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作成: 1997/11/10 斎藤 恭一

データ番号   :010093
放射線グラフト重合法によって作成した高分子酸触媒を用いた酢酸メチルおよびショ糖の加水分解
目的      :スルホン酸型固体高分子酸触媒の開発とその応用
放射線源    :電子加速器
線量(率)   :200kGy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所2号加速器
照射条件    :窒素中、室温
応用分野    :エステルの酸加水分解、酸触媒によるエステルの合成、反応蒸留用の酸触媒

概要      :
 放射線グラフト重合法を適用して、ポリエチレンにスチレンスルホン酸ナトリウムを重合させ、その後、H型として固定高分子スルホン酸(グラフト型スルホン酸基)を作成した。一方、スチレンージビニルベンゼンを高分子マトリクスとするスルホン酸(架橋型スルホン酸基)との比較を行った。酢酸メチルおよびショ糖の加水分解の酸触媒としての性能を評価した。酢酸メチルに対しては両者に差異がなかった。一方、ショ糖の加水分解では、グラフト型スルホン酸基は架橋型スルホン酸基に比べて約10倍の活性を示し、塩酸中での活性と同一であった。

詳細説明    :
 
 スチレンスルホン酸ナトリウム(CH2=CHC6H4SO3Na、SSS)とヒドロキシエチルメタクリレ-ト(CH2=CCH3COOCH2CH2OH、HEMA)をいっしょにグラフト重合(共グラフト重合)させて、その後、Na型(-SO3Na)をH型(-SO3H)に調整した。作成した材料は、スルホン酸基という強酸性基をもつので、カチオン交換材料としてだけではなく、酸触媒としても利用できる。これまで、スチレン-ジビニルベンゼン共重合体(形状はふつうビ-ズ)にスルホン酸基を導入したカチオン交換樹脂ビ-ズが、エステルや糖の酸加水分解反応用触媒として利用されてきた。もちろん硫酸や塩酸といった液体の酸を使ってもよいけれども、反応後に、原料や生成物から触媒である酸を回収するのは液体であるがゆえに手間がかかる。回収しやすい固体の酸(固体酸)が便利である。
 
 グラフト重合で作成されたイオン交換材料は、片端が固定された非架橋構造をもち、一方、イオン交換樹脂ビ-ズは、スチレン高分子鎖がジビニルベンゼンで架橋された構造をもつ(図1)。


図1 Comparison of polymer chain structure containing sulfonic acid groups.(原論文1より引用。 Reproduced with permission from Ind. Eng. Chem. Res., 33, 2215-2219(1994), Fig.1(p.2215), T. Mizota, S. Tsuneda, K. Saito and T. Sugo, Hydrolysis of methyl acetate and sucrose in SO3H-group-containing-grafted polymer chain prepared by radiation-induced graft polymerization; Copyright(1994), American Chemical Society. )

 ここで、前者、後者の材料を触媒として用いるとき、それぞれ非架橋型触媒、架橋型触媒とよぶことにする。つぎの反応式に示す酢酸メチルとショ糖の酸加水分解をモデル反応として、非架橋型触媒と架橋型触媒の性能を比較することによって、グラフト鎖のイメ-ジを描くことを試みた。
 
   CH3COOCH3 + H2O → CH3COOH + CH3OH
   ショ糖   + H2O → 果糖   + ブドウ糖
 
 一定容積の原料液(酢酸メチル水溶液やショ糖水溶液)中に非架橋型触媒(スルホン酸型多孔性中空糸膜を長さ5mm程度に切断したもの)を入れて反応を開始させ、反応式中の各成分の濃度を追跡した。反応温度を、酢酸メチルなら40〜55℃、ショ糖なら50〜70℃の範囲に設定した。酢酸メチルとショ糖の加水分解反応での各成分の濃度の経時変化をみると(図2)、


図2 Examples of analysis of kinetic data in hydrolysis. (a) methyl acetate; (b) sucrose.(原論文1より引用。 Reproduced with permission from Ind. Eng. Chem. Res., 33, 2215-2219(1994), Fig.3(p.2217).)

