアクリレートを取り上げた。液晶にはメルク製のE7を用いた。
 
 フィルムの作成は、液晶とプレポリマーを1:1で混合し、透明電極を薄くコーティングしたガラスプレート上にバーコーター(25,35,50ミクロン)を使用して混合物を塗布した後、電子線を照射した。得られた硬化膜の外観は、均一な乳白色を示した。フィルム膜厚の収縮率は約30%であった。


図2 PDLCフィルム(膜厚 = 35ミクロン)の繰返し電圧昇降に対する光透過率。 ・電圧(100 Hz、正弦波)はステップ状に昇降させた。(ステップ幅 = 5 V、保持時間 = 1分)・サイクル間は5分間OFF-STATEで保持した。測定波長は625nm、ガラスプレートおよび電極による吸収を照射効果を含め補正した。(原論文1より引用。 Reproduced from J. Appl. Polym. Sci., 56, 1547-1555(1995), Fig.3(p1551), by permission of John Wiley & Sons, Inc.)

 図2に電圧に対する透過率の変化の測定結果を示している。電圧の上昇とともに透過率も上昇するが、100%以下のところで飽和する。その他メモリー効果及びヒステリシスが認められた。メモリー効果は、OFF-STATEでの透過率が電圧を昇降させる前と後で異なるもので、昇降後は図2の例で26%透過率が上昇し、以後昇降を繰り返しても変化しない。これは、液晶分子が完全には緩和されていないことに起因する。一方、ヒステリシスは、透過率が電圧上昇時に比べ下降時の方が常に大きくなる現象を示す。これは電圧上昇時は液晶は電場により強制的に配列させられるのに対して、下降時は拡散過程により緩和されるためである。したがって、電圧保持時間を長めに取ればヒステリシスの程度は小さくなる。  
 次に光透過特性に対する膜厚の影響を表1にまとめた。PDLCフィルムをディスプレイに応用する場合、そのON及びOFFはそれぞれ(Von、Ton)=(V90、T90)及び(Voff、Toff)=(V10、T10)で表される。V10、V90とも厚みに比例して増加する。また、ΔVも厚みとともに増加している。液晶が光を散乱する液滴の独立な集合とすれば、光吸収におけるLambert-Beerの法則と同様な関係が成立する。散乱断面積は液晶の複屈折性と液晶/ポリマー間の屈折率のミスマッチに影響される。特にON-STATEよりもOFF-STATEでの散乱に複屈折性が大きく影響する。基材ポリマーに溶けている液晶の寄与を無視できると仮定すると、ON-STATE及びOFF-STATEでの屈折率のミスマッチはそれぞれ0.0063及び0.08となる。散乱断面積は電圧の昇降を繰り返しても変わらない。

表1 種々の膜厚のPDLCフィルムの光透過性。 V10:ΔT = Tmax - TmInとするとV10は光透過率がT = 0.1ΔT + Tminの時の電圧を表す(しきい電圧ともいう)。V90: T = 0.9ΔT + Tminの時の電圧を表す。(原論文1より引用。 Reproduced from J. Appl. Polym. Sci., 56, 1547-1555(1995), Tab.1(p.1550), by permission of John Wiley & Sons, Inc.)
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          Film
        Thickness  T0    T10   T90   T100   ΔT=T100-T0
Sample    (μm)    (%)   (%)   (%)  (%)       (%)      V10   V90  ΔV=V90-V10  VH50a
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  1        13     44.6  49.8  91.4  96.6     52.0      5.3  37.1    31.8     2
  2        17     49.3  53.8  90.1  94.6     45.3      5.6  39.7    34.1     3.5
  3        23     38.9  44.7  91.5  97.3     58.4      7.5  50.4    42.9      /
  4        24     42.3  47.6  90    95.3     53.0      7.7  48.3    40.6     5.2
  5        33     25.5  31.1  75.6  81.2     55.7     10.4  53.6    43.2     6.4
  6        37     24.2  30.4  80.4  86.6     62.4     12.0  60.3    48.3      /
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a From the third decreasing scan down half-cycle.
 電子線照射によって作成されたPDLCフィルムは再現性の良い透過特性を有し、しきい電圧も低く、ON-STATEでは大きな透過率が得られた。電子線は紫外線と異なり光開始剤を必要としない利点があり、その結果光透過特性や長期安定性などの点で優れているので将来的には有望な技術である。
 

コメント    :
 高分子分散液晶調光シートフィルムの開発は1981年米国のファーガソン及びドーネが出願した「液晶シート」についての特許に始まっている。日本では当初は建材分野で調光ガラスとして実用化され、その後自動車用窓ガラスなどへの応用が検討されてきた。
  
 高分子分散液晶の特徴は、TN液晶のように偏光板を必要とせず、その透過率はTN液晶よりも2〜3倍も大きいことである。また、微弱な電流で透過率を透明状態から曇りガラス状態まで自由に変えて、明るさを制御することができることから照明用可変シャッターの実用化が進んでいて、NHKの放送スタジオで、この照明装置が初めて導入された。最近では液晶ディスプレイなどの電気・電子分野への開発が積極的に進められ、パソコンの反射型液晶ディスプレイパネルなど実用化されたものもある。

原論文1 Data source 1:
Polymer-Dispersed Liquid Crystal Materials Prepared by Electron-Beam-Initiated Polymerization
Ulrich Maschke, Xavier Coqueret, Claude Loucheux
Laboratoire Chimie Macromolecilaire,U.A. CNRS No.351, Batiment C6, Universite des Sciences et Technologies de Lolle, F-59655 Villeneuve d'Ascq, France
J. Appl. Polym. Sci., 56, 1547-1555(1995)

キーワード:電子線硬化、液晶、PDLC、高分子分散、光学シャッター、ポリエステル基材、光透過率、低エネルギー電子加速器
electron beam curing, liquid crystal, polymer dispersion liquid crystal materials, optical shutter, polyester based materials, optical transparency, low energy electron beam accelerator
分類コード:010206

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