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作成: 1997/11/10 斎藤 恭一

データ番号   :010090
タンパク質精製のためのアフィニティ多孔性膜
目的      :アフィニティリガンドをもつ多孔性中空糸膜の開発
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器
線量(率)   :200kGy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所2号加速器
照射条件    :窒素中、室温
応用分野    :タンパク質の分離精製、アフィニティクロマトグラフィー

概要      :
 ポリエチレン多孔性中空糸膜に、エポキシ基をもつビニルモノマーを放射線グラフト重合させた。その後、エポキシ基と疎水性アミノ酸のアミノ基との反応によって、膜の孔表面に導入したグラフト高分子鎖にトリプトファンまたはフェニルアラニンを付与した。これらの疎水性アミノ酸は群特異的アフィニティリガンドと呼ばれ、グロブリンに対して吸着性を示す。グロブリンがアフィニティ膜の孔表面に単層で吸着すること、また拡散の移動抵抗も無視でき、膜へのタンパク質の供給速度で総括の吸着速度が決定されるという有利な特性を実証した。

詳細説明    :
  
 特定のタンパク質を特異的に捕まえることのできるアフィニティ多孔性膜を作成した。エポキシ基をもつグラフト鎖(GMAグラフト鎖)の量を、基材1kgあたり8mol程度にして、そのエポキシ基のうち、1割をアフィニティリガンドに、残り9割をジオール基にすれば、タンパク質の特異的吸着の促進およびタンパク質の非選択的吸着の抑制という2つの機能を膜にもたせることができる。リガンドとして疎水性アミノ酸であるフェニルアラニン(Pheと略してかく)とトリプトファン(Trpと略してかく)を選んだ。アミノ酸中のアミノ基がグラフト鎖上のエポキシ基と反応して、付加(カップリングと呼ぶ)する(図1)。


図1 Preparation of the adsorbent with L-Trp as a pseudobiospecific ligand.(原論文2より引用。 Reproduced from J. Chromatogr., 586, 27-33(1991), Fig.1(p.28), M. Kim, K. Saito, S. Furusaki, T. Sugo and I. Ishigaki, Protein adsorption capacity of a porous phenylalanine-containing membrane based on a polyethylene matrix; Copyright(1991), with permission from Elsevier Science.)

 得られたアフィニティ多孔性膜の性能を調べた。グラフト率120%のGMAグラフト膜から作成したTrpアフィニティ多孔性膜(内径2.4mm、外径4.1mm、長さ12cm)の透過流束は、基材膜の透過流束の75%であった。アフィニティ多孔性膜の内面から外面へグロブリン溶液(リン酸緩衝液、pH=7.4、イオン強度=0.19)を一定流量のもとで透過させて、流出液中のタンパク質の濃度を追跡した。タンパク質溶液の流量を変化させても、流出液量とグロブリン濃度との関係を表す破過曲線は一致した。対流に乗せてタンパク質をリガンド近くまで輸送できるので、拡散移動抵抗が無視できることを示している。
  
 つぎに、さまざまなグラフト率のGMAグラフト膜から作成したPheアフィニティ多孔性膜へのグロブリン(BGG)の飽和吸着容量を測定して、Pheリガンドをもつグラフト鎖を固定した孔表面へのグロブリンの吸着挙動を調べた(図2)。


図2 Saturation capacity of BGG on Phe-C fiber as a function of specific surface area.(原論文2より引用。 Reproduced from J. Chromatogr., 586, 27-33(1991), Fig.9(p.32), with permission from Elsevier Science.)

 グロブリンはY字形をしたタンパク質で、上半分をFab、下半分をFc部とよぶ。Fc部の末端(Yの字の一番下)が疎水性であるので、フェニルアラニンリガンドにFc部で結合する。一方、水溶液のpH値によって、Fab部のアームが開いたり、閉じたりするので、それぞれのpH値でグロブリン分子一個の占有面積を計算できる。Pheアフィニティ多孔性膜の孔の表面積をグロブリン分子で埋めていくと理論単層吸着量をつぎのように計算できる。
 
 理論単層吸着量(g/m2)=(孔の表面積)(グロブリンの分子量)/(アボガドロ数)(グロブリン分子一個の占有面積)
 
 2つの極端な場合(アームが開いている場合と閉じている場合)に対応する理論吸着量を図中に書き入れた。実験値は2つの直線の間にはさまれている。リガンドとタンパク質とのアフィニティペアを、トリプトファン-グロブリン、固定化金属-アルブミンとしても、タンパク質飽和吸着量はアフィニティ多孔性膜の表面積に比例した。したがって、アフィニティ多孔性膜は、孔表面に単層でタンパク質を捕まえることがわかった。
 
 つぎに、Trpアフィニティ多孔性膜(内径2.4mm、外径4.1mm、長さ12cm)を使って、吸着、洗浄、溶出、洗浄のサイクルを繰り返した。吸着操作ではグロブリンのリン酸緩衝液(pH=7.4、イオン強度=0.19)、洗浄操作では同一の緩衝液、そして溶出操作ではエチレングリコールの50v/v%水溶液を膜に透過させた。吸着と溶出を繰り返しても、流出液中のタンパク質濃度の変化を示す曲線(破過曲線と溶出曲線)はほとんど変化しなかった(図3)。


図3 Concentration change of BGG in membrane affinity chromatography.(原論文1より引用。 Reproduced from J. Chromatogr., 585, 45-51(1991), Fig.6(p.50), M. Kim, K. Saito, S. Furusaki, T. Sugo and I. Ishigaki, Adsorption and elution of bovine gamma-globulin using an affinity membrane containing hydrophobic amino acids as ligands; Copyright(1991), with permission from Elsevier Science.)

 しかも、溶出操作によって、Trpアフィニティ多孔性膜に吸着したグロブリンは100%溶出された。したがって、タンパク質を繰り返して捕まえることがわかった。

コメント    :
 1988年にBrandtらによって提案された多孔性膜を使うアフィニティクロマト技術は、セプラコア社、ミリポア社などで実用化され、膜が市販された。しかしながら、現在はいずれも撤退している。その理由は、従来法で使用されているビーズに比べて性能には優れていても膜製造コストが高いことである。放射線グラフト重合法によって膜を製造すればこの点を改善できる。また、今後の課題として吸着容量を高める工夫が必要である。

原論文1 Data source 1:
Adsorption and elution of bovine gamma-globulin using an affinity membrane containing hydrophobic amino acids as ligands
M. Kim, K. Saito, S. Furusaki, T. Sugo and I. Ishigaki
University of Tokyo and Japan Atomic Energy Research Institute
J. Chromatogr., 585, 45-51(1991)

原論文2 Data source 2:
Protein adsorption capacity of a porous phenylalanine-containing membrane based on a polyethylene matrix
M. Kim, K. Saito, S. Furusaki, T. Sugo and I. Ishigaki
University of Tokyo and Japan Atomic Energy Research Institute
J. Chromatogr., 586, 27-33(1991)

キーワード:アフィニティ、リガンド、疎水性アミノ酸、多孔性膜、中空糸、タンパク質、吸着
affinity, ligand, hydrophobic amino acid, porous membrane, hollow fiber, protein, adsorption
分類コード:010201, 010203

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