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作成: 1997/10/22 佐々木 隆

データ番号   :010109
電子線による紙加工
目的      :電子線硬化技術による高光沢紙の開発
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(250〜300KV)
照射条件    :大気中
応用分野    :高分子材料の表面加工

概要      :
 電子線硬化技術を紙加工に応用すると、新たな付加価値を有する製品が出来る。特に無溶剤樹脂をドラムキャスト法で形成させると表面平滑性,耐水性,寸法安定性に優れた加工紙が得られることを著者は見出した。また、これらの特長を有する紙は、高精細印刷、高色彩印刷、FMスクリーン印刷などが可能となり、実用範囲が拡大した。

詳細説明    :
 
 電子線硬化技術を紙加工に応用すると高平滑、高光沢な塗工紙が得られる。従来手法、例えば水系樹脂を塗工すると紙の膨潤と乾燥により潜在的な歪みが発生し寸法安定性が悪くなる。しかし、無溶剤樹脂を用いる電子線硬化法ではこの問題を回避できる。すなわち電子線硬化樹脂は通常無溶剤であり、硬化させた時の塗膜の収縮は大きい場合でも20%程度である。また、エクストルージョン・ラミネート方式のように加圧ロールによる紙の変形も少ない。つまり圧力などの変形要素がないので、紙に歪みを残さず平滑面を硬化後も維持できる。事実、低線量硬化型樹脂を低エネルギー電子加速器を用いて硬化させると、従来キャストコート紙の性能を上回るスーパーミラーコート紙が開発できた。とりわけドラムキャスト方式が有効であり、これはシート状基材(紙)とキャストドラムの間に電子線硬化型樹脂を挟み、基材の裏面から電子線を照射し、そののち基材と硬化樹脂膜の積層体をキャストドラムから剥離する方法である。これによりその樹脂膜の表面はキャストドラムの表面が転写され、ドラム表面が鏡面であれば当然ながら樹脂表面も鏡面状となる。
 
 本ドラムキャスト法は電子線透過性と無溶剤塗工の特長を活かしたプロセスであり、塗膜が硬化する際の紙の変形を最小限に抑えることができる。ただし注意すべきことは、粘度調整剤のモノマーが紙に含浸することを防ぐ為のバリアー層を設けること。更に紙層への電子線照射による強度劣化を極力抑える為に、裏面から照射する電子線の加速電圧を紙の厚さに応じて変化させることである。紙の厚さが150ミクロン(比重1に換算)の場合、250〜300kVの加速電圧が適当である。通常のキャストコート紙、エクストルージョン・ラミネート紙、電子線キャスト紙について、中心線平均粗さ(JIS-B0601)、20度光沢度(JISーZ8741)、像鮮明度(JIS-K7105)、3次元表面粗さで表面性を比較検討した。表1に各方式で得られた表面性の特性を示す。

表1 各方式における表面性の比較(原論文2より引用)
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                            通常キャスト エクストルージョン・ EBキャスト紙
                   コート紙        ラミネート紙
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中心線平均粗さ(ミクロン)
JIS-BO601  小→良       0.184       0.104               0.069
 
20゜ 光沢度(%)
JIS-Z8741   大→良      34.4        66.1               79.6
 
像鮮明度(%)
JIS-K7105   大→良      6.9             25.9                67.4
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 電子線キャスト紙が他より優れた表面性を有しており、像鮮明度はとりわけ目視評価とよく一致した。ここで光沢度は一般に入射角75度で測定されるが、スーパーミラーのような鏡面光沢では有意差が認められないことから入射角20度で比較検討した。また像鮮明度は平行光線を試料表面にあて、反射光をレンズで集光しその集光の度合いを2〜0.125mm巾の光学櫛を使用して数値化したものであり、表面性の良好な試料ほど集光して数値は大きくなる。これら方式で得られた試料表面の3次元表面粗さを図-1に示す。


図1 三次元表面粗さチャートによる比較(原論文2より引用)

 高平滑性と高光沢性を具備した用紙は高級印刷紙として機能を発揮し高精細印刷、高色彩印刷、高濃度印刷、FMスクリーン印刷などの高付加価値印刷が可能となる。ドラムキャスト法による用途開発の具体例としては、写真印画紙の表面にTiO2入り電子線硬化樹脂を塗工することによる写真解像性の向上、剥離シートの製造、異種機能樹脂の多層構造体、またその場合の2層樹脂の1パス硬化プロセスの提案がある。今後、電子線硬化樹脂に様々な機能を持たせ、種種の紙加工製品への応用が期待される。

コメント    :
 電子線硬化技術を利用した各種高分子材料の表面改質は以前より研究されており、一部実用化されている。ただ本件のように紙加工に電子線を応用した実用例は極めて少ない。理由はセルロース繊維の分解による紙強度の低下にある。この問題を著者は低加速電圧の設定と、その条件で硬化可能な低線量硬化塗料を採用することで解決している。すなわちハード(装置)とソフト(塗料)のマッチングが技術革新のキーワードである。

原論文1 Data source 1:
高光沢紙「スーパーミラーP」〜電子線硬化技術の紙加工品への応用〜
神谷 昌博
新王子製紙(株)
新素材、Vol.9, p.4(1996)

原論文2 Data source 2:
特集/放射線硬化技術の動向,電子線硬化技術の紙加工製品への応用
神谷 昌博
新王子製紙(株)
放射線と産業、No.69, p.19 (1996)

キーワード:平滑度、表面粗さ、光沢度、鮮明度、キャストコート紙
smoothness, surface roughness, glossiness, visibility, cast-coated paper
分類コード:010304

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