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作成: 1998/12/10 中村 優

データ番号   :010131
環境及び生物試料のPIXE分析
目的      :環境試料及び生体試料の元素分析
放射線の種別  :陽子
放射線源    :粒子加速器(2.3MeV)
利用施設名   :放射線医学総合研究所バンデグラフ加速器
照射条件    :真空中、ヘリウムガス中
応用分野    :環境分析、医学分析、生物学分析

概要      :
 PIXE分析は多元素同時、高感度の非破壊分析法として広範な応用分野を持つ分析法である。環境試料・生体試料の元素の挙動解析や濃度分布を得る方法としてはほぼ完成され、実用的な分析方法として数多く報告されている。さらに、イオンビーム分析や顕微鏡分析と相補的に用いることや、マイクロプローブを採用することによって、分析可能な元素が増え微小な領域の分析も可能になるなどますます発展している。

詳細説明    :
 
 PIXE分析は、加速器で発生させた粒子(おもにプロトン)で試料中の元素を励起しそのときに発生する特性X線を測定して分析を行う方法である。この分析法の特徴として、高感度な多元素同時分析法であること、非破壊分析が可能であること、比較的分析時間が短いことが挙げられる。環境試料や生体試料へのPIXE分析の適用はPIXE分析が開発された当初から検討が進められ、ほかのPIXE分析の利用分野に比べて比較的早い時期から実用に供されている。環境試料や生体試料は、一般的には、得られる試料の絶対量が少ないこと、含まれている元素が多様であること、非常に多くの試料を分析する必要があるといった共通する特徴がある。このことが、高感度・多元素同時・非破壊・短時間分析といった特徴を有するPIXE分析が利用される理由である。
 
 また、発生した特性X線の計測にSi(Li)半導体検出器を用いる場合には、ナトリウムより軽い元素については感度がほとんどない。従って、PIXE分析では軽元素中の重元素を測定する場合が非常に有利である。そのため、主成分が炭素や酸素などの軽元素で構成されている試料、すなわち環境試料(主に大気エアロゾル)や生体試料などへの適用が多くなる理由の一つである。
 
 一般的に環境試料や生体試料を分析する場合には、薄いバッキング膜上に固定した試料を真空中に置き、直径数mmのプロトンビームを直接照射する。この方法で環境や生体中での元素の挙動把握や濃度分布の解析は、十分に可能であることを示す報告が多い。現在でも様々な環境試料・生物試料に対してPIXE分析を適用するための研究も報告されている。HoshikaらはPIXE分析によって環境試料及び生物試料(スタッドタイヤにより発生した土壌粉塵、水道管内の堆積物、中国及び日本の香水、練炭灰、アスベスト、滑液、チンパンジーの皮膚等)など様々な試料中の金属元素を定量するための方法について検討しその定量値を報告している。そしてPIXE分析が痕跡量成分の同時定量に有効な方法であるとともに、これらの試料中のカリウム、カルシウム、鉄、亜鉛などに注目すべきことを示している。
 
 Swietlickiは、大気エアロゾル中の重金属類(ヒ素、カドミウム、クロム、銅、水銀、ニッケル、鉛、亜鉛など)の挙動解析には従来よりあるPIXE分析技術で十分に可能であるとしている。その一方で、PIXE分析では大気エアロゾルの質量を測定することができず、組成の大部分を占める炭素や窒素、酸素の分析には十分な感度がない。そこで、イオンビームを用いたほかの方法{(PESA(particle elastic scattering analysis)、pNRA(Photon-tagged nuclear reaction analysis)など}と組み合わせて利用することを報告している。
 
 近年では、照射するプロトンビームをマイクロメートルレベルに絞り込んで、構造について細かく検討するためのマイクロプローブPIXE分析が開発されるようになってきた。D.D.Hickmottらは、環境問題に対するマイクロブローブPIXE分析の応用について検討している。石炭及びフライアッシュ中の金属や木の年輪中の元素分析に適用している。また、PIXE、RBS、NRA(nuclear reaction analysis)などの複合分析法で、各種の環境試料を分析した例をK.G.Malmqvistが報告している。大気エアロゾルの粒子の分析がもっとも一般的な分析例であるとしているが、植物や貝、髪の毛、皮膚などの生体試料、土壌や底質などの環境試料などの例を挙げている。
 

コメント    :
 PIXE分析による環境汚染物質の分析方法に関しては、S.A.E.Johanssonらの著書に詳しく記述されており、方法論的には確立された分析方法であるといえる。ただし、上記論文にみられるように、分析手法の標準化という面からみると十分ではない。この原因には、PIXE分析には加速器が必要であるため研究者・研究例が少ないこと、放射化分析や近年使用が盛んになってきた誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)など代替の手段も存在するためであると考えられる。
 
 PIXE分析がICP-MS分析などに比べて有利な点の一つに非破壊分析であることが挙げられる。特に生体試料では元素濃度の不均一性から、試料を一端硝酸などで灰化する方法が用いられることがあるが、近年、マイクロプローブによる元素濃度のマッピッングが可能となってきたことから、さらにこの方面での応用が期待される。ただし、マイクロプローブを用いる場合は照射面積が小さくなるためマトリックスの影響をより強く受けるようになる。そのため、RBS分析で主成分元素を分析し、その主成分元素の組成を考慮してPIXE分析で得られる微量元素成分値を補正する複合分析は不可欠な手法となる。このことから、今後、マイクロプローブを含めたPIXE分析は単独で用いられるよりも、イオンビーム分析の中でほかの分析法と相補的に用いられることが多くなると思われる。
 

原論文1 Data source 1:
Analysis of environmental and biological specimens by PIXE
Yasuyuki Hoshika,Yumi Mogami, Kiichiro Taguchi
Shinshu University School of Medicine
International Journal of PIXE

原論文2 Data source 2:
The use of PIXE and complementary ion beam analytical technique for studies of atmospheric aerosol
E.Swietlicki,B.g.Martinsson,P.Kristiansson
Department of Nuclear Physics,Lund University and Institute of Technology, Sweden
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 109/110(1996)385-394

原論文3 Data source 3:
Environmental applications of the LANL nuclear microprobe
D.D.Hickmott,J.M.Herrin,R.Abell,M.George,J.Stimac,E.R.Gauerke,R.F.Denniston
Los Alamos National Laboratory,Los alamos, NM, USA Department of geological Science, University of Manitoba, Winnipeg, Monitoba, Canada, Department of Earth and Planetary Sciences, University of New Mexico, Albuquerque, NM 87131, USA
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 130(1997)564-570

原論文4 Data source 4:
Applications of nuclear microprobes in environmental research
Klas G.Malmqvist
Department of Nuclear Physics,Lund University and Institute of Technology, Sweden
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 113(1996)336-346

参考資料1 Reference 1:
Particle-Induced X-Ray Emission Spectrometry(PIXE)
S.A.E.Johansson J.L.Campbell K.G.Malmqvist
Department of Nuclear Physics Lund Institute of Technology Lund, Sweden Department of Physics University of Guelph Guelph, Ontario, Canada Department of Nuclear Physics Lund Institute of Technology Lund, Sweden
John Wiley & Sons, Inc. 1995

キーワード:PIXE分析,加速器,陽子ビーム,環境試料,生体試料,標準試料,元素分析,核マイクロビーム,PIXE analysis, accelerator, proton beam, environmental specimen, biological specimen, standard reference material, elemental analysis, nuclear micro beam
分類コード:040401

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