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作成: 1997/12/25 中村 優

データ番号   :010099
放射化分析による環境汚染物質の分析
目的      :環境試料の元素分析
放射線の種別  :中性子,ガンマ線
放射線源    :原子炉
フルエンス(率):1.1x1011-2.5x1012n/cm2・s
利用施設名   :ブカレストマグリリ物理核工学研究所VVR-S研究原子炉
応用分野    :環境分析、生物学分析、標準試料分析

概要      :
 放射化分析は、試料に含まれる分析対象元素に放射能を持たせて(放射化)、その放射能を測定することによって元素分析を行う方法である。分析感度が極めて高く非破壊分析であることから多くの研究分野で利用されてきた。技術的にはほぼ完成した分析法であり、分析値の信頼性は非常に高い。したがって、最近では他の分析法の信憑性を確証する手段としての利用が特に多くなっている。

詳細説明    :
 
 放射化分析法は試料の放射化法や処理法などによりいくつかの種類に分けられる。機器中性子放射化分析法、放射化学中性子放射化分析法、即発γ線分析法、荷電粒子放射化分析法、光量子放射化分析法などがある。このうち最も広く用いられている機器中性子放射化分析法による分析について取りあげる。
機器中性子放射化分析法(以下、放射化分析法と略記する)は、原子炉の熱中性子を利用した(n,γ)反応を用いた分析法である。この方法が広く用いられるのは、原子炉熱中性子が安定元素を放射化するのに最も適していることと、放射化後、試料を直接検出器で測定するため汚染の恐れが少ないからである。
 
 放射化分析法の感度は元素によって異なるが、ほとんどの元素に対しマイクログラムレベル以下の量を検出する感度を持っている。元素によっては0.01ng量の検出も可能である。一方、熱中性子による放射化分析では、H,He,Li,Be,B,C,N,O,F,Si,Pbなどの分析は困難であり、Na,Pなどが主成分元素の場合には、これらの元素が他の微量元素測定の妨害をすることがある。また、放射化分析は非破壊分析が可能なことから、微量元素分析の難点である試薬などによる不純物混入の心配がないため、分析値の信頼性が高い。
  
 このように、放射化分析法は高感度分析かつ非破壊分析であることから多くの研究分野で利用されてきた。技術的にはほぼ完成した分析法であり、分析値の信頼性は非常に高い。したがって、最近では他の分析法の信憑性を確証する手段としての利用が特に多くなっている。
 
 最近の研究例として、V.Cercasovらは、環境モニタリングには広く異なった濃度範囲を対象とした信頼性のある効果的な分析方法が必要であるとして、放射化分析(INAA)と蛍光X線分析(XRFA)をもちいて大気エアロゾルと植物(草)の分析を行った。大気汚染の異なったレベルの2地点で1年間、試料の採取を行った。二つの方法を合わせて測定された元素は17元素(As,Ba,Br,Ca,Co,Cr,Cu,Fe,K,Mn,Ni,Pb,S,Sb,Se,V,Zn)であった。放射化分析法と蛍光X線法とどちらが適当であるかをまとめている(表1)。

表1 Estimation of the suitability of INAA and XRFA for filters and grass. (原論文1より引用。 Reproduced with permission from Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry, Articles, Vol.204,No.1(1996), 173-181, Tab.1(p.180), V.Cercasov, A. Pantelica, M.Salagean, H.Schreiber, Application of INAA and XRFA in a comparative environmental study.)
-----------------------------------------------------------------
                     Filters                    Grass
Element  --------------------------------------------------------
          Range,ng/m3   INAA   XRFA   Range,μg/g   INAA   XRFA
-----------------------------------------------------------------
 As        0.1- 40       +      (+)    0.03- 0.7     +      -
 Ba          1- 90       -      -         3- 60      -      -
 Br          1- 50       +      ++        3- 30      +      ++ 
 Ca         70- 3500     ++     ++     3800- 10000   ++     ++
 Co       0.03- 2        ++     -       0.3- 6       ++     -
 Cr        0.3- 30       ++     +       0.1-7        +      -
 Cu          3-150       +      ++        8-20       +      ++
 Fe         40-3000      ++     ++      100-400      ++     ++
 K          50-2200      ++     ++    40000-80000    ++     ++
 Mn          2-120       ++     ++       50-200      ++     ++
 Ni        0.8-30        (+)    ++       10-30       -      ++
 Pb          5-1500      -      ++        5-15       -      (+)
 S         300-8000      -      ++     2000-4000     -      ++
 Sb        0.3- 40       ++     -      0.01-0.13     +      -
 Se        0.1- 4        +      -      0.03-0.2      (+)    -
 V         0.6- 70       ++     +      0.06-1        +      -
 Zn          5-1300      ++     ++       30-60       ++     ++
-----------------------------------------------------------------
 ++   very suitable
 +    suitable, especially in the high concentration range.
 ( )  difficulties  in variable matrix.
 -   not suitable.
 放射化分析法では、上記の多く元素で適当な分析法であったが、エアロゾルフィルターの場合にBa,Pb,Sが、草の分析の場合ではさらにNiが不適当な元素であると指摘している。
L.Moensらは、放射化分析法と誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)とを比較している。ICP-MSには一般的な四重極型のものと、試料導入法として電気加熱気化法をもちいたもの(ETV-ICP-MS)について取り上げた。放射化分析としては通常行われる方法で比較したと報告している。それぞれの方法について検出限界値を比較した(図1)。


