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作成: 1997/01/08 堀野 裕治

データ番号   :010052
電子線による熱処理を伴った物理的蒸着法による窒化チタンコーティング
目的      :電子線照射を用いた表面処理によるコーティング膜の密着性向上
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子銃(12kV、100mA)
線量(率)   :20-600W/cm2
利用施設名   :Stiftung Institut fur Werkstofftechnik
照射条件    :真空中
応用分野    :耐食性向上、耐磨耗性向上、耐久性向上、表面装飾

概要      :
 耐磨耗性向上を目的に窒化チタン膜をコーティングする際、膜と基板との間の密着性を向上するために電子線を照射して基板表面を昇温し、蒸着を行った。引っ掻きテストにより密着性を調べた結果、成膜開始時の表面温度が高い方が密着性が良いことが明らかになった。本方法により容易に表面を加熱することができ、成膜中でも、間隔などを容易に変化させることもできるのが特長である。

詳細説明    :
 
 材料の耐磨耗性、耐食性などを向上するために物理的蒸着法で窒化チタン(TiN)などの高硬物質をコーティングする場合、コーティング膜と母材との間の密着性を良くするために、母材の温度を400から500℃程度にする。著者は母材を昇温する方法として、電子ビームを用いた昇温法を適用した。本方法は、蒸着過程に独立した昇温や昇温速度、最終的な温度などを広範囲に制御することができる特長がある。さらに、温度の効果だけでなく、昇温と蒸着とを交互に行うことにより、膜の成長や組成に効果を及ぼすことができる。また、被コーティング材のみを昇温でき、真空槽の壁等よけいな部分の昇温が少ないため、真空度の悪化を抑えることができる。本稿では、1)蒸着前の電子線照射、2)蒸着と電子線照射を交互に行った場合について、母材とコーティング膜との密着性への影響等を調べた結果を示す。

実験:
 実験装置の概略を図1に示す。


図1 Schematic overview of the sputtering unit with integrated electron beam source. (原論文1より引用。 Reproduced from Materials Science and Engineering, A140, 639-646(1991), Fig.1(p.640), A. Schulz, H.-R. Stock and P. Mayr, Physical vapour deposition of TiN hard coatings with additional electron beam heat treatment; Copyright(1991), with permission from Elsevier Science.)

 チタンの蒸着にはアルゴンによる直流スパッタリング蒸着装置を用いた。TiNを反応性スパッタリングで蒸着するため、コンピューター制御された流量調整装置でアルゴンガスと窒素ガスを真空槽内へ導入する。蒸着中のアルゴン、窒素及び水の分圧を質量分析器によりモニターしている。電子ビーム源は試料の表面に対して角度40度の位置にある。加速電圧は12kVで、最大出力は6kW。ビームの集束やX、Y方向への偏向が可能である。図1にあるようにビーム電流と照射時間はコンピューターにより制御されている。ここでは母材試料には高速鋼(M2)を用いた。母材表面は脱脂処理を行い、真空槽に装着する。真空槽の到達真空度は2×10-4Paである。蒸着直前に2kWの高周波スパッタリングにより、母材表面を清浄化する。

結果:
1)「蒸着前の電子線照射」の結果:
 密着性を評価するために、ダイヤモンドコーンで引っ掻きテストを行った。図2には光学顕微鏡の観察により決定した臨界負荷Lc(膜が剥がれ始める際のコーンへの荷重)と蒸着開始時の母材温度との関係を示す。


図2 Scratch test of a 3.6 micron meters TiN layer on M2 versus temperature at the start of deposition.(原論文1より引用。 Reproduced from Materials Science and Engineering, A140, 639-646(1991), Fig.5(p.641), with permission from Elsevier Science.)

 温度が260から430℃以下では、温度が高くなるとLcが2倍以上大きくなるのが分かる。この理由は電子線照射により表面上に付着している汚染物質が除去されたり、鉄酸化物をTiNと同じNaCl型FeOに変えることなどが考えられる。温度が430℃以上になるとLcは減少する傾向にある。これはビッカース法で測った母材表面の硬さが430℃以上になると減少するのと対応している。X線法で測定したTiN膜中の応力は蒸着開始時の母材温度が高くなるに従って、圧縮応力が4000Nmm-2まで増加することが分かった。
  
2)「コーティングと電子線照射を交互に行った場合」:
 追加のビーム照射を伴わない場合と比較して、窒素の含有割合が若干低くなることが分かった。引っ掻きテストの結果では、図3に示すように、交互に電子線照射を行った場合の方が臨界負荷Lcは高くなるのが分かる。一方、母材の表面硬さは低い。これは1)の場合と同様で、母材の温度が短い時間ではあるが、材料自体の臨界温度を越えたためと考えられる。


図3 (a) Scratch test and (b) substrate hardness of the four-layer TiNx coating(comparison of PVD/EB and PVD).(原論文1より引用。 Reproduced from Materials Science and Engineering, A140, 639-646(1991), Fig.12(p.643), with permission from Elsevier Science.)

 以上のように、物理的蒸着法で窒化チタンなどの高硬物質をコーティングする場合、電子線照射による母材表面の温度制御がコーティング膜の密着性や膜質の向上に有効であることが明らかになっている。

コメント    :
 原因の追求が足らないが、大変興味深い結果である。表面処理の方法としてイオンビーム照射やレーザー照射などが考えられるが、比較的安価な低電圧の電子線源で大きな効果を得ることができ、実用化にも近い。

原論文1 Data source 1:
Physical vapour deposition of TiN hard coatings with additional electron beam heat treatment
A. Schulz, H.-R. Stock and P. Mayr
Stiftung Institut fur Werkstofftechnik, Badgasteiner Str. 3, W-2800 Bremen 33 (F. R. G)
Materials Science and Engineering, A140, 639-646(1991).

キーワード:電子線照射,物理蒸着,窒化チタン,表面処理,表面コーティング,表面加工
EB、PVD、TiN、surface treatment、coating、surface modification
分類コード:010302、010304

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