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作成: 1997/01/10 伊藤 寿

データ番号   :010103
有価証券印刷への電子線硬化技術の適用
目的      :電子線硬化技術の印刷技術への適用
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(150-165keV)
線量(率)   :5-30kGy
照射条件    :窒素気流中
応用分野    :印刷分野

概要      :
 米国印刷局は、紙幣や切手等の有価証券の印刷法である凹版印刷工程の低コスト化、高環境性を目指し、インク乾燥工程に電子線硬化技術を適用する試みを行った。樹脂の硬化性や塗工硬化の連続工程での安定性、基材である紙への影響など電子線硬化技術を適用する上での基礎的なデータ収集を行った。また、本格的な印刷工程への適用を検討する上で、印刷法の特性を考慮したインクの配合設計が重要である事を見いだした。

詳細説明    :
 
 米国印刷局では、紙幣や切手の印刷法である凹版印刷法に電子線硬化技術を適用する検討がなされている。1982年から数社の化学企業と交渉を行い、米国内での予備検討を経てデンマークで本格的なテストを行った。従来の印刷工程ではインク乾燥工程を熱で行っているためにラインスピード増加に限界があり、またインク溶剤の揮発によって作業環境への悪影響や大気汚染等の問題がある。しかし、液状のモノマー/オリゴマーが即時にしかも溶剤の発散なしに100%硬化する電子線硬化技術を印刷工程に適用することでこれらの問題が解決可能である。
 
 そこで最初のステップとして、電子線硬化技術を導入する場合の基本的な条件設定や予想される問題点に対する検討を行っている。具体的には、13種類の電子線硬化型凹版印刷用インクのそれぞれの硬化性や安定性、密着性、基材となる紙への電子線の影響、電子線を利用した場合と熱で行った場合での製品の性能やコスト試算比較である。
 
 電子線硬化型凹版印刷用インクの照射による硬化性を調べた結果、そのすべてが30kGy以内にすべて硬化し、そのうち1つは5kGyで完全硬化した。顔料分散性やレオロジー的性質も優れており、100%が反応硬化するために耐久性や耐化学薬品性に優れている。インクの安定性は実際の印刷工程時において品質管理上大きな問題となるが、6時間連続での塗工硬化実験でも良い安定性を示した。インクの紙への密着性もおおむね良好であった。
 
 基材の紙には実際に紙幣で使用されているものと同等のものを使用し、電子線照射による影響を物理的試験により評価した。紙は75%の綿と25%の亜麻の繊維成分で構成されており、電子線照射により、含まれるセルロース分子鎖の切断によって劣化が起こると考えられる。実験の結果では、10kGy以下では実質的に性能低下は認められなかった。インクの硬化性から考えて問題ない耐放射線性を持つと考えられる。インク乾燥工程の違いによる比較では、基材である紙の脱水やそれによる変形がなく凹版印刷方式でのより高速での印刷が可能であることがわかった。
 
 また、実際に両面印刷して硬化させる一連の工程が1パスで可能であることの確認も行った。コスト試算では、インク自体はより高価となるがヒーター冷却ロール等が不要となることでランニングコストが下がるとともに刷り損じが減少するなどの効果が考えられることから5%程度は安価になる可能性を示唆している。これらの結果から、電子線硬化技術の印刷工程への導入は可能であり基本的な条件を確立した。
 
 次のステップとして、実際に有価証券印刷で使われている印刷法への電子線硬化技術の適用である。米国印刷局では精細でハイコントラストの印刷が可能である凹版印刷法を採用しており、その中でもペーパーワイプ方式、シリンダーワイプ方式への適用を考えている。この2つの方式はそれぞれ図1、2のようになっている。


図1 Intaglio Paper Wipe(原論文1より引用)



図2 Intaglio Aqueous Cylinder Wipe(原論文1より引用)

 版胴表面を清浄に保ち、より精細な印刷を可能とするためこの方式を採用しており、特にシリンダーワイプ方式はインキの厚塗りや高速印刷が可能であるため実際のアメリカ紙幣印刷に使われている。前者は紙での拭き取りによる余分なインクの清浄、後者はアルカリ洗浄液を用いた清浄であることから電子線硬化技術を利用する場合、それぞれの清浄法に適したインクの配合設計が必要となる。特にシリンダーワイプ方式の場合、余分なインクは即時に版胴からとれて洗浄液に溶解あるいは分散して完全に除去できることが必要となる。そのためには、ビヒクルは電子線による硬化が可能でモノマー、オリゴマーには親水基を持つ必要性がある。またカルボキシル基を持つオリゴマーは洗浄アルカリ溶液では溶解塩を形成するためこのインキに適している。この研究により、最適な配合を見い出し実用化への目処がついた。

コメント    :
 電子線硬化技術は特に低エネルギータイプのものがコーティングや印刷などの表面加工技術として広い分野に応用されつつある。研究報告や特許等は膨大な件数があり、また実用化例も公表された以外に数多くあるのは公知である。しかし、有価証券印刷への適用といった報告はその特殊性から稀少でありとても興味深い。

原論文1 Data source 1:
Electron Beam Cylinder Wipe Intaglio Inks
THOMAS F. O'BRIEN
US Bureau of Engraving and Printing, Washington DC.
Polym. Paint. Colour. J., No.Suppl. Oct, p.140, 142, 149

原論文2 Data source 2:
Electron Beam Curing of Intaglio Inks
THOMAS F. O'BRIEN
US Bureau of Engraving and Printing, Washington DC.
Radiat. Phys. Chem., Vol.25, p.609-615 (1985)

キーワード:凹版印刷、グラビア印刷、有価証券、EB硬化
intaglio printing, gravure printing, securities, EB curing
分類コード:010301

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