図1 Comparison of detection limits of NAA,ICP-MS with pnumatic nebulisation and ETV-ICP-MS.(原論文2より引用。 Reproduced with permission from Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry, Articles, Vol.192, No.1(1995), 29-38, Fig.3(p.34), L.Moens, R.Dams, NAA and ICP-MS: A comparison between two methods for trace and ultra-trace element analysis.)

 ほとんどの元素について、ICP-MS法が放射化分析法よりも2〜4桁程度検出限界値が低い。日常のルーチン分析にはICP-MS法が有利であり、次第に放射化分析と置き換わってゆくと述べている。しかしICP-MS法は試料の溶解と希釈が必要となるので、溶解が困難な固体試料の場合は、放射化分析法が有利であり標準物質の検定などには欠くことのできない手法であると結論している。

コメント    :
 放射化分析法は高感度分析かつ非破壊分析であることから、多くの研究分野で利用されてきた。固体試料の微量元素分析では、感度と信頼性では他の分析法の追随を許していない。さらに現在も絶対定量法など研究開発が進められている。一方、放射化分析の欠点として、測定時間が長い、費用が高い、安全管理の要求が厳しい、分析可能な施設が少ないことがあげられる。測定時間は元素にもよるが照射から必要とする結果を得るまで1カ月以上かかることもある。さらに日本で利用可能な施設は、京都大学原子炉、日本原子力研究所原子炉、立教大学原子炉の3カ所と非常に少ない。これらの点を、他の分析法と十分比較した上で、放射化分析法の効果的な利用が望まれる。

原論文1 Data source 1:
Application of INAA and XRFA in a comparative environmental study
V.Cercasov, A. Pantelica, M.Salagean, H.Schreiber
University of Hohenhein,Institute of Physics,D-70593 Stuttgart,Germany Institute of Physics and Nuclear Engineering, P.O.Box MG-6,RO-76900 Bucharest, Romania
Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry, Articles, Vol.204,No.1(1996), 173-181

原論文2 Data source 2:
NAA and ICP-MS: A comparison between two methods for trace and ultra-trace element analysis
L.Moens, R.Dams
Ghent University, Laoratory of Analytical Chemistry, Proeftuinstraat 86, B-9000 Ghent, Belgium
Journal of Radioanalytical and Nuclear Chemistry, Articles, Vol.192, No.1(1995), 29-38

参考資料1 Reference 1:
放射化分析法・PIXE分析法
橋本芳一、大歳恒彦
慶応義塾大学理工学部、(財)日本環境衛生センター
共立出版株式会社(1986)

参考資料2 Reference 2:
放射化分析
桝本和義
東北大学理学部附属原子核理学研究施設
ぶんせき 1992 No.8,638-644

参考資料3 Reference 3:
放射化分析
鈴木章悟
武蔵工業大学原子力研究所
ぶんせき 1996 No.11,906-912

キーワード:放射化分析、機器中性子放射化分析、原子炉、熱中性子、環境汚染物質、蛍光X線分析、誘導結合プラズマ質量分析
activation analysis, instrumental neutron activation analysis, reactor, thermal neutron, environmental contaminant, XRF,ICP-MS 
分類コード:010507, 040404

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