放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 1996/12/27 斎藤 恭一

データ番号   :010041
ポリエチレンへのアクリル酸の放射線グラフト重合によるイオン交換膜の作成
目的      :アルカリ電池に使う耐久性のあるセパレータの開発
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器
線量(率)   :50〜500kGy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所
照射条件    :窒素中、室温
応用分野    :アルカリ電池用セパレータ

概要      :
 アルカリ電池のセパレータとして現在使用されているセロハンには耐久性に問題がある。そこで、放射線前照射法によって、ポリエチレンフィルムにアクリル酸をグラフト重合したイオン交換膜の利用を提案する。高密度あるいは低密度ポリエチレンフィルムの厚さ、照射量、重合温度および重合時間を変えてグラフト重合を行った。比抵抗値、銀イオンの透過度ともにセロハンより低く、優れた膜を作成できた。グラフト重合膜の連続生産のためにスケールアップしたパイロット装置も設計した。

詳細説明    :
  
 放射線グラフト重合法では、放射線によって高分子基材全体にわたってラジカルが生じるので、モノマーの浸透しだいで表面付近だけにも、あるいは全体に均一にも重合を進めることができる。放射線グラフト重合法には、高分子基材をモノマー液に浸しておいてそこへ放射線を照射する同時照射法と、高分子基材を照射後にモノマー液に浸す前照射法とがある。
  
 酸化銀電池などのアルカリ電解液を使う電池のセパレータとしてセロハンがこれまで使われてきた。しかしながら、耐久性に問題があり、使用中あるいは保存中に膜が破損して性能が劣化してしまう。そこで、アクリル酸をグラフト重合したポリエチレンフィルムをアルカリ電池のセパレータとして利用することを提案する。
  
1.イオン交換膜の作成
 高密度ポリエチレン(HDPE)および低密度ポリエチレン(LDPE)フィルム(厚さ25ミクロン)に電子線を照射後、照射基材をアクリル酸水溶液(50wt%)に浸した。ホモポリマーの生成を最小にするためにアクリル酸水溶液にモール塩(2.5wt%)を添加した。同一の照射量(300kGy)では、HDPEフィルムと比較して、LDPEフィルムへのグラフト重合速度は大きく、最終グラフト率は低くなった。これは、モノマーのフィルム内部への拡散が速いこと、および低結晶化度のためラジカル密度が低いためである。電子線の照射量を50〜500kGyの範囲で変えて、重合速度と最終グラフト率を測定した。照射量の増加とともに重合速度も最終グラフト率も増加した(図1)。なお、反応温度を上げると、重合速度が上がるが、最終グラフト率は減少した。


図1 Logarithmic plots of rate and final grafting vs preirradiation dose(1Mrad=10kGy).(原論文1より引用。 Reproduced from Radiation Physics and Chemistry, Vol. 18, 899-905(1981), Fig.2(p.901), Ishigaki, I., Sugo, T., Senoo, K., Takayama, T., Machi, S., Okamoto, J., Okada, T., Synthesis of ion exchange membrane by radiation grafting of acrylic acid onto polyethylene; Copyright(1981), with permission from Elsevier Science. )

 
 厚さの異なる(30〜100ミクロン)LDPEフィルムへ300kGyの電子線を照射後、アクリル酸水溶液(50wt%)に浸した。フィルム厚さが増すとグラフト重合速度は下がったけれども、最終グラフト率は同一(約100%)となった。この結果を面積あたりの重合速度に変換すると、フィルムの厚さによらず重合速度が一致したことから、フィルム表面から内部へ向かってアクリル酸が拡散しながらグラフト重合が進むことがわかった。これは、水酸化カリウム水溶液(2.5%)で処理したアクリル酸グラフト膜の膜厚方向でのカリウムの分布をX線マイクロアナライザーを使って測定した結果からも支持された。最終的には、アクリル酸の重合は膜の中心まで達し、膜厚方向に均一なグラフト高分子鎖が形成された。
  
2.電気抵抗および銀イオン透過度の測定
 K型アクリル酸グラフト膜の電気抵抗を40%水酸化カリウム水溶液中で測定した。厚さの異なる(30〜100ミクロン)HDPEフィルムを基材にしたアクリル酸グラフト膜ではグラフト率が同一(80〜90%)なら比抵抗値は一定(16オームcm)であった。厚さ25ミクロンのHDPEフィルムへグラフト率を変えて重合し、その比抵抗を測定した結果、グラフト率60〜65%で、電池用セパレータとしてこれまで使用されてきたセロハンの比抵抗の値よりも低くなった(図2)。


図2 Relationship between film thickness and electric resistance.(原論文1より引用。 Reproduced from Radiation Physics and Chemistry, Vol. 18, 899-905(1981), Fig.6(p.903), with permission from Elsevier Science.)

 K型アクリル酸グラフト膜のAg(OH)2-イオンの透過度を測定した。アルカリ電池の正極からAg2Oがアルカリ水溶液に溶解してAg(OH)2-イオンが生じる。このイオンがセパレータを透過すると内部短絡が起き電池が劣化する。K型アクリル酸グラフト膜のAg(OH)2-イオンの透過度は、セロハンのそれより低い値となった(図3)。


図3 Relationship between electric resistance and permeability of Ag(OH)2-.(原論文1より引用。 Reproduced from Radiation Physics and Chemistry, Vol. 18, 899-905(1981), Fig.8(p.904), with permission from Elsevier Science. )


3.連続生産のためのグラフト重合装置の設計
 ビーカー規模の実験結果をスケールアップしてパイロットプラントを設計した。25〜150ミクロン、幅30cm、長さ100〜300mのフィルムへアクリル酸をグラフト重合できる装置をつくった。電子線照射、グラフト重合および乾燥という3つの工程を連続して行った。
  

コメント    :
 この論文が発表されてから15年が経った。現在、国内ではアルカリ電池のほぼ100%がこの論文で開発されたアクリル酸グラフト膜である。放射線グラフト重合法については、いまだに、コストが高いとか、再現性が低いとかいう誤解がある。これらの誤解をとくことのできるたいへん価値のある研究報告である。また、グラフト重合材料の実用化を進めるときにお手本となる論文である。

原論文1 Data source 1:
Synthesis of ion exchange membrane by radiation grafting of acrylic acid onto polyethylene
Ishigaki, I., Sugo, T., Senoo, K., Takayama, T., Machi, S., Okamoto, J., Okada, T.
Takasaki Radiation Chemistry Research Institute, Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki, Gunma 370-12, Japan
Radiation Physics and Chemistry, Vol. 18, 899-905(1981)

キーワード:ポリエチレン、アクリル酸、放射線グラフト重合、電池用隔膜、電気抵抗、銀イオン
polyethylene, acrylic acid, radiation grafting, battery separator, electric resistance, silver ion

分類コード:010201

放射線利用技術データベースのメインページへ