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作成: 1996/10/01 武藤 利雄

データ番号   :010059
放射線照射によるフロン溶剤分解法の開発
目的      :放射線照射によるフロン溶剤分解処理法の開発。
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :コバルト-60(185TBq)
線量(率)   :0-8kGy
利用施設名   :東京都立アイソトープ総合研究所ガンマルーム
照射条件    :アルコール溶液(窒素通気したもの)
応用分野    :有機ハロゲン化合物の分解処理、難分解物質の分解処理、有機塩素系農薬の分解処理

概要      :
 ガンマ線照射により、フロン113(以下フロン)のアルカリ性アルコール溶液における分解処理方法を検討した。その結果、フロンは脱塩素反応により効率的に分解することがわかった。その分解効率はアルカリ性イソプロピルアルコール溶液で最も大きく、連鎖的に分解反応が起っているこるものと推定された。また、本法を実用化する観点から、他の分解処理方法とを比較し、その得失を明らかにした。

詳細説明    :
  
 洗浄剤や溶剤として使用されているフロンを中性またはアルカリ性(水酸化カリウムを使用)のアルコールに溶解した後、窒素を2〜3分間通気し、185TBqコバルト60線源を用いてガンマ線を照射した。照射後、ECD(電子捕獲型検出器)ガスクロマトグラフを用いて、フロンおよびその分解生成物を分析した。また、ガスクロマトグラフ質量分析計を用いて分解生成物の同定を行った。

1)水酸化物イオンの影響:
 フロンの中性およびアルカリ性アルコール溶液中での脱塩素効率(G値)を表1に示す。アルカリ性アルコール溶液中でのG値は中性の場合に比べて大きく増加した。フロンの分解効率は、イソプロピルアルコール溶液の場合が最も大きく、中性の場合に比較しておよそ100倍であった。照射前後の試料の様子を図1に示した。照射後の試料に見える白い沈殿は析出した塩化カリウムである。これらの結果から、アルカリ性イソプロピルアルコール中ではフロンの分解は極めて効率的に進行し、連鎖的に放射線分解反応がおこるものと推定される。

表1 ガンマ線照射による各種アルコール溶媒中におけるフロンの脱塩素効率(G値)(原論文2より引用)
-----------------------------------------
           CH3OH    CH3CH2OH   (CH3)2CHOH
-----------------------------------------
アルカリ性   42      200        1100
中   性    5.3     5.6         7.4
-----------------------------------------
フロン113濃度:0.17mol
アルカリ濃度 :0.3mol  KOH


図1 フロンのアルカリ性イソプロピルアルコール溶液のガンマ線照射前後における変化(原論文1より引用)

2)分解生成物:
 アルカリ性イソプロピルアルコール溶液中でガンマ線照射したフロンをガスクロマトグラフ質量分析計によって分析した結果、フロン123(フロン113に結合している塩素原子1個が水素原子と入れ替わったもの)が生成することが明らかになった。図2にガンマ線照射したアルカリ性イソプロピルアルコール溶液中でのフロンとその分解生成物について、吸収線量の増加による変化を示す。この結果から、吸収線量の増加に伴ってフロンのピークは急激に減少する一方、分解生成物であるフロン123は一度増加するが、吸収線量がさらに増加すると減少する。このほか、塩化物イオンの生成と水酸化物イオンの減少がほぼ対応している、酸素が存在すると連鎖反応はほとんど起こらない、フッ化物イオンの生成はほとんどない、アセトンが生成する、などの現象が認められた。


図2 アルカリ性イソプロピルアルコール中でのガンマ線照射によるフロンの分解とフロン123の生成(原論文2より引用)

3)反応機構の推定:
 これらの事実から、次のような反応過程でフロンの分解反応が進むものと推定される。すなわち、はじめに放射線照射によって生成するラジカルがイソプロピルアルコール分子から水素原子を引き抜く反応が起こり、水酸化物イオンの存在により、イソプロピルアルコールのラジカルはラジカルアニオンを生成する。このラジカルアニオンからフロンに電子移動が起こり、さらに炭素原子と結合している塩素原子が塩化物イオンとして脱離反応を起こすものと考えられる。生成したフロンのラジカルは、溶媒であるイソプロピルアルコールから水素を引き抜き、二塩素化物に変化するものと推定された。

4)各種処理法との比較:
 フロンの分解処理法として放射線法のほか、焼却法、プラズマ焼却法、超臨界加水分解法、還元分解法などがあり、これらの分解法と放射線法を比較した。燃焼法など酸素と反応させる酸化分解法はフロンの分解生成物である塩化水素、フッ化水素、一酸化炭素など毒性の高いガスが生成するため、排ガス処理が不可欠となる。
 
 一方、試薬や放射線などにより脱塩素反応させる還元分解法は分解効率が酸化分解法に比して低く、処理コストが高い、設備投資が高価であるなどの問題点がある。いろいろな分解法の中でも酸化分解法である燃焼法は処理コストも安く、既存の設備が使えるなど経済性の観点からは有利である。放射線法を含む還元分解法は設備投資が必要であること、処理コストが高いなど問題点はあるが、生成物の再利用が可能であること、有毒性の排ガスの心配がほとんどないなどの特長がある。また、還元分解法は有機塩素系溶剤をはじめとするさまざまな有機ハロゲン化合物に対して有効であると考えられる。

コメント    :
 フロンはオゾン層破壊の原因物質であり、その分解処理技術の開発は緊急の課題である。放射線による本分解処理法は従来の燃焼法に比べて、(1)塩化水素ガスや一酸化炭素などの有害物質の発生がなく、(2)短時間で連続的な処理が密閉系で行え、(3)小規模な設備でも可能であり、(4)ハロンやトリクロロエタンなどの有機塩素系の有害物質の分解処理にも応用できる、等の特長がある。ガンマ線源を使用するため、法規制やコスト等の問題がある。これらの問題点を回避または軽減するため、照射線源として電子線の利用も考えられ、実用化に向けて更なる検討が望まれる。

原論文1 Data source 1:
フロン113の放射線分解(I)
中川 清子、下川 利成、澤井 照子
東京都立アイソトープ総合研究所
東京都立アイソトープ総合研究所年報(平成3年度),52-53(1993)

原論文2 Data source 2:
フロンの放射線分解(II)
下川 利成、中川 清子、澤井 照子
東京都立アイソトープ総合研究所
東京都立アイソトープ総合研究所年報(平成4年度),43-45(1994)

原論文3 Data source 3:
フロンの放射線分解(III) -放射線照射による連鎖脱塩素反応-
下川 利成、中川 清子、澤井 照子
東京都立アイソトープ総合研究所
東京都立アイソトープ総合研究所年報(平成5年度),46-47(1995)

原論文4 Data source 4:
放射線照射によるフロン分解法の開発
下川 利成、中川 清子、澤井 照子
東京都立アイソトープ総合研究所
東京都立アイソトープ総合研究所研究報告 第12号,67-70(1995)

原論文5 Data source 5:
放射線照射によるフロン溶剤分解法の開発
下川 利成、中川 清子
東京都立アイソトープ総合研究所
原子力工業 第41巻 第7号,15-19(1995)

キーワード:フロン113、ガンマ線照射、分解、イソプロピルアルコール
chlorofluorocarbons, gamma-iraadiation, decomposition, isopropyl alcohol
分類コード:010505

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