 どちらの反応も副反応がなく、正確に物質収支がとれることがわかった。比較のため、架橋型触媒(直径約0.5mmのスルホン酸型イオン交換樹脂ビ-ズ)を用いて、同一の反応容器を使い、同一の反応条件で加水分解をおこなった。
  
 非架橋型触媒と架橋型触媒とで反応速度(活性)を比較した。各反応温度での原料または生成物濃度の経時変化から反応速度定数を決定した(図3)。


図3 Dependence of apparent reaction-rate constant on reaction temperature. (a) methyl acetate; (b) sucrose.(原論文1より引用。 Reproduced with permission from Ind. Eng. Chem. Res., 33, 2215-2219(1994), Fig.5(p.2218).)

 この図は、横軸に絶対温度の逆数、縦軸に速度定数の対数をとるというアレニウスプロットである。得られる直線の傾きは、(-ΔE/R)という値に相当する。ここで、ΔEは活性化エネルギ-[kJ/mol]そしてRはガス定数8.31J/(mol K)である。酢酸メチルの加水分解反応では、非架橋型触媒でも架橋型触媒でも、反応速度定数、活性化エネルギ-(73kJ/mol)は同一の値となった。さらに、塩酸を触媒に使って得られる値とも一致した。一方、ショ糖の加水分解反応では、非架橋型触媒は、架橋型触媒に比べて、反応速度定数の絶対値が約10倍大きく、塩酸を触媒に使って得られる値とは一致した。また、非架橋型触媒と塩酸の活性化エネルギ-(95kJ/mol)は架橋型触媒の約2倍(59kJ/mol)であった。一方(酢酸メチル)の反応では一致し、もう一方(ショ糖)の反応では差がでた。
 
 高分子鎖で囲まれ、高分子鎖からぶらさがったスルホン酸基をもつ反応場を、分子サイズがより小さな酢酸メチル(0.22nm)から見ると、架橋型でも非架橋型でも差を感じない。そのため、反応速度定数も活性化エネルギ-も同一であった。一方、分子サイズがより大きなショ糖(0.46nm)から見ると、架橋型ではスルホン酸基への接近がしにくく、拡散抵抗が生じたり、接近できないスルホン酸基があったりする。そのため、反応速度も活性化エネルギーも非架橋型に比べて小さかった。非架橋型触媒なら、塩酸を使った場合と同じ触媒性能を示したことから、スルホン酸基をもつグラフト鎖が、塩酸の液中と同じ程度に自由であるというイメージを描くことができた。

コメント    :
 グラフト高分子鎖が溶液中に拡がるために、グラフト構造から作成した酸触媒は架橋高分子構造から作成した酸触媒に比べて、サイズの大きな基質からなる反応でも立体障害による活性の低下がないという有利な特性が示されている。架橋型酸触媒が比較的安価であるので、グラフト型酸触媒では製品コストの高い反応系に応用することが望まれる。

原論文1 Data source 1:
Hydrolysis of methyl acetate and sucrose in SO3H-group-containing-grafted polymer chain prepared by radiation-induced graft polymerization
T. Mizota, S. Tsuneda, K. Saito and T. Sugo
Univeristy of Tokyo and Japan Atomic Energy Research Institute
Ind. Eng. Chem. Res., 33, 2215-2219(1994)

原論文2 Data source 2:
Sulfonic acid catalysis prepared by radiation-induced graft polymerization
T. Mizota, S. Tsuneda, K. Saito and T. Sugo
Univeristy of Tokyo and Japan Atomic Energy Research Institute
J. Catalysis, 149, 243-245(1994)

キーワード:放射線グラフト重合,酸触媒,高分子,加水分解,酢酸メチル,ショ糖
radiation-induced grafting, acid catalyst, polymer matrix, hydrolysis, methyl acetate, sucrose
分類コード:010203

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