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作成: 1997/11/10 斎藤 恭一

データ番号   :010088
タンパク質の非選択的吸着を抑制するための放射線グラフト重合法を適用した多孔性膜の親水化
目的      :タンパク質の非選択的吸着を防ぐための多孔性膜表面の親水化
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器
線量(率)   :200kGy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所2号加速器
照射条件    :窒素中、室温
応用分野    :タンパク質の分離精製、高分子表面の親水化

概要      :
 酢酸ビニルまたはグリシジルメタクリレートを放射線グラフト重合後、酸加水分解により、アルコール性水酸基またはジオール基を多孔性中空糸膜に導入した。これらの親水基の密度と膜の純水透過流束、含水率との関係を調べた。基材1kgに対して約7molという密度で膜の孔表面の親水化が完了することがわかった。ウシ血清アルブミンおよびウシγグロブリンの親水化膜への吸着量は、基材への吸着量に比べて1/3〜1/4まで減少した。しかも不可逆な吸着から可逆な吸着へ変化した。

詳細説明    :
 
 タンパク質の分離用の多孔性膜に要求される性能の一つにタンパク質の非選択的吸着がないことが挙げられる。タンパク質の非選択的吸着が起こるのは、生体高分子であるタンパク質には疎水性部分があって、膜の疎水性部分へ近づくからである。したがって、膜表面を親水化すると非選択的吸着を抑制できる。
  
 そこで、水酸基をもつグラフト鎖で多孔性ポリエチレン膜の表面を覆うことによって、親水化できることを、(1)「水が孔を通りやすくなること」と、(2)「タンパク質が吸着しにくくなること」ことから調べた。基材として、ポリエチレン製中空糸状精密濾過膜(内径1.9mm、外径3.2mm、平均孔径0.2〜0.5ミクロン、空孔率70%)を採用した。この基材膜につぎの3通りのスキームで水酸基を導入した(図1)。


図1 Preparation scheme for hydrophilization of a polyethylene microfiltration membrane. (原論文1より引用。 Reproduced from Biotechnol. Prog., 10, 114-120(1994), Fig.1(p.115), M. Kim, J. Kojima, K. Saito, S. Furusaki and T. Sugo, Reduction of nonselective adsorption of proteins by hydrophilization of microfiltration membranes by radiation-induced grafting; Copyright(1994), with permission from American Chemical Society.)

 (1)ヒドロキシエチルメタクリレート(CH2=CCH3COOCH2CH2OH、HEMA)をグラフト重合する。(2)酢酸ビニル(CH2=CHOCOCH3、VAc)をグラフト重合した後、アルカリで加水分解(ケン化)する。これはCH2=CHOHというモノマーをグラフトしたことに相当する。そして (3)グリシジルメタクリレート(CH2=CCH3COOCH2CHOCH2、GMA)をグラフト重合した後、酸で加水分解する。これはCH2=CCH3COOCH2CHOHCH2OHというモノマーをグラフトしたことに相当する。スキーム(1)と(2)でつくった膜は‘モノ'オール(OH基が一つ)膜と、スキーム(3)でつくった膜は‘ジ'オール(OH基が二つ)膜とよぶことができる。
  
 まず、HEMA、VAc、GMAのグラフト率を変えて作成したモノオール膜やジオール膜を使って、水の透過性能を調べた(図2)。


図2 Pure water flux of hydrophilized membranes: (a) HEMA-T fiber; (b) VA-T fiber; (c) GMA-H-T fiber.(原論文1より引用。 Reproduced from Biotechnol. Prog., 10, 114-120(1994), Fig.3(p.116), with permission from American Chemical Society. )

 図の横軸の水酸基密度は、基材膜1kgあたりに導入された水酸基のモル数(ジオール基の場合は2倍した)である。図の縦軸の純水透過流束は、透過圧力0.05MPaでの純水の透過流量を膜の内面積で割って算出した。図中で記号(M)は、メタノール処理後の測定値であることを示している。メタノール処理とは、膜をメタノールに10分間浸した後、水で置換する操作をさす。内部孔の表面が水になじみにくいときは、メタノール処理をしないと、はじめに孔を水で満たせないので、純水透過流束はみかけ上小さくなる。「基材の孔表面、すなわちポリエチレン表面が、水酸基をもつグラフト鎖で覆われる水酸基密度で、メタノール処理をしてもしなくても、純水透過流束の測定値が一致する」という考えから、HEMA重合膜とVAc重合膜から得られるモノオール膜、GMA重合膜から得られるジオール膜ともに親水化が完了するのは、水酸基密度7mol/kgのところであると判定した。3つの膜とも、「親水化完了」の水酸基密度が7mol/kgであるという数値についてはいまのところ説明できない。
  
 つぎに、さまざまな水酸基密度をもつモノオール膜やジオール膜をアルブミンやグロブリン溶液(リン酸緩衝液、pH=7.4、イオン強度=0.19)に浸して、膜へのアルブミンやグロブリンの平衡吸着量を測定した。そして、グロブリンの溶液濃度1mg/mLに対する平衡吸着量を吸着等温線から内挿して求め、縦軸にとった(図3)。


図3 Saturation capacity of BGG vs alcoholic hydroxyl group density.(原論文1より引用。 Reproduced from Biotechnol. Prog., 10, 114-120(1994), Fig.6(p.117), with permission from American Chemical Society. )

 水酸基密度の増加とともにグロブリンの平衡吸着量は減少し、水酸基密度が7mol/kg(この値は前述の純水透過流束の測定から判定された「親水化完了」水酸基密度と等しい)を越えると一定となった。グロブリンの吸着量がゼロにならないのは、非選択的吸着のためではなく、親水性相互作用に基づく吸着のためである。水酸基をもつグラフト鎖をポリエチレンマトリクス(基材膜)の孔表面に固定することによって、タンパク質の非選択的吸着量が減るという表面で「量」が変化しただけではなく、最終的には吸着したタンパク質がNaClで容易にはがせるという表面の「質」が変化したこともわかった。

コメント    :
 ポリエチレン基材をタンパク質の吸着材として利用するには、まず非選択的吸着を抑制する必要がある。ポリエチレン基材をグラフト高分子鎖で覆うことのできる密度を基材1kgに対して約7molとしている。その数値の理由を説明できないと、他の高分子基材を親水化する指針にはならないので、今後解明が必要である。また、この研究は親水化の程度を判定する実験手法としての価値がある。

原論文1 Data source 1:
Reduction of nonselective adsorption of proteins by hydrophilization of microfiltration membranes by radiation-induced grafting
M. Kim, J. Kojima, K. Saito, S. Furusaki and T. Sugo
University of Tokyo and Japan Atomic Energy Research Institute
Biotechnol. Prog., 10, 114-120(1994)

原論文2 Data source 2:
Water flux and protein adsorption of a hollow fiber modified with hydroxyl groups
M. Kim, K. Saito, S. Furusaki, T. Sugo and J. Okamoto
University of Tokyo and Japan Atomic Energy Research Institute
J. Membrane Sci., 56, 289-302(1991)

キーワード:アルコール性水酸基、親水化、多孔性膜、中空糸、タンパク質、非選択的吸着
alcoholic hydroxyl group, hydrophilization, porous membrane, hollow fiber, protein, nonselective adsorption
分類コード:010201, 010203, 010204

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