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作成: 1997/10/14 堀野 裕治

データ番号   :010076
ガスクラスターイオンビームによる材料表面加工
目的      :ガスクラスターイオンビームの生成と材料加工への応用及びその特徴
放射線の種別  :軽イオン,重イオン
放射線源    :イオン加速器(10kV, 30kV, 200kV)
フルエンス(率):1013-1016/cm2
利用施設名   :京都大学工学部付属イオン工学実験施設200keVガスクラスターイオン加速器
照射条件    :真空中、室温
応用分野    :超精密加工、浅いイオン注入、エッチング、表面研磨、薄膜形成

概要      :
 アルゴンなどの原子が数千個程度集まったガスクラスターイオンビームを材料加工に応用する場合の低エネルギーイオン衝突効果やラテラル(基板に平行な)スパッタリング効果などの基本特性を理論計算とともに示した。さらに、実際の材料表面加工への応用例を示し、極低エネルギーイオンビームデポジション、低チャージアップ、低損傷表面クリーニング、浅い注入など、従来法では難しい、特徴を持った材料プロセスを提案している。

詳細説明    :
 
 ここで用いているガスクラスターイオンビームはアルゴンなどのガス原子が数千個程度集まった原子の集団を電子線等でイオン化して、電場により加速したものである。ウィーンフィルター(電場と磁場を組み合わせたもの)などにより、大まかなクラスターサイズを選ぶことができる。


図1 Schematic of typical surface interactions and applications of gas cluster ion beam technique.(原論文1より引用。 Reproduced from Materials Science and Engineering A217/218 (1996) 82-88, Fig.1(p.82), Isao Yamada, Application of gas cluster ion beams for materials processing; Copyright(1996), with permission from Elsevier Science.)

 図1にガスクラスターイオンビームを材料表面に照射した概念図を示す。ガスクラスターイオンビームを固体表面に照射すると、固体表面の数十から数百の原子は、一度に何千個の巨大原子集団の衝突を受ける。これは、従来のイオンビーム技術では実現できない超高密度のイオン照射である。そのため、クラスター構成原子同士やクラスター構成原子と基板原子との間で多体衝突が顕著になり、低エネルギー効果やラテラルスパッタリング効果などきわめて特長のある衝突過程を示す。ガスクラスターイオンビームを材料プロセスに用いた場合の特長をまとめると、
  
(1)一原子あたりのエネルギーは低く、極低エネルギーイオンビームの場合と同様の効果が期待できる。
(2)質量対電荷の比が大きく、空間電荷効果の影響を受けずに、等価的に大電流輸送ができる。また、絶縁物に照射した場合のチャージアップも低減できる。
(3)多体衝突のために、基板に平行な方向のスパッタリング(ラテラルスパッタリング効果)が現れ、精密加工が可能になる。
などを挙げることができる。
 以下に、ガスクラスターイオンビームを材料プロセスに用いた応用例を示す。
 
1.薄膜形成
 クラスターイオンビームは、大電流の低エネルギーデポジションと等価で、基板表面での薄膜形成が可能である。例えば、サイズが約500個以上の酸素やCO2クラスターイオンビームを10kVで、シリコン、チタン、ベリウム基板などに照射量1X1016ions/cm2程度で照射すると、酸化層を形成できることを確認した。シリコン基板の場合、TEMの観察で、約8nmのSiO2ができ、SiとSiO2との界面は非常に平坦であることが明らかになった。一方、単原子イオンビームを用いた場合、約12nmのダメージ層ができ、界面は平坦ではないことが分かった。


図2 FT-IR spectra of SiO2 films formed by 10keV CO2 cluster ion irradiation. Spectra for thermally grown SiO2 and native oxide are also shown for comparison.(原論文2より引用)

 図2にCO2クラスターイオンビーム(加速電圧10kV、照射量2X1015ions/cm2)を室温でシリコン基板に照射した試料、熱酸化(> 700℃)でSiO2を5nm形成した試料及び1.5nmの自然酸化膜を持つ試料のSi-O-Si吸収帯付近のFT-IRスペクトルを示す。この結果から、クラスターイオンビームにより、室温でも熱酸化と同様の酸化層を形成できることが明らかになった。

2.表面平坦化
 シリコン基板上に蒸着した銅薄膜にサイズが約3000個のアルゴンクラスターイオンビームを20kVで照射し、表面の平均荒さ(Ra)を測定した。


図3 Average surface roughness of Cu films deposited on Si substrate as a function of fluence of 20 keV Ar-3000 cluster ion beams.(原論文2より引用)

 図3に平均荒さ(Ra)のクラスターイオン照射量依存性を示す。照射しない場合はRaは約6nmであるが、照射量が大きくなるに従い、平均荒さは約1nmまで減少することが分かる。単原子イオンビームを用いた場合、平均荒さは約5nmまでの減少にとどまり、照射量の増加とともに荒さが増加することが明らかになった。クラスターイオンによる表面平坦化プロセスはガラス基板、ステンレス基板、ニッケルやダイヤモンドなどでも確認している。このクラスターの特長はラテラルスパッタリング効果によるもので、低損傷の基板表面クリーニング(不純物除去)にも応用できる。
 
 その他に、半導体プロセスで要求されていて、単原子イオンビームでは制御が困難な非常に浅い領域へのイオン注入にはクラスターイオンビームが有効であると考えられている。また、多体衝突により、スパッタリング収率が桁違いに大きくなるなど、ガスクラスターイオンビームが材料表面の超精密加工に有望であることが明らかになっている。

コメント    :
 金属等のクラスターイオンビーム技術は従来から材料合成等での特長が示されて来たが、ガスクラスターイオンビームによる表面加工は新しく且つ将来性のある技術である。装置技術も進歩しており、コストが折り合えば、実用技術として様々な方面での応用が期待できる。

原論文1 Data source 1:
Application of gas cluster ion beams for materials processing
Isao Yamada
Ion Beam Engineering Experimental Laboratory, Kyoto University
Materials Science and Engineering A217/218 (1996) 82-88

原論文2 Data source 2:
ガスクラスターイオンビーム:その生成と応用
山田 公
Ion Beam Engineering Experimental Laboratory, Kyoto University
真空 第39巻 第10号 (1996)481-487

キーワード:クラスターイオン、イオンビーム、表面加工、材料加工、
cluster ion, ion beam, surface modification, modification of material
分類コード:010102, 010304

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