河川水中の微量元素分析における放射化分析法とICP質量分析法の比較

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作成： 1998/12/15 武藤　利雄データ番号　　　：010129 河川水中の微量元素分析における放射化分析法とICP質量分析法の比較目的　　　　　　：河川水中の微量元素分析における放射化分析法とICP質量分析法の比較放射線の種別　　：ガンマ線,中性子フルエンス（率）：熱中性子束：1x10¹²-1x10¹³n/cm²・sec 線量（率）　　　：原子炉利用施設名　　　：京都大学原子炉実験所KUR炉、立教大学原子力研究所TRIGA-Ⅱ型炉照射条件　　　　：試料水の蒸発残さをポリエチレン袋に封入して照射する。応用分野　　　　：環境試料、生体試料、鉱物試料、工業材料等の微量元素分析概要　　　　　　：　多摩川の水源地城から下流部までの8地点および多摩川の支流4地点において水試料を採取した。けん濁成分をろ別して得たろ過水について、ICP-質量分析法(ICP-MS)および中性子放射化分析法(INAA)で微量元素濃度を測定し、両分析法の適用性について比較した。　　溶存微量元素はいずれの分析法とも、かなり低濃度まで定量することが可能であり、概ね環境基準値の1/10以下の濃度まで定量することが可能であった。また、これらの分析結果から、検出感度、標準偏差の大きさなどを比較して、各元素について2つの分析方法のいずれが適しているかを考察した。詳細説明　　　　：　　有害化学物質による環境汚染の未然防止のための基礎情報として、環境の汚染状況等を的確に把握することが重要である。河川水中の微量元素分析法として、多元素同時分析法である中性子放射化分析法(INAA)およびICP-質量分析法(ICP-MS)が適している。本報告では、多摩川水系における汚染実態をINAAおよびICP-MSを用いて調査し、これらの結果から、両法の得失を考察した。　 1)試料と方法　河川水試料は、多摩川本流の8地点(試料名：上流から順にSt.1～St.8)および主な支流の4地点(同：St.9～St.12)から採取した。試料は図1に示すような手順で分析した。試料は平均孔径0.45μmのメンブランフィルターでろ過し、適量の硝酸を加えた。図1　河川水試料の分析手順（原論文1より引用）　①INAAによる分析　ろ過水試料(0.5-4.5l)をロータリーエバポレータを用いて濃縮し、これを蒸発乾固した。蒸発残さの100mg前後を分取してポリエチレン袋に封入し、INAAによる分析を行った。中性子照射は、京都大学原子炉実験所KUR炉および立教大学原子力研究所TRlGA-Ⅱ型原子炉で行った。短半減期核種については20-30秒間照射し、2-4分間冷却後Ge半導体-波高分析器により、γ線スペクトルを100秒間測定した。中・長半減期核種については1-12時間照射し、1週間-1ヶ月冷却後に30000-50000秒間測定した。　　②ICP‐MSによる測定　ろ過水試料をそのままICP-MSで測定した。主な測定条件は、高周波出力：1200 W、プラズマガス流量：15 l/min、キャリアガス流量：1.2 l/min、積分時間：0.1sec、積分回数：3回などである。 2)測定結果　　①河川中の元素濃度　　INAAおよびICP-MSにより得られた分析結果のうち、多摩川水系の溶存態微量元素濃度を地点ごとに比較しやすくするために、図2に、FeとSeはINAAで得られた値を、それ以外の元素はICP-MSによって得られた値を示した。図2から、多摩川本流については、一般的傾向として、最上流部から下流に向かい各元素の濃度は増加していることか分かる。なかでもB、Co、Cu、Fe、Mo、Mn、Na、Ni、Pb、Sb、Znなどをみると、St.1からSt.4までの低濃度領域とSt.5からSt.8までの高濃度領域に大きく二分される。すなわち、St.4とSt.5の間に、何らかの汚染源が存在していることが推測される。図2　多摩川水系の溶存態元素濃度(単位 μg/l)（原論文1より引用）　②INAAおよびICP-MSによる分析値の比較　　多くの元素はICP-MSとINAAの両方でかなり低濃度まで定量することが可能であった。環境基準値等の定められている元素については、Cdを除き、環境基準値等の10分の1以下のレベルで十分な感度を得られた。ただし、B、Fe、Pbなどのように、分析法により原理的に高感度分析ができないことが分かっている元素については、初めから分析を行わなかった。　　元素ごとに2つの分析法で得られた濃度値を比較すると、Ba、Ca、Co、Mn、Ni、Sb、Znなどは比較的よく一致した。また、K、Na、Mgはオーダー的にはよく一致したが、試料によってやや差異が認められた。Cd、Cu、Moについては、INAAによる感度が低く、全ての試料について未検出であった。CdはICP-MSでも未検出の試料が大半であった。Asについては、INAAの放射能測定において、試料中に共存するBrのガンマ線スペクトル干渉のため誤差がやや大きく、ICP-MSの方が適していると考えられた。