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作成: 1997/09/12 石垣 功

データ番号   :010070
電子線照射ポリエチレンの電荷蓄積と絶縁破壊
目的      :電子線照射による電荷蓄積と絶縁破壊の関係の解明
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(500 keV、25 mA)
線量(率)   :15 Mrad (150kGy)
照射条件    :室温下、大気中
応用分野    :電線絶縁被覆材

概要      :
 ポリエチレンのように電気絶縁性の高い高分子材料に、電子線を照射した場合には、電荷が蓄積され易く、局部的な絶縁破壊が発生することが知られている。この照射時に絶縁体中に蓄積される電荷と絶縁破壊との関係について、試料の性状(絶縁厚、結晶性)と熱刺激電流などとの相関が詳細に検討されている。

詳細説明    :
 
 ポリエチレンやポリ塩化ビニルのような高分子材料を絶縁被覆材に用いた電線・ケ-ブルを、自動車のエンジンル-ムやテレビ受像機の内部のように高温雰囲気下での配線材料として用いるためには、絶縁被覆材に耐熱性を付与する必要があり、そのために、電子線による照射橋架けが有用で有り、広く用いられている。しかし、ポリエチレンのように電気絶縁性の良好な高分子に電子線を照射した場合には、空間電荷が蓄積し易く局部破壊(絶縁破壊)が発生することが知られている。
 
 ポリエチレンの電子線照射による電気特性の変化では、電子線照射により、絶縁破壊電圧(AC BDV)が若干低下し、特に絶縁厚1.55 mm 以上では、極端に低下する(図1)が、tan δ及びεは照射前後で大きな差はなく、体積固有抵抗(ρ)が、照射することにより低下することが判明した。


図1 Effect of Irradiation on AC B.D.V.(原論文1より引用)

 このように電子線照射によりある絶縁厚以上になると耐電圧特性が著しく低下することから、ポリエチレンの結晶性と電荷蓄積との相関を熱刺激電流(TSC) を用いて検討した。照射及び非照射試料のTSC 測定では、(図2)に示すように、照射電線には40℃近傍にTSC のピ-クがあるが、非照射試料には無く、また、照射電線をTSC 測定後冷却し再測定した場合には、ピ-クは完全に消滅していることから、照射により絶縁体中に注入された電子が空間電荷として蓄積残留するものと考えられる。


図2  照射電線のTSC(熱処理なし)(原論文3より引用)



図3  徐冷によるTSCピ-ク面積の変化(原論文2より引用)

 ポリエチレンの結晶性と電荷蓄積の関係では、結晶化度が高いほどTSC 面積が大きく電荷蓄積が大きいことが判明した。さらに、試料作成時に冷却条件を急冷、徐冷の2通りとした結晶構造の異なる試料では、(図3)に見られるように結晶化度の低い低密度ポリエチレンでは、結晶化度の変化は僅かであるにも拘らず、TSC 面積は大きく増加した。一方、高密度ポリエチレンでは、結晶化度が増加してもTSC ピ-ク面積は殆ど変化なく、蓄積電荷の変化が小さい。これらのことから、単純に結晶化度だけでは蓄積電荷の増減は説明できず、冷却時の結晶構造、即ち、球晶構造の発達程度によっても影響されることが示唆される。さらに、TSC ピ-クとDSC(差動走査熱量計)ピ-クとの関係の検討結果などから、ポリエチレン中に注入された電子は、結晶と非晶の界面または、結晶中にトラップされていると考えられる。
 
 これらポリエチレン被覆電線及びシ-トの交流耐圧特性、熱刺激電流特性測定の結果をまとめると、(1) 電子線の加速電圧(透過力)が、絶縁厚以下の場合には、照射によりポリエチレン中に残留電荷が蓄積され、これによる誘起電界が生じ破壊電圧が大きく低下する(耐圧特性の低下)。(2) 結晶化度の低いポリエチレンは蓄積電荷が少なく、耐圧特性の良いことが期待できる。(3) 冷却条件によりポリエチレンの結晶性(結晶化度、球晶の大きさなど)は変化し、また注入された電子は、結晶表面または結晶中にトラップされることから、蓄積電荷量もこれらの影響を受け、低密度ポリエチレンと高密度ポリエチレンでは、その関わり方が異なる。

コメント    :
 電線絶縁被覆材としてのポリエチレン及びポリ塩化ビニルの高分子材の電子線橋架け技術は、高分子の放射線加工技術の中では最も早く工業的に実用化され、完全に定着した技術である。したがって、今日においては、電子線の照射条件や被照射体である高分子素材の種類、性状、添加剤等については、基礎的及び実用的にも研究開発はおおむねし尽くされた完成された技術であると云ってもよく、今後の画期的な改良や、新規な技術的展開は望めないのではないか。

原論文1 Data source 1:
電子線照射ポリエチレンの熱刺激電流
相原 貢、会田 二三夫、塩野 武男
昭和電線電纜株式会社
絶縁材料研究会 EIM-82, 77(1982)   

原論文2 Data source 2:
電子線照射架橋ポリエチレンの熱刺激電流(第3報-PEの結晶性との関連について-)
相原 貢、会田 二三夫、塩野 武男
昭和電線電纜株式会社
絶縁材料研究会 EIM-84, 94(1984)

原論文3 Data source 3:
電子線照射架橋ポリエチレンケ-ブルの電荷蓄積と絶縁破壊
相原 貢、会田 二三夫、塩野 武男、谷本 元
昭和電線電纜株式会社
絶縁材料研究会 EIM-87, 36(1987)

キーワード:電子線、橋架け、ポリエチレン、電荷蓄積、絶縁破壊、熱刺激電流
electron beams, crosslinking, polyethylene, accumulated electric charge, dielectric breakdown, thermally stimulated current,
分類コード:010205, 040504

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