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作成: 1998/11/30 堀野 裕治

データ番号   :010134
イオンビームにより表面改質した合金の摩擦・摩耗特性
目的      :イオン注入、イオン支援蒸着法を用いた合金材料表面の耐摩擦・摩耗性の向上
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :イオン注入装置(200kV)
フルエンス(率):〜1017/cm2
利用施設名   :金属物理研究所加速器(フランス)
照射条件    :真空中(10-8torrオーダー)
応用分野    :形状記憶合金の耐摩耗化、産業部品の表面改質、コーティング膜の表面処理

概要      :
 窒素(160keV)のイオン注入によりNi50Ti50合金の摩擦・摩耗特性を向上できることが分かった。これは材料表層がアモルファスになり、耐摩耗性が向上し、摩擦係数が激減すると考えられる。また、鉄とアルミニウムを電子線加熱で蒸発させながらアルゴンイオンビームを基盤を照射するイオンビーム支援蒸着法により鉄鋼上に形成したFeAl膜の耐摩耗性と密着力を測定した結果、摩耗特性が改善され、イオン照射により膜と材料表面との密着性が良くなることが分かった。

詳細説明    :
 
○窒素注入したNi50Ti50の摩擦・摩耗特性
 NiTiは形状記憶合金の一つで、応用により耐摩耗性処理が必要である。この試料に窒素イオンビームを注入した場合、表層がアモルファスになり、耐摩耗性が向上し、摩擦係数が激減する。これまでの最も良い結果は160keV N+イオンを3x1017ions/cm2注入した際に得られ、N+、C+、Ne+、Si+、Ni+、Fe+イオンでは窒素を用いた場合が最も良い結果であった。これは窒素の化学的効果も関与していると考えられ、実際、希ガスのネオンでも表層のアモルファス化はできるが、摩擦・摩耗特性は向上しない。しかし、窒素注入しても、500℃で再結晶化すると効果は消滅する。


図1 Coefficient of friction μ=T/P as a function of number of turns Nt under 0.5N applied load, for an NiTi disc: (a) unimplanted; (b) after 3x1017 N+ cm-2 implantation (T is the friction force and P is the applied load).(原論文1より引用。 Reproduced from Surface and Coatings Technology, 33 (1987) 479-486, Fig.1(p.480),P. Moine, O. Popoola, J.P. Villain, N. Junqua, S. Pimbert, J. Delafond, J. Grilhe, Tribological behaviour of some alloys after surface modification using ion beam techniques; Copyright(1987), with permission from Elsevier Science.)

 NiTiに160keV N+イオンを3x1017ions/cm2注入した試料と未注入試料の摩擦係数の試験ターン数による変化を図1に示す。負荷が0.5Nで空気中でのピンオンディスク試験による結果で、摩擦係数はμ=T/Pで与えられる(Tは摩擦力、Pは試験負荷)。未注入試料(図1(a))では5ターン後、μは大きく変動しながら1以上に飽和しているのが分かる。SEM観察では鋤状の大きな摩耗痕が観察され、大きくて深い断面が形状モニターで観察された。窒素イオン注入後(図1(b))は始めは平均μ < 0.1、巾(Δμ)が0.2の振幅が約400ターンまで定常的に続き、500ターン以降10000ターン以上まで平均μ〜0.4、Δμが0.3の振幅が続く。本実験の負荷重では重大な摩耗は生じなかった。始めの定常状態におけるSEMの観察では狭く、はっきりしない摩耗痕が得られ、第二定常状態では磨耗痕中に小さなはっきりした微粒子が観察され、その外では剥げた破片が観察された。
 
○イオンビーム支援蒸着法により鉄鋼上に形成したFeAl膜の耐摩耗性と密着力
 Fe60Al40は耐食性材料(特に、高温での耐酸化性)に優れた材料で、鉄鋼の上のコーティング材料として興味深い。ここではTEM観察用としてNaCl上に80nm、Z2CN1809表面上に摩擦特性とSEM観察用に1μm、コーティングした。


図2 Schematic view of the vapour deposition chamber in line with the ion implanter. (原論文1より引用。 Reproduced from Surface and Coatings Technology, 33 (1987) 479-486, Fig.2(p.481), with permission from Elsevier Science.)

 図2にコーティング装置の概念図を示す。160keVAr+を照射しながら、8kWの電子銃により鉄とアルミニウムを蒸着した。蒸着速度は水晶発振器でモニターし、アルゴンの照射量は1015ions/cm2、実験中の蒸着槽の真空度は10-8Torrであった。TEMではbccの約50nmサイズの粒子が一様に観察され、430℃における等温アニールでB2構造になる。SEMでは玄武岩構造は観察されなかった。試料の硬さは未処理で180(HV50)、FeAlコーティングで400(HV50)である。


図3 Wear scars on a Z2CN1809 steel: (a) without IAC, after 50 turns: (b) with FeAl IAC, after 400 passes. (原論文1より引用。 Reproduced from Surface and Coatings Technology, 33 (1987) 479-486, Fig.7(p.484), with permission from Elsevier Science.)

 ピンオンディスク試験では、平均の摩擦係数には大きな差異はないが、図3のように、摩耗痕に違いが観察された。未処理の場合(図3(a))、50ターンで大きな跡が観察され、試験ピンと試料との接着が観察された。一方、イオン支援蒸着によりコーティング処理したものは、400ターンでも滑らかな溝が観察された(図3(b))。コーティング処理の際、イオンビームを照射(イオンビーム支援)するかしないかで大きな違いが観察された。イオン照射無しでは表面は脆く、密着が悪い。15ターン後に膜が破れ、破壊による破片での消失が見られた。イオンビームを照射すると滑らかな溝で、破壊破片は発生せず、強い密着であることがわかった。

コメント    :
イオン照射による表面改質は従来から良く行われている。目的とする材料により照射するイオン種、エネルギー、量を変えて最適化する必要があるが、効果は大きい。イオンビーム支援蒸着はこの10年間で良く研究され、工業用品にも応用されるようになっている。

原論文1 Data source 1:
Tribological behaviour of some alloys after surface modification using ion beam techniques
P. Moine, O. Popoola, J.P. Villain, N. Junqua, S. Pimbert, J. Delafond, J. Grilhe
Laboratory of Metallurgical Physics, France
Surface and Coatings Technology, 33 (1987) 479-486

キーワード:摩擦・摩耗、イオンビーム照射、NiTi、FeAl、表面改質、IBAD、イオンビーム改質、イオンビーム支援蒸着
friction・wear, ion beam irradiation, NiTi, FeAl, surface modification, IBAD, ion beam modification, ion beam support deposition
分類コード:010102、010205、010304

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