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作成: 1997/03/01 佐々木 隆

データ番号   :010044
熱可塑性プラスチック複合材の電子線架橋
目的      :プラスチック複合材料製造の高速化、材料の高機能化
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(1.5MV、75kW、1.2m巾)
線量(率)   : - 100 kGy(正確な値不明)
利用施設名   :Hardie Irrigation Systems, Inc. (El Cajon, CA, USA)
照射条件    :空気中、室温
応用分野    :耐熱性エンジニアリングプラスチック、構造部材

概要      :
 熱可塑性プラスチック複合材の強度を向上させる目的で、電子線(EB)照射による架橋を試みた。第一段階として、引張り試験によって評価した結果、物性改善にはポリエーテルエーテルケトン(PEEK)の方がポリフェニレンスルフィド(PPS)より高線量を要した。また、補強材として炭素繊維を用いるとガラス繊維の場合より高線量を要した。線量測定結果にばらつきがあるため、正確な評価はできないが、電子線照射は物性改善に有効な方法と思われる。

詳細説明    :
 
 繊維強化複合材の母材(マトリックス)には、熱硬化性樹脂、あるいは熱可塑性樹脂(プラスチック)が多用されている。熱硬化性樹脂を用いる場合には、成型時に硬化、すなわち分子相互の架橋反応を起こさせるので、強靭化されるだけでなく、耐熱性も一般的に向上する。しかし、成形自体は、数時間にわたり、高温、高圧にする必要がある。一方、プラスチックでは、成形が容易であり、また、再加工もできるが、熱硬化性樹脂にくらべて、物理的特性、耐熱性に劣る。
  
 一般の(複合材でない)プラスチック成形体については、電子線架橋は工業的プロセスとして定着している。電子線架橋の大きな特徴は化学架橋にくらべて生産性が極めて高いことで、また装置の起動、停止なども簡単に行えることである。電子線架橋することによって、プラスチックは加熱による再加工はできなくなるが、熱硬化性樹脂と同様な機械的物性を示すようになる。しかし、プラスチック複合材系については、電子線架橋を試みた例は少ない。そこで、耐熱性プラスチックであるPEEK及び PPSの複合材について、電子線架橋の可能性を検討した。補強材として、ガラス繊維(GF)と炭素繊維(AS4)を用いた。PEEKについては、GFとの複合化が困難なため、AS4との組み合わせのみとした。
  
 実験は、試料の厚さ、電流値、照射時間をパラメーターとして実験計画法的に行った。試料は、それぞれの樹脂と補強材との予備混合物(プリプレグ)シートを、PEEKについては725°F(380℃),80psi, PPSについては650°F(343℃)、80psiの条件で所定枚数(8,12,16)それぞれ積層して調製した。照射は、試料を固定し、電流値を2、4、6mAと変化させ、シャッター方式で所定時間(2、3、4s)行った。この際、吸収線量を評価するため、試料下部にフィルム線量計を貼付した。照射効果は13mmWx25cmL (ゲージ長さ、7インチ)の試料の引張り試験によって行った。
  
 照射試料の総数は30片であるが、この内PEEK系で4片、PPS系で2片が試験機の固定治具に固定するために試験片に取り付けたタブ部分で破壊したため、破断強度は求められなかった。図1に8枚積層PPS複合材について、照射時間と強度の関係を示す。


図1 照射時間と破断強度(PPS)の関係. (原論文1より引用。 Reprinted by kind permission from the Society for the Advancement of Material and Process Engineering (SAMPE). A.Brent Strong, Steven R.Black, G. Rex Bryce and Dennis D. Olcott: Crosslinking of thermoplastic composites using electron beam radiation, Sampe Quaterly, 22, No.4(July), 45-54(1991), Figs.3,4(p.51).)

 この結果から、電流値に関係なしに、照射時間とともにGF補強複合材では強度がやや低下する傾向があるが、AS4では2sの照射で、かなりの強度増大が認められる。このような差があるのは、架橋、あるいは分解という放射線照射効果に対してAS4は遮蔽効果をもち、GFはないのかも知れない。あるいは、GFは放射線照射により劣化することも考えられる。吸収線量は本来、同一試料に関しては電流値、照射時間にそれぞれ比例する筈であるが、かなりのばらつきがあった。例えば、図1のPPS/GF系については、2mAのとき2sで3.1Mrad (31kGy, 1Mrad=10kGy)、 4sで3.8Mrad、また、 6mAのとき2s で6.4Mrad、 4sで6.4Mradと全く比例関係が認められない。PPS/AS4、 PEEK/AS4系についても、同様の矛盾する線量測定結果を得た。このような問題は残るが、線量測定結果を基準にして、破断強度をプロットすると、図2のようになる。


図2 吸収線量と破断強度の関係 (1MGy=10kGy). (原論文1より引用。 Reprinted by kind permission from the Society for the Advancement of Material and Process Engineering (SAMPE). A.Brent Strong, Steven R.Black, G. Rex Bryce and Dennis D. Olcott: Crosslinking of thermoplastic composites using electron beam radiation, Sampe Quaterly, 22, No.4(July), 45-54(1991), Fig.5(p.51).)

 図2から次のことが分かる。PPS/GF系は照射によりやや強度低下があるが、線量が増大してもほぼ一定の強度を保つ。PPS/AS4系は多少ばらつきはあるが、線量とともに強度向上の傾向が認められる。PEEK/AS系では、10Mrad以内の線量範囲では、物性変化はあまり認められない。以上の結果をまとめると、特にPPS/AS4系のプラスチック複合材で電子線架橋による機械的特性向上の可能性を見出した。剪断強度、圧縮強度に対する照射効果を現在測定中であり、さらにに多くの因子について検討して照射による複合材の物性改善の可能性を追求したい。
  

コメント    :
 熱可塑性樹脂複合材に電子線架橋を適用するという着眼点は興味あるが、まだ予備検討の段階で、可能性を論ずる段階に至っていない。問題点として、選んだ樹脂が耐放射線性であること(数10kGyの照射では変化しない)、1条件1試料片で機械的強度評価をしていること、線量測定結果に正確度がない(測定方法が適切でない、または照射方法に問題がある)ことなどが指摘できる。

原論文1 Data source 1:
Crosslinking of thermoplastic composites using electron beam radiation
A.Brent Strong, Steven R.Black, G. Rex Bryce and Dennis D. Olcott
Bringham Young Univerity (Provo, Utah, USA)
Sampe Quaterly, 22, No.4(July), 45(1991)

キーワード:電子線,架橋,熱可塑性樹脂,ポリエーテルエーテルケトン,ポリフェニレンスルフ
ィド,ガラス繊維,炭素繊維
electron beam, crosslinking, thermoplastics, polyetheretherketon,
polyphenylene sulfide, glass fiber, carbon fiber
分類コード:010102

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