放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 1999/01/25 堀野 裕治

データ番号   :010133
イオン注入による光導波路の形成
目的      :高速イオンビーム照射による絶縁体中への光導波路の作製とその特性
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :イオン加速器(1MeV)
フルエンス(率):1015 ions/cm2 - 1017 ions/cm2
照射条件    :真空中、77K 〜 室温
応用分野    :光学素子の形成、光導波路の作製、光デバイスの作製、非線形材料の形成、レーザ材料

概要      :
 イオン注入によりドープされたイオンの化学的状態と照射により導入された照射損傷のために絶縁物の光学特性を変えることができる。照射損傷は多くの材料の屈折率を劇的に変えるので、主にヘリウムイオンをニオブ酸リチウム(LiNbO3)、シリカ(silica、SiO2)等の材料に照射し、光導波路の形成、電子露光、非線形レーザー材料に利用されている。屈折率の分布が材料によって違ったり、同じ材料でも違った屈折率になる場合があり、その屈折率の大きさやその極性の変化は、原子核的衝突や電子的電離、励起により生じる。

詳細説明    :
 
 光導波路は光学材料の中で屈折率が相対的に高い部分が低い部分に囲まれて形成されている。単純な平面の場合、空気が低屈折率で材料が相手側となり、光は全部内部に反射されて内部に閉じこめられて面内を進んで行く。光導波路で最も重要なパラメーターは吸収や散乱による光損失で、その次にモードフィールドプロファイルで、表面からの距離として各モードの電場の強さを現す。
 
 これらの2つのパラメーターは屈折率に依存している。イオン注入が屈折率に与える主な影響は通常、原子的衝突により生じた部分的な格子の乱れ(損傷)による。原子密度を減少させるため屈折率が下がる。例えば1MeV He+ イオン照射では損傷のピークはイオンの軌跡の最終領域になり、低い屈折率の光学的バリヤーを形成する。そのためそのバリヤーと表面との間の部分が低い屈折率領域に挟まれ、光導波路として働くことになる。イオン注入により水晶はアモルファスシリカになり、屈折率は約5%低くなる。


図1 Optical barrier effect of index profiles for quartz waveguides formed by 2.2MeV He+ with doses (a) 0.5, (b) 1.0 and (c) 4.0 x 1016 ions/cm2. The damage saturates when the index almost reaches that of amorphous silica.(原論文1より引用)

 図1に2.2 MeV He+ イオン照射による水晶の典型的な屈折率の分布のイオン照射量依存性を示している。照射量が低い時はバリヤーはほぼガウス分布で、非常に狭い。照射量が増加すると明らかな飽和が生じてフラットになり、ほぼ四角のバリヤーになる。さらに照射量を増加すると若干非対称で拡がっていくのが分かる。また、ここでの照射量では表面領域に実質的な屈折率変化を生じていないことも分かる。アニーリングを行うと屈折率変化が約2%の低損傷レベルでは約600℃で水晶の値まで回復する。しかし、ほぼアモルファス状態まで照射されたものは、低い屈折率を保ち、より溶融シリカの値近くになることが明らかにされている。これらのことはほぼ四角に形成されたバリヤーが高い温度安定性を有することを示す。
 
 ニオブ酸リチウム(LiNbO3)は光電子材料、非線形応用のために精力的に開発された材料で、照射損傷により大きな屈折率低下を起こす材料として長い間知られ、バリヤータイプの光導波路が実現されている。しかし、屈折率変化を起こす機構は水晶の場合に比べてもっと複雑で、照射損傷の影響やそのアニールに対する挙動が異なっている。水晶と同じように最終的に約5%の変化が生じるが、その効率が悪い。つまり、照射量が1x1016 ions/cm2では、屈折率の変化が水晶で約5%なのに対し、約2%しか低下しない。これは長い距離まで影響を受けて損傷が生じるためだが、材料自体が等方的にはならないため、アモルファスにはならない。


図2 Profiles for the two indices of LiNbO3 implanted at 77 K with 1.75 MeV He+ to a dose of 2 x 1016 ions/cm2. Note the increased of ne in the guiding region.(原論文1より引用)

 図2は通常のプロファイル(n0)と異常プロファイル(ne)を示す。(n0)の場合、影響が材料表面までおよび、TRIMコードのような計算機シミュレーションで得られる格子欠陥の分布が表面にまで及ぶプロファイルと良く似ている。このことは照射中に熱や電子励起による格子欠陥のアニーリングは生じず、屈折率の変化(Δn)の成長には、水晶のような蓄積的な機構による初期のしきい領域がないことを意味している。この成長曲線は高い照射量では飽和し始めるが、アモルファス化には至らない。


図3 Dependence on ion dose and energy of the peak index change in LiNbO3 implanted with He+ at 77 K. The energies are (a) 0.75, (b) 1.1, (c) 1.75 and (d) 2.2 MeV.(原論文1より引用)

 変化率は温度に依存し、さらに、図3に示すように照射イオンのエネルギーにも依存する。これは強いピエゾ光学材料の応力効果とされている。非常に照射量が大きくなると、特に、表面近傍への照射に対して、応力緩和が観察される。そして、特に熱処理後(300℃)に、照射層の剥離が生じる。
neはもっと複雑で、光伝搬領域での屈折率の増加が生じる。これはモードが完全に壁の中に閉じこめられ、多重エネルギー照射による厚いバリヤーを形成しなくても、光の減衰を低くすることができることを意味する。この増加は波長に依存し、増加率は青で1%だが赤で0.7%である。屈折率の増加はイオン照射による照射促進拡散のためにリチウムが欠乏したためとされている。

コメント    :
 イオン注入による絶縁体材料への注入は着色や表面の硬化、非線形機能創製のためのガラス中での極微粒子形成などの報告があり、色々な材料に応用されている。制御性良く材料特性変化を誘起できるのが大きな特徴で、集束イオンビームを用いることにより微細加工も容易であり、光導波路の形成は多くの研究が進められてきている。イオン照射の際、チャージアップ等の問題があるが、負イオンビームを用いることにより低減できるなどの研究成果が報告されており、さらに応用が広がることを期待する。

原論文1 Data source 1:
Optical waveguides formed by ion implantation
P.J.Chandler, L.Zhang and P.D.Townsend
School of Mathematics and Physical Sciences, University of Sussex
Solid State Phenomena Vol.27 (1992) pp. 129-162

キーワード:導波路、光集積回路、屈折率、レーザー
waveguide, optically integrated circuit, refractive index, laser
分類コード:010206、010304、010305

放射線利用技術データベースのメインページへ