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作成: 1997/11/10 斎藤 恭一

データ番号   :010091
放射線グラフト重合法で作成したキレート多孔性膜を用いる金属イオンの高速除去
目的      :超純水中に溶存する微量金属イオンを除去するためのキレート多孔性膜の開発
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器
線量(率)   :200kGy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所2号加速器
照射条件    :窒素中、室温
応用分野    :超純水中の微量金属イオンの除去、飲料水中の有害金属イオンの除去、排水からの有用金属の回収

概要      :
 多孔性中空糸膜にエポキシ基をもつモノマーを放射線グラフト重合し、その後エポキシ基をキレート形成基であるイミノジ酢酸基へ変換した。得られたキレート多孔性膜にコバルト溶液を透過させた。透過圧力を高くしても、すなわち液の滞留時間を短くしても、流出液量の関数としてのコバルト濃度(破過曲線)は一致した。これは吸着速度が拡散移動抵抗に支配されないという有利な特性のためである。さらに、二成分(コバルトと銅イオン)溶液を透過させると、キレート形成基との親和力の強い成分が弱い成分を追い出すという置換吸着現象が観察された。

詳細説明    :
 
 半導体製造工場や原子力発電所では、超純水を大量に使用している。ppt(μg/m3)のレベルで金属イオンが溶存している。現状ではイオン交換樹脂ビーズ充てんカラムに流して金属イオンを吸着除去している。高速での除去を実現するために、多孔性膜の孔に、キレート形成基をもつグラフト鎖を固定し、液を透過させながら金属イオンを除去することを提案する。
 
 基材として、内径2mm、外径3mm、肉厚0.5mmのポリエチレン製中空糸状多孔性膜を用いた。孔の直径は約0.3μm、空孔率は約70%である。エポキシ基をもつモノマー(CH2=CCH3COOCH2CHOCH2、GMA)をグラフト重合した多孔性膜に、キレート形成基(イミノジ酢酸基、-N(CH2COOH)2、IDA)を導入した。イミノジ酢酸二ナトリウムを水とジメチルスルホキシドの混合液に溶解させ、そこへ、GMAグラフト膜を浸して加温した。このとき、エポキシ基からイミノジ酢酸基へのモル転化率は60%であった。
 
 塩化コバルト(CoCl2)水溶液に一定の圧力をかけて、キレート多孔性膜の内面から外面へ透過させた。透過させるコバルト水溶液の液量を変えて、コバルトを吸着させた後、透過を中断した。つぎに、膜の断面を切り取り、X線マイクロアナライザー(XMA)を使ってコバルト吸着量を測定した。


図1 Profile of amount of sorbed cobalt across the IDA-T fiber.(原論文2より引用。 Reproduced with permission from Ind. Eng. Chem. Res., 31, 2722-2727(1992), Fig.8(p.2725),S. Konishi, K. Saito, S. Furusaki and T. Sugo, Sorption kinetics of cobalt in chelating porous membrane; Copyright(1992), American Chemical Society. )

 キレート多孔性膜に吸着したコバルト量の膜厚方向の分布を示す強度曲線(図1)の特徴はつぎの2点であった。(1)強度曲線の高さが流出液量によらず等しいこと、そして(2)膜の内面から外面へ移動する強度曲線の前線が形を変えずにベースラインにほぼ垂直に左から右へ進むことである。これらの結果から、キレート多孔性膜を使うと、コバルトイオンが対流に乗ってキレート形成基の近くまで輸送されるので、キレート形成基までの拡散移動抵抗が無視でき、高速捕集が可能になったとわかる。
 
 つぎに、コバルトイオンに加えて、銅イオンを含んだ混合水溶液をキレート多孔性膜に透過させた。膜の内面から外面へ、コバルトと銅を同一濃度(20g/m3)にそろえた水溶液を透過させて、流出液中の各金属イオン濃度を追跡した。これと並行して、流出液量ごとに膜を取り出し、膜厚方向のコバルトと銅の吸着量分布を、XMAを使って測定した。
 まず、キレート多孔性膜を通り抜けた流出液中の金属イオン濃度の経時変化(破過曲線)を追跡した(図2)。


図2 Breakthrough curves of cobalt and copper for two different pressures of 0.025 and 0.1 MPa.(原論文1より引用。 Reproduced from J. Membrane Sci., 111, 1-6(1996), Fig.4(p.4), S. Konishi, K. Saito, S. Furusaki and T. Sugo, Binary metal-ion sorption during permeation through chelating porous membrane; Copyright(1996), with permission from Elsevier Science.)