逆に、Seに関しては、ICP-MSにおける誤差が大きく、未検出試料が多かった。AlとCrについては、ICP-MSとINAAでの分析値が大きく異なり、とくにA1はINAAで著しく高い値が得られた。これは前処理操作中の汚染と考えられる。　　標準偏差の大きさ、測定原理などから、各元素について2つの分析方法のいずれが適しているかを判断すると、次の4種類となった。　　　①INAAが優れている：Fe、Se 　　②ICP-MSが優れている:A1、As、B、Ba、Ca、Cr、Cu、Mg、Mn、Mo、Na、Ni、Pb 　　③INAA、ICP-MSの両方とも優れている：Co、Sb 　　④INAA、ICP-MSの両方とも適していない：Cd 　　また、試料の前処理がろ過と硝酸の添加だけという簡便さ、測定値の標準偏差の低さおよび分析時間の短さなどを総合的に考慮すると、水試料の多元素同時分析法としては、ICP-MSがINAAよりも適していると判断された。INAAは濃縮乾固操作が必要な水試料ではICP-MSよりも不利と判断されたが、逆に底泥や生体試料のような固体試料では、ICP-MSでは溶液にするための前処理が必要不可欠であるのに対し、INAAでは固体試料を分析できるため酸処理等の化学処理を必要としないことから、INAAの優位性が増すと考えられる。　コメント　　　　：　INAA、ICP-MS共に極めて高感度の多元素同時分析法であり、環境試料等の極微量元素分析に適している。INAAの主な利点は、①試料を溶解、分離せずに、そのまま非破壊で多くの元素の定量が可能であり、②照射後は汚染に基づく誤差を無視できること、③分析値が正確(確度(accuracy)が高い)なことである。同法の欠点は原子炉施設を必要とすることから、多大の費用と時間を要する。一方、ICP-MSの主な利点は、①溶液試料を簡便かつ迅速に測定できる、②ダイナミックレンジが広いなどであり、欠点は①固体試料の測定が困難であり、②溶液試料でも、高濃度の目的元素あるいは多量の共存元素が存在すると、それぞれメモリ効果およびマトリックス効果により思わぬ誤差を与える。　　検出感度については、INAAでは元素によって大きく異なり,軽元素(A < 9)、Tl、Pb、Biなどは測定不能であり、Si、S、P、Caなどは比較的感度が低い。ICP-MSでは元素による感度の差異は少なく、概ね、質量数の増加と共に、感度が増大する。Arよりもイオン化ポテンシャルの高いHe、Ne、Fは測定不能であり、イオン化ポテンシャルの比較的高いP、S、I、HgなどはICP中でのイオン化率が低く、感度が低い。またスペクトル干渉の大きいCa、Feなども感度が低い。　　以上のような特徴を総合すると、ICP-MSはその高感度性と簡便性から、大量の試料数を処理するルーチン分析を中心に多くの分野でINAAから置き換わっていくものと思われる。しかしながら、INAAは溶解困難な固体試料の分析法として、また分析値の確度が高いことから、微量元素の最も信頼できる定量法として、今後も重要な役割を果たしていくものと思われる。 ##F3) 原論文１ Data source 1： ICP-質量分析法及び放射化分析法による河川水中の溶存微量元素の分析山崎　正夫、安藤　晴夫東京都環境科学研究所東京都環境科学研究所年報、113-120(1997) 原論文２ Data source 2： NAA and ICP-MS: A Comparison between two Methods for Trace and Ultra-trace Element Analysis L.Moens, R.Dams Ghent University, Laboratory of Analytical Chemistry J.Radioanal.Nucl.Chem.,192,29-38(1995) 参考資料１ Reference 1： A Comparison of Instrumental Neutron Activation Analysis and Inductively Coupled Plasma-Mass Spectrometry for Trace Element Determination in Petroleum geochemistry R.H.Filby, S.D.Olsen Department of Chemistry and Nuclear Radiation Center, Washington State University J.Radioanal.Nucl.Chem.,180,285-294(1994) キーワード：環境試料、河川水、微量元素、分析、中性子放射化分析、NAA、ICP質量分析、ICP-MS environmental sample, river water, trace element, analysis, neutron activation analysis, NAA, inductively coupled plasma mass spectrometry, ICP-MS　分類コード：010507
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