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作成: 1997/09/30 森 浩治

データ番号   :010107
フィルム表面改質
目的      :放射線によるポリ塩化ビニル被覆鋼板の表面改質
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(200kV、20mA)
線量(率)   :50kGy、50-200kGy、250kGy/s
利用施設名   :日新製鋼および住友金属工業所有の低エネルギー型電子加速器
照射条件    :窒素気流中
応用分野    :コイルコーティング、コンバーティング

概要      :
 ポリ塩化ビニル樹脂被覆鋼板(以下、塩ビ鋼板)にメタクリル酸を同時照射法により電子線グラフト重合した後、アルカリ水溶液に浸漬処理することによって、帯電防止性を付与することができる。これは塩ビ塗膜中に生成したメタクリル酸グラフト層がアルカリ処理によって中和されて親水化し、グラフト層中の自由水の中を水和アルカリイオンが移動することによって発現するものと推察される。

詳細説明    :
 
 近年、放射線を用いる塗覆装鋼板(塗膜)に関する表面改質が盛んに行なわれている。これは低エネルギー型電子線を比較的安価に利用できるようになった背景が一要因として挙げられる。
 
 低エネルギー型電子線を用いた電子線グラフト重合法によって塩ビ鋼板の表面改質が検討されている。塩ビ鋼板は高絶縁性を有することから、帯電しやすい性質を有し、親水性モノマーであるメタクリル酸およびメタクリル酸2-ヒドロキシエチルをグラフト重合することによって、帯電防止性の付与を試みた結果、塩ビ鋼板表面の対水接触角の低下、すなわち、塩ビ鋼板表面の親水化は確認できたが、帯電防止性を付与することはできなかった。次いで、さらに親水性を高めるために、メタクリル酸をグラフト重合した塩ビ鋼板を水酸化カリウム水溶液に浸漬処理した結果、高い帯電防止性を得ることができた。図1に示すATR法による赤外分光スペクトルから、塩ビ塗膜中に生成したメタクリル酸グラフト鎖のカルボキシル基が水酸化カリウム水溶液への浸漬処理によってカーボキシレート基に変化して、吸水ゲル状の働きにより導電性が付与されたことが推察される。


図1 Infrared spectra of control, MAA-grafted,and K-exchanged MAA-grafted by ATR method.(原論文1より引用)

 水酸化カリウム水溶液(20℃)中への浸漬時間の影響を調査した結果、浸漬時間の増大に伴い表面固有抵抗が減少して、浸漬時間が100sで表面固有抵抗が飽和値に達した。図2に示すEPMAによる塗膜断面のカリウム置換分布から分かるように、浸漬時間と共にカリウム置換領域が増大して、導電領域(吸水ゲル状領域)が塗膜内部方向へ拡大されることが分かる。そして、浸漬時間が100sでグラフト層全体がカリウム置換された。


図2 Change of EPMA pattern for the distribution of potassium ion in the grafted PVC coated films with reaction time.(原論文1より引用)

 図3に表面固有抵抗に及ぼすアルカリ種の影響を示す。ここで、横軸の水和アルカリイオン半径はL.Wiklanderによって報告されている値であり、縦軸の表面固有抵抗は浸漬時間を増大させた場合の飽和値である。図3において表面固有抵抗は水和アルカリイオン半径と共に減少した。このことはグラフト層(吸水ゲル層)中を水和アルカリイオンが導電因子として移動することにより導電性が付与され、また、水和イオン半径が小さいことはグラフト層(吸水ゲル層)中の移動に関して立体障害が小さいことを示唆している。なお、弱アルカリのNH3については、水和イオン半径が小さいにも関わらず高い表面固有抵抗を示したが、これは酸、アルカリ共に弱酸、弱アルカリであることから、中和反応が十分に行なわれず水和アルカリイオン濃度が低かったことが推察される。


図3 Relationship between surface resistivity and radius of hydrate alkali ion.(原論文1より引用)

 メタクリル酸をグラフト重合した後、水酸化カリウム水溶液に浸漬処理した塩ビ鋼板では、相対湿度が低下するに伴って表面固有抵抗が増大した。そして表面固有抵抗が3×108Ω/□を越えると帯電し始めた。この場合のカリウムイオン当たりの水和水数を算出すると 、L.Wiklanderによって報告されている平均水和水数である4.0を下回り、このことから、グラフト層中では水和イオンと非水和イオンとが共存し、相対湿度が高い場合はグラフト層中の自由水量が増大して水和イオン水が移動しやすくなったことが推察される。
 
 また、電子線および紫外線の照射のみによる塩ビ鋼板の表面改質についても検討されている。マジックインキに対する耐汚染性は電子線照射では低下したが、紫外線照射では照射量が多い場合に大きく改善された。また、電子線照射では塩ビ鋼板(塩ビ塗膜)が大きく変色し、光沢が低下する現象が認められた。なお、バルク特性である鉛筆硬度、折り曲げ加工性については電子線、紫外線のいずれに関しても影響は見られなかった。また、濡れ性と言った表面特性については、電子線、紫外線のいずれに関しても照射量に応じて対水接触角の増大、すなわち、表面張力の増大が認められた。

コメント    :
 塗覆装鋼板への放射線利用に関しては、低エネルギー型電子加速器の普及に伴って、電子線キュアリングに関する研究、開発が主として行なわれているが、キュアリング以外に、電子線グラフト重合、電子線橋かけなどについても広く検討され、そして工業化されている。一方、従来技術である熱キュアリングに対しての差別化が明確にできていないことから、その後の工業化の拡大は見送られている。

原論文1 Data source 1:
電子線グラフト重合によるポリ塩化ビニル樹脂被覆鋼板への帯電防止性の付与
増原 憲一、森 浩治、輿石 謙二
日新製鋼(株)技術研究所
鉄と鋼, 81(1995), p.43

原論文2 Data source 2:
放射線による塩ビ鋼板の表面改質
細田 靖、壱岐島 健司、八内 昭博、塩田 俊明
住友金属工業(株)鉄鋼技術研究所
CAMP-ISIJ, 3(1990), p.690

キーワード:電子線グラフト重合、帯電防止性、ポリ塩化ビニル樹脂被覆鋼板、アルカリ処理、紫外線照射、電子線照射
electron beam induced graft-polymerization, anti static property, poly(vinyl chloride) coated steel sheet, alkali treatment, ultra-violet irradiation, electron beam irradiation 
分類コード:010304

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