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作成: 1996/09/20 友松 功

データ番号   :010037
電子線照射を利用したガラス光導波路の作製
目的      :ガラスの屈折率制御とその応用
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(25keV)
フルエンス(率):0.1-1.7C/cm2
照射条件    :真空中、室温
応用分野    :オプトエレクトロニクス

概要      :
 電子線を照射することによって、ガラスの屈折率を増加させ、エッチング作業無しにガラス光導波路の作製が可能なことを確認した。屈折率変化は、シリカの場合には凝縮が、多成分ガラスの場合にはイオンの化学泳動が原因である。伝搬損失において、まだRIE(反応性イオンエッチング)等のエッチングを用いる手法からなる導波路には及ばない。また、500℃以上の高温アニールで屈折率変化が消失してしまうことが確認された。

詳細説明    :
  
1)目的
 ガラスに電子線を照射すると、屈折率が変化する。この現象を利用すると、エッチング作業無しにガラス光導波路を作製することが可能になる。本報告では、電子線照射による屈折率変化のメカニズムを探ると共に、その問題点の洗い出しを行う。
 
2)シリカの屈折率変化
 サンプルガラスとしては、PECVD(Plasma-enhanced Chemical Vapor Deposition)で、BNR Europe Ltd.(BNR),BT Laboratories(BT)で作製されたシリカを用いた。25keVで0.2C/cm2まで電子線照射を行ったところ、約5μm深さまで屈折率が変化していた。屈折率は、図1に示すようにBNRとBTの間で屈折率の変化方向が逆になった。


図1 Variation in the irradiation-induced refractive index change with irradiation dose for (a)BNR SiO2,(b)BT SiO2.Irradiations for (a),(b) were performed at 25keV.(原論文1より引用)

 これらのサンプルの厚み変化の測定も行ったところ、電子線照射によって屈折率が増加するBTでは厚みが減少し、屈折率が減少するBNRでは厚みが増大していた。このデータを厚み変化と屈折率変化でプロットすると、ほぼ直線に乗ることが確認された。このことから、以前から言われているように、シリカの電子線照射による屈折率増加は、材料の凝縮によるものであると考えられる。尚、図1に示すように、Δnは0.004-0.006の範囲で飽和する。このことによって、これらの材料が、一般的にコアとクラッドの屈折率差が近赤外領域で0.0045程度必要であるシングルモード導波路に適していることが判る。
  
 さて、屈折率変化が材料によって、逆の傾向を示す理由であるが、これはサンプル中に含まれるO-H基の影響であると考えられる。電子線照射によって屈折率減少を起こすBNRは、電子線照射前に600℃以上でアニール処理を施してから電子線照射を行うと、屈折率は増加する。O-Hの吸収(1.39μm)と照射前アニール温度の相関を示したのが図2である。


図2 Variation of refractive index change at 0.633μm wavelength and extrinsic absorption loss at 1.39μm with anneal temperature,for the silica-on-silicon material used.(原論文3より引用。 Reprinted from R.R.A.Syms, T.J.Tate, Richard Bellerby, Low-loss Near-infrared Passive Optical Waveguide Components Formed by Electron Beam Irradiation of Silica-on-Silicon, Journal of Lightwave Technology, Vol.13, No.8, p.1745(1995), Copyright 1995 IEEE, with kind permission of IEEE.)

この図から明らかなように、O-H基が消失する800℃以上のアニール温度領域では、屈折率は増加傾向を示す。

3)電子線照射によって作製されたシリカ導波路
 金マスクを使用して電子線照射を行うことにより、シングルモード導波路を作製することが出来た。1×8分岐導波路も作製し、1dB以内のばらつきで各ポートに光の分岐が出来ていることを確認した。一方、直線導波路でも2.3dB/cmと大きな伝搬損失を持つものも出来てしまったが、これは表面の散乱が原因であると思われる。マッチングオイルを表面に滴下することにより、1.7dB/cmまで伝搬損失は減少した。しかしながら、これらの導波路は室温では2年以上安定だが、500℃以上の高温では20分も保たない。この様子は、図3に示した。


図3 Effect on the irradiation-induced index change of post-irradiation annealing for 20 min at various temperatures,after irradiation at 25 keV with a dose of 0.2 C/cm2 for (a)BNR SiO2,(b)BNR SiO2 pre-annealed at 600℃ for 20 min.(原論文1より引用)


