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作成: 97/10/30 堀野 裕治

データ番号   :010083
イオンスパッタコーティングによるチューブ内壁の表面処理
目的      :イオンビームスパッタリング蒸着を用いたチューブ内壁へのコーティング法の開発とその耐腐食性、耐摩耗性向上への応用
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :イオンビーム加速器(50keV、30μA)
線量(率)   :30μA
利用施設名   :ドイツ国アウグスブルグ大学物理学部
照射条件    :真空中及び窒素気流中、室温
応用分野    :パイプ、チューブ内壁の表面処理

概要      :
 チューブなどの内部を円錐状のターゲットを移動させながらイオンビームでスパッタリングして、内面にTiNなどのコーティングを施し、耐腐食性や耐摩耗性を付加する新しい方法を開発した。スパッタリングにより膜が成長する際に、円錐状のため一割程度ターゲットから反射した入射イオンビームが照射されるため、イオンビーム特有のミキシングやイオンアシスト等の効果が生じ、密着性及び膜質が良くなるのが特長である。

詳細説明    :
 
 材料表面を処理する場合、スパッタリングなどイオンビームを用いるとミキシングやイオンアシスト効果など他にないコーティングが可能だが、ビームの直進性により、実用上大きな需要のあるパイプ、チューブの内面への処理は困難であった。ここでは新しく開発した方法により直径20mm、50mm、長さ200mmのスチールパイプや直径8mm、長さ120mmのチタン製パイプの内面をコーティング処理し、その耐腐食性や耐摩耗性を評価している。


図1 (a)Schematic presentation of ion beam sputter coating of tube inner walls by means of a movable conical sputter target. (b)Processes which take place during ion beam sputter coating of tube inner walls.(原論文1より引用。 Reproduced from Surface and Coatings Technology, 86/87 (1996), 438-442, Fig.1(p.438), W. Ensinger, Corrosion and wear protection of tube inner walls by ion beam sputter coating; Copyright(1996), with permission from Elsevier Science.)

 図1に本方法の概略を示す。(a)のように処理するパイプの中を円錐状のターゲットを移動させ、それを内壁に当たらないようにコリメートしたイオンビームでスパッタリングして内部表面にコーティング膜を形成するのである。主なプロセスはイオンによるスパッタリングであるが、ターゲットが円錐状をしているために(b)で示されているように、入射イオンの一部(条件によるが、粗い見積もりで十数%程度)はスパッタリングに寄与せず反射する。それが成膜中に照射され、ミキシングやイオンアシストなどの二次的な効果を生じる。そのため生成した膜は内壁との密着性が優れ、膜質が良くなる。ターゲットにはチタンやタンタルが用いられ、円錐の角度は60度である。スパッタ用イオンビームは目的にもよるが主にAr+が使われ、異種原子混入を避ける場合、自己スパッタリングとしてTi+、Ta+などを用いる。TiNなどの窒化物をコーティングする場合、スパッタリング中に窒素ガスなどを適量流す。


図2 Current/potential plot of uncoated and TiN-coated AISI 52100 steel in acetic acid at a pH value of 5.6 at 25 ℃ with a potential scan rate pf 36 V/h.(原論文1より引用。 Reproduced from Surface and Coatings Technology, 86/87 (1996), 438-442, Fig.3(p.440), with permission from Elsevier Science.)

 図2に内面にTiNコーティング処理したものと未処理のスチールパイプ(AISI 52100)の酢酸中(pH5.6、室温)での腐食ポテンシャルを示す。AISI 52100スチールは環境中の水分などにより腐食しやすい材料である。そのため、未処理のものは容易に腐食し、腐食による急激な電流増加が生じる。一方、TiNコーティングを施した場合は、腐食が二桁も抑えられているのが分かる。同様にチタンパイプにTaコーティングを施すことにより、硝酸(45%、100℃)中での腐食が抑えられることを確認した。チタンは腐食に強く、実際の化学工業プラント中、硝酸などを使うプロセスに使用されているが、高温ではやはり腐食速度が速くなる。パイプ内面処理が施せるといろいろ面で利点が多い。


図3 Cross-section profiles of grooves formed in the ball-on-flat test with uncoated and TiN sputter coated stainless steel.(原論文1より引用。 Reproduced from Surface and Coatings Technology, 86/87 (1996), 438-442, Fig.5(p.440), with permission from Elsevier Science.)

 AISI 314などのステンレススチールは高い耐腐食性を示すが、しばしば耐摩耗特性が問題になる。図3には内面にTiNコーティング処理したものと未処理のステンレススチールパイプ(AISI 314)の摩耗特性を評価した結果を示す。試料にOscillating-Ball テスト(大気中)を行い、できた溝を表面段差計で測定した。未処理ではボールにより深い溝が形成しているが、TiNコーティングにより処理したものはほとんど傷が付いていないのが分かる。
 
 本方法で作製したコーティング膜は腐食試験や摩耗特性試験中に剥がれることはなく、ミキシング効果のために十分な密着度が得られていることを示している。また、もう一つのユニークな点として、多少でこぼこがあっても、ビームの陰ができることによる非コーティング部分が少ないことである。これはターゲットを移動させながらコーティングするためにビームの陰が出来にくいためである。

コメント    :
 チューブなどの内面へのイオンビームによる表面改質は切望されていた技術であり、本方法は興味深い新しい技術である。多くの実用的な部分での適用が考えられ、従来の大きな問題点が氷解するかもしれない。但し、対象物の大きさにあった専用の装置が必要で、まだコストなどいろいろ考えなければならない問題点もある。また、イオンビームを輸送するため、コーティングできるチューブの長さが自ずと決まってくる。

原論文1 Data source 1:
Corrosion and wear protection of tube inner walls by ion beam sputter coating
W. Ensinger
University of Augsburg, Institute of Physics
Surface and Coatings Technology, 86/87 (1996), 438-442

キーワード:イオンスパッタリング、スパッタリング被覆、チューブ内壁処理、TiN、TaN、耐腐食性、耐摩耗性
ion beam sputtering, sputtering coating, inner wall coating, TiN, TaN, corrosion protection, wear protection
分類コード:010304, 010302, 010103

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