 図の横軸の無次元流出液量(DEV)をつぎのように定義する。
 
  無次元流出液量[-]=(流出液量)/(中空部を除いた膜の体積)
 
 透過圧力を変化させても、すなわち滞留時間を変えても、破過曲線は一致した。コバルト水溶液のみを透過させたときと同様に、ここでも、拡散(金属イオンがイミノジ酢酸基まで濃度勾配に比例して移動すること)による移動抵抗が無視できるという多孔性膜を使った捕集法の利点が示された。
  
 2種類の金属(コバルトと銅)イオン濃度の破過曲線をそれぞれみていくと、コバルト、銅イオンともにしばらくの間、流出液中に検出されない。DEV=800で、コバルトが破過した。さらに、DEV=1000を過ぎると、コバルトは供給液濃度を一度越えた後、DEV=3700で再び供給液濃度に戻って一定になった。一方、銅はコバルトより遅れて、DEV=2200で破過した。コバルトとは違って、流出液濃度が供給液濃度を越えることなく、DEV=3300で吸着が終わった。


図3 The concentration profiles of sorbed cobalt and copper as a function of the effluent volume.(原論文1より引用。 Reproduced from J. Membrane Sci., 111, 1-6(1996), Fig.5(p.4), with permission from Elsevier Science.)

 キレート多孔性膜中の金属吸着量分布の経時変化(図3)を、破過曲線と比べると、まず、図中の(I)の範囲では、銅は膜の内面側に吸着し、コバルトはそれを飛び越して膜の外面側に吸着した。このとき、破過曲線では両金属とも流出液中に検出されない。つぎに、(II)の範囲では、先に吸着していたコバルトが銅に追い出されて、やがてコバルト吸着曲線の右先端が膜の外面に達した。このとき、流出液にコバルトが破過し、その後、流出液濃度が供給液濃度を越える。さらに、(III)の範囲では、銅吸着曲線の右先端も膜の外面に達した。イミノジ酢酸基への吸着は終わり、両金属とも供給液濃度で一定になる。
 イミノジ酢酸基と親和性の高い銅イオンが、コバルトイオンを圧倒して、多孔性膜に固定されたグラフト鎖上のイミノジ酢酸基をほとんど占有した。

コメント    :
ここで得られた成果をもとにして、旭化成工業(株)が超純水からの微量金属イオン除去用の多孔性膜を放射線グラフト重合によって製造し、セミコンショーで展示した。実用間近の技術である。この論文で提案された膜内の金属の吸着量を直接観察する手法は、ビーズカラムに対する膜の優位を示すうえで有効な方法である。

原論文1 Data source 1:
Binary metal-ion sorption during permeation through chelating porous membrane
S. Konishi, K. Saito, S. Furusaki and T. Sugo
University of Tokyo and Japan Atomic Energy Research Institute
J. Membrane Sci., 111, 1-6(1996)

原論文2 Data source 2:
Sorption kinetics of cobalt in chelating porous membrane
S. Konishi, K. Saito, S. Furusaki and T. Sugo
University of Tokyo and Japan Atomic Energy Research Institute
Ind. Eng. Chem. Res., 31, 2722-2727(1992)

キーワード:キレート形成基、イミノジ酢酸基、多孔性膜、中空糸、放射線グラフト重合、金属イオン、破過曲線、吸着量分布
chelate-forming group, iminodiacetate group, porous membrane, hollow fiber, radiation-induced grafting, metal ions, breakthrough curve, concentration profile
分類コード:010201, 010203, 010504

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