4)多成分ガラス材料の屈折率変化
 サンプルガラスとしては、Blue-Star(ソーダ石灰透明ガラス)、Schott#7183赤色フィルターガラスを用いた。25keVで0.1-1.7C/cm2の照射を行って導波路を作製した。光学測定は633nmの光を用いた。Blue Starガラスからなる導波路は、シングルモード導波路にはなっていたが、伝送損失は20dB/cmと大きい。Naイオンの減少に伴う褐色変化が大きな損失を招いているものと思われる。また、Schottガラスでは適切な導波路を得ることが出来なかった。両者の組成の違いを見ると、最も顕著な違いはCaの含有量であり、導波路作製において、Caの存在が重要である。これらの結果から考えて、多成分ガラスでの屈折率変化は、Gossink等が報告したように、電子線による化学泳動が原因であると考えられる。
  
5)まとめ
 電子線照射によって、ガラス導波路を作製できることが判った。シリカでは、照射による凝集が、多成分ガラスではイオンの化学泳動が屈折率変化の原因である。しかし、この手法で出来た導波路は伝搬損失がまだ大きく、熱安定性に欠け、材料依存性が大きい等、実用化するにはまだ問題が多い。

コメント    :
 電子線照射によるガラスの屈折率変化は、せいぜいシングルモード条件を満たす程度と、変化率が小さく、熱的安定性も不十分である。また、この手法からなる導波路の伝搬損失も、まだまだエッチングを用いる従来方式のものに比べて大きい。しかし、現在の作製方法では作業律速の一つとなっているエッチング工程を行わずに導波路を作製することが出来る手法であり、大きな魅力がある。今後の更なる検討を期待したい。

原論文1 Data source 1:
Controlled formation of buried-channel waveguides by electron beam irradiation of glassy layers on silicon
J.Lewandowski,R.R.A.Syms,M.Grant*,S.Bailey**
Optical and Semiconductor Devices Section,Department of Electrical and Electronic Engineering,Imperial College of Science,Technology and Medecine,Exhibition Road,London SW7 2BT,U.K.,*BNR Europe Limited,London Road,Harlow,Essex CM17 9NA,U.K.,**British Telecom Research Laboratories,Martlesham Heath,Ipswich,Suffolk IP5 7RE,U.K.
International Journal of Optoelectronics,Vol.9,No.2,p.143(1994)

原論文2 Data source 2:
Reduction of propagation loss in silica-on-silicon channel waveguides formed by electron beam irradiation
R.R.A.Syms,T.J.Tate,M.F.Grant*
Optical and Semiconductor Devices Section,Department of Electrical and Electronic Engineering,Imperial College of Science,Technology and Medecine,Exhibition Road,London SW7 2BT,U.K.,*BNR Europe Limited,London Road,Harlow,Essex CM17 9NA,U.K.
Electronics Letters,Vol.30,No.18,p.1480(1994)

原論文3 Data source 3:
Low-loss Near-infrared Passive Optical Waveguide Components Formed by Electron Beam Irradiation of Silica-on-Silicon
R.R.A.Syms,T.J.Tate,Richard Bellerby*
Optical and Semiconductor Devices Section,Department of Electrical and Electronic Engineering,Imperial College of Science,Technology and Medecine,Exhibition Road,London SW7 2BT,U.K.,*BNR Europe Limited,London Road,Harlow,Essex CM17 9NA,U.K.
Journal of Lightwave Technology,Vol.13,No.8,p.1745(1995)

原論文4 Data source 4:
Channel Optical Waveguides Directly Written in Glass with an Electron Beam
J.Bell,C.N.Ironside*
Central Research Laboratory Mitsubishi Electric,osaka,Japan,*Department of Electronics and Electrical Engineering University of Glasgow,Glasgow G12 8QQ,U.K.
Electronics Letters,Vol.27,No.5,p.448(1991)

参考資料1 Reference 1:
Decrease of the alkali signal during Auger analysis of glasses
Gossink,R.G.,Van Doveren,h.,Verhoeven,J.A.T.
J.NonCrystalline Solids,Vol.37,p.111(1980)

キーワード:光導波路,屈折率,電子線リソグラフィー,シリカ,アニール
optical-waveguide,refractive index,electron beam lithography,silica,anneal
分類コード:010103,010206

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