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作成: 1997/12/30 堀野 裕治

データ番号   :010080
滑りベアリングに応用したダイナミックミキシング法によるTiN膜の摩擦特性
目的      :ダイナミックミキシング法により形成したTiN薄膜の摩擦特性改善の実例
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :バケット型イオンビーム源 (10keV, 0.2mA/cm2)
フルエンス(率):0.2mA/cm2
利用施設名   :荏原総合研究所、ダイナミックミキシング装置
照射条件    :真空中、室温
応用分野    :表面コーティング、工具等の性能改善、耐摩耗性コーティング、軸受け等の回転機械の性能改善、長寿命化

概要      :
 イオンビーム混合法によるTiN膜コーティングを実際の回転機器部材へ適用するため、TiN膜コーティングしたステンレス鋼と鋳造鋼との間の摩擦特性を実用の滑り条件下で測定した。窒化した工具鋼(AISI420SS)、又は窒化したモリブデン鋼(41CrAlMo74)と鋳造鋼との組み合わせの場合との比較をした結果、TiN膜コーティングした方が窒化した2つの鋼より焼き付き及び耐疲労特性において優れていることが明らかになった。

詳細説明    :
  
 イオンビーム混合法(イオンビームダイナミックミキシング法)はイオンビーム照射と金属蒸着とを同時に行い、材料基板表面にTiNなどの高性能皮膜を形成し、切削性能向上、摩擦・摩耗特性向上などを目的として表面処理する方法である(関連抄録010082参照)。ここでは実際の回転機器部材への適用を行うため、イオンビーム混合法によりTiN膜コーティングしたステンレス鋼と鋳造鋼との間の摩擦特性を実用の滑り条件下で測定した。比較のため、硬い表面を持つ窒化した工具鋼(AISI420SS)、又は窒化したモリブデン鋼(41CrAlMo74)と鋳造鋼との組み合わせの場合も調べた。
  
1.実験方法
 使用した各鋼板は約1100℃で1時間焼鈍し、約600℃で2〜5時間エージングして冷却した。表面は表面荒さRaが0.05μm以下になるように研磨仕上げを行った。TiN膜はAISI420ステンレス鋼の上にコーティングした。成膜条件は、窒素イオンエネルギー:10keV、イオン電流密度:0.2mA/cm2、チタン蒸着速度:1.0-3.0nm/s、真空度:2.5x10-3Pa、TiN膜厚:4μmである。TiN膜のヴィッカース硬さは3000-3500kgf/mm2、密着力は2.84GPaが得られ、通常のイオンプレーティング法によって形成したTiN膜より1.5〜2倍優れた値を示した。各鋼板の窒化はNH3ガス雰囲気中、又はNH3+H2のプラズマ中で、約500℃・30時間加熱することにより行った。窒化後の表面のヴィッカース硬さは41CrAlMo74鋼で1100-1250kgf/mm2、AISI420SS鋼で1100-1200kgf/mm2であった。


図1 Schematic diagram of sliding wear test in oil(原論文1より引用)

 図1に摩擦特性試験方法の概略を示す。試験では、直径50mmの試験材を回転リング、鋳造鋼を固定リングにして鉱物油の中に直接設置し、回転しながら負荷を加え、固定リングのトルクを測定した。鉱物油の温度は3℃/minの昇温速度で200℃まで加熱できる。摩擦係数μは次の関係から決定した。
μ=3ST/2πW(r13-r23)、ここで、Tはトルクの大きさ、Sは滑らす面積、Wは加えた負荷、r1は回転リングの直径、r2は固定リングの直径である。

2.実験結果


図2 The torque dependence of various surface modification materials paired with cast iron on surface contact pressure and startup-shutdown-cycle number(原論文1より引用)

 図2に各処理鋼板と鋳造鋼との組み合わせにおいて、負荷を増加しながら、立ち上げ・立ち下げの繰り返しを行ったときのトルクの変化を示す。最上部に負荷(接触圧力)を示している。窒化したAISI420鋼の場合、圧力が0.9MPaまではほぼ一定のトルクを示すが、1.2MPaでトルクが急激に増加した。よく似た特性を41CrAlMo74鋼でも示し、その臨界圧力は1.5MPaであった。一方、TiN膜コーティング処理した場合では接触圧力が5.4MPaまでは急激なトルクの上昇はなく、安定した特性を示した。


図3 The relationship between surface pressure and the friction coefficient of various surface modification materials paired with cast iron(原論文1より引用)

 図3に負荷を増加したときの摩擦係数μの変化を示す。TiN膜コーティング処理した場合、μは0.04-0.08と相対的に低い値を示す。窒化したAISI420鋼、41CrAlMo74鋼の場合では臨界接触圧力までは0.02-0.04とほぼ一定した値を示す。走査電子顕微鏡により摩擦特性試験後の表面を観察した結果、窒化したAISI420鋼、41CrAlMo74鋼の表面には回転方向に向かって付着した破片が観察された。Cr特性X線のマッピング観察より、その中にクロムが全く存在していないことから、固定リングの鋳造鋼から破片が付着したものと考えられる。実際、鋳造鋼表面には最大80μm深さの傷が観察された。一方、TiN膜コーティング処理した場合では、スクラッチ痕が観察されたものの、表面には鋳造鋼からの疲労破片は観察されず、鋳造鋼の疲労が最小であることが分かった。TiN膜コーティングした場合、窒化した2つの鋼より焼き付き特性と耐疲労性において優れていることが明らかになった。
  
◇フィールドテスト
 TiN膜コーティングを実際の地熱環境下で使用するdown-holeポンプのthrustベアリングに適用した。通常の窒化した41CrAlMo74鋼と鋳造鋼を用いたポンプでは、最大で0.5mm深さの傷が観察され、疲労付着に起因する焼き付けが生じていることが分かった。一方、TiN膜コーティング処理を施した場合、立ち上げ・立ち下げを7回繰り返し、470時間の稼働時間で鋳造鋼の疲労は最小であった。実際の使用条件で期待以上の安定した特性が得られることが分かった。
  

コメント    :
 イオンビーム混合法(ダイナミックミキシング法)は混合層を形成するため、皮膜と基板との密着性が非常に良く、また、電流、蒸着量等幅広い組成制御ができるのが特長である。そのため、まだ高コストなのが難点だが、ドリルなどの工具や回転物の軸受けなど使用環境の厳しい工業製品に広く応用されつつある。これからの応用に拡がりが期待される。

原論文1 Data source 1:
A Study of the Tribological Characteristics of Titanium Nitride Film Prepared by the Dynamic Ion Beam Mixing Method for Application on Sliding Bearings
H. Nagasaka and T. Koizumi
Ebara Research Co., Ltd
Materials Research Society Symposium Proceedings, Vol. 438 (1997), pp.651-656

キーワード:イオンビーム混合、表面改質、摩擦特性、Ti-N膜、表面コーティング、ダイナミック混合、軸受、IBM、
ion beam mixing, surface modification, frictional property, Ti-N film, surface coating, dynamic mixing, bearing, IBM
分類コード:010103, 010304

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