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作成: 1997/11/22 堀野 裕治

データ番号   :010082
イオンビームミキシング法による切削工具へのTi-N膜コーティング
目的      :イオンビーム混合法によるTi-Nコーティングによるドリルなどの切削工具の性能向上
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :イオンビーム加速器(40kV、20mA)、電子ビーム蒸発器(2kW)
フルエンス(率):< 1X1022 ions/m2
利用施設名   :奈良県工業技術センターイオンビームミキシング装置
照射条件    :真空中、450℃以下
応用分野    :表面被覆、耐摩耗性コーティング、切削工具の性能改善、切削工具の長寿命化、

概要      :
 イオンビーム照射と金属蒸着を同時に行うイオンビームミキシング法によって、切削工具をTi-N系膜で表面被覆処理し、表面硬さ、耐摩耗性、切削性能などを改善することができる。皮膜と材料基板との間にイオンビームによる混合相が形成され、両者の間の密着性が桁違いに大きいことなどが特徴である。皮膜の性能はエネルギー、電流値と蒸着量の比等処理条件や形成される相に依存しており、目的に応じて処理条件を抑えておく必要がある。

詳細説明    :
 
 イオンビームミキシング法(IBM)はイオンビーム照射と金属蒸着とを同時に行い、材料基板表面にTiNなどの高性能皮膜を形成し、長寿命化、切削性能向上などを目的として表面処理を施す方法である。


図1 イオンビームミキシング装置の概略(原論文1より引用)

 図1に典型的なイオンビームミキシング装置の概略を示す。イオン源は窒素などのガス用のバケット型(大電流、数100cm2の処理に対応)で、イオンビームが試料基板に対して垂直入射する位置にあり、チタンなどの電子ビーム金属蒸着源は基板表面に対して、45度の位置にある。通常、イオンビ-ムのエネルギーは0.2から40keVである。ファラディーカップによるイオン電流測定と水晶振動子による膜厚測定により、電流値と蒸着量の比(イオン金属供給比、N/Ti)をモニターする。イオンビームの衝突カスケードにより皮膜と基板との間に混合相が形成され、それが両者の間の密着度を大幅に強めている。また、イオン金属供給比を比較的容易に制御することができるのが特長であるとともに形成される皮膜の相及び性能はその比に大きく依存している。


図2 IBM処理条件とダイナミック硬さとの関係(原論文2より引用)

 ここで用いた基板材料は球状化焼きなまし処理を施した直径20mmの高速工具鋼SKH51を厚さ5mmに切断したものである。それに所定の熱処理を施して63HRCに調質し、鏡面研磨仕上げを施した後、有機溶剤で超音波洗浄を施した。図2は蒸着速度とイオン電流密度による生成相とダイナミック硬さの関係を示す。相はX線回折、硬さの測定にはダイナミック超微小硬度計を使用した。稜間角115度のダイヤモンド製三角錘圧子を用い、測定は荷重0.5gf、負荷速度14.5mgf/s、保持時間10秒で、各試料について任意の10点で測定を行い、その平均値を硬度とした。この際の圧子の押し込み深さは0.09〜0.25ミクロンの範囲で、SEMで観察した皮膜の厚さの1/10〜1/4に相当し、測定したダイナミック硬さは基板の硬さの影響を受けていないものと考えられる。図よりイオン金属供給比により、1)TiN単相膜、2)TiN相とTi2N相との二相混合膜、3)TiN相、Ti2N相、Ti相との三相混合膜の3種類の生成皮膜が形成される。硬さに関しては、この実験条件ではTi単相膜が生成したときに高いダイナミック硬度を示し、また、同じTiN単相膜であってもイオン金属供給比によってダイナミック硬度に差が認められる。


図3 N/Ti供給比の平方根とN/Ti比との関係(原論文1より引用)

 図3はイオン金属供給比の平方根とXPS法によって決定した皮膜のN/Ti比との関係を示す。図から2つのパラメーターの間に傾きが約1.5の直線関係が認められる。ここで用いているイオンビーム源は質量分離器を有していない。そのためN+とN2+(N+:N2+〜4:6)イオン及びN2(非イオン化ガス)も成膜に関与しいる。そのため窒素ガスの流量調整により真空容器内を所定の圧力に保つ必要があるが、窒素イオン電流、Tiの蒸着速度を制御することにより図3の関係から目的とするN/Ti比を持つTi-N膜を作製できる。
  
 イオンビームミキシング法により高速度工具鋼(SKH51)製ドリルの表面にTiN単相膜を形成し、切削性能について検討した結果、切削速度40m/min、送り量が0.12mm/revでは、穴あけ総長さ(被削材の厚さx切削穴数)はダイナミック硬さが高い膜の場合、最大で未処理ドリルの20倍まで長くなることなどがが明らかになっている。
  

コメント    :
 イオンビームミックミキシング法は、皮膜と基板との密着性が非常に良く、また、電流、蒸着量を制御することで幅広い組成制御ができるのが特長である。まだ高コストなのが難点だが、付加価値が高く、ドリルなどの工具のみならず、回転物の軸受けなど実際の工業製品に広く使用されている。また、Ti-N膜は適当に組成を選べば金色を呈し、時計バンド、ひげ剃りなど装飾用にも応用されている。

原論文1 Data source 1:
イオンビームミキシング法によって作製したTi-N膜中の生成相の領域に及ぼす作製条件の影響
荒木 弘治、谷口 正、三木 靖浩、近藤 喜之、薬師寺 正雄
奈良県工業技術センター、関西大学工学部
熱処理, 36巻, 5号(1996), 342-348

原論文2 Data source 2:
イオンビームミキシング法によって作製したTi-N膜のダイナミック硬さ
荒木 弘治、三木 靖浩、谷口 正、近藤 喜之、薬師寺 正雄
奈良県工業技術センター、関西大学工学部
熱処理, 37巻, 4号(1997), 238-242

キーワード:イオンビームミキシング、IBM、Ti-N膜、ダイナミック硬さ、耐摩耗性、表面コーティング、高速工具鋼、SKH51
ion-beam mixing, IBM, Ti-N film, dynamic hardness, wear strength, surface coating, high speed steel cutting tools,
SKH51
分類コード:010304, 010103, 010302

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