放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 1996/09/30 吉田 勝

データ番号   :010026
PVAゲルの光学系生体材料への応用
目的      :硝子体置換材料としての放射線架橋ゲル
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :Co-60(γ線)
線量(率)   :4-13kGy, 0.13-1kGy/h
照射条件    :真空中、室温
応用分野    :生体適合材料、吸着材、コンタクトレンズ

概要      :
 7%ポリビニルアルコ-ル水溶液にγ線を6kGy照射することによりわずかに橋かけした透明な流動性のヒドロゲルを得た。このヒドロゲルの生体適合性を白色家兎の目の硝子体と置換して経過を観察し、また摘出によって組織学的評価を行った。眼圧は一時的に高くなるが2カ月後に術前と同じにまで回復した。病理学的組織所見に異常なく、またヒドロゲルは肉眼で硝子体と識別できないほど一体化していた。

詳細説明    :
 
1.ヒドロゲルの作成
 平均重合度2000で100%ケン化されている市販ポリビニルアルコ-ルを7%濃度でイオン交換蒸留水と混ぜ合わせ、加熱によって十分溶解し、市販テフロンフイルタ-(細孔径7μm)を通して不溶成分を除去した。このポリビニルアルコ-ル水溶液をガラスアンプルに充填した後、減圧下で溶封した。硝子体の代替材料として用いるためにはγ線照射を用いるのが適当とされている。0.13kGy/hの線量率をもつγ線を照射してゲル化反応を起こさせた。ヒドロゲルを得るため、反応物を蒸留水で十分煮沸し、次いでナイロンスクリ-ンで濾別することにより溶解部分を除去した。ヒドロゲルの膨潤比は、30℃の蒸留水中で平衡膨潤の状態にし、含水ゲル重量/乾燥ゲル重量、の比から算出した。ヒドロゲルの膨潤比の線量依存性を図1に示す。


図1 放射線吸収線量とPVAゲルの平衡膨潤比の関係(原論文1より引用)

 膨潤比と照射線量の関係が良い直線性を示したことから、ヒドロゲルのもつ流動性、柔軟性などは、ゲルの橋かけ密度を変えることによって制御できることが明らかとなった。

2.硝子体置換
 硝子体は水晶体の後部を満たす流動性ゲル状物質でコラ-ゲン繊維とムコ多糖類を主成分とするきわめて多量の水を含んだ組織である。この組織への高分子材料による機能の代替を水を含んだ透明な親水性高分子ヒドロゲルを用いて、白色家兎の眼に注入することにより評価した。眼球断面図と注射針による置換手法を図2に示す。


図2 眼の断面図(原論文1より引用)

 家兎の硝子体の膨潤比は81.3であり、その重量は約1gである。この条件に相当する流動性ヒドロゲルを眼球中に注入した。注入前のヒドロゲル、所定時間後に摘出した眼球中のヒドロゲル部分及びその周辺の硝子体の赤外吸収スペクトルの結果から、生体成分の浸透は、3〜6 時間でほぼ一定となる。また、瞳孔を通した検眼鏡的観察では、3〜6時間後にヒドロゲルとしての区別ができなくなり、それと同時にぼやけていた眼底血管が明瞭に見えるようになった。アッベ屈折計による実験結果は屈折率の良い一致を示し、光学的に歪みのない均一な硝子体系に変化したためと結論づけられている。眼圧は一時的に高くなるが2カ月後に術前と同じにまで回復した。
 摘出眼についてはヨ-ドを用いてヒドロゲルの紫色発色による確認、病理標本による組織学的所見によって周辺組織に異常を与えていないことが確認されている。さらに網膜電位図により、光刺激を感じていることも確認されている。これらの結果を表1に示す。

表1 眼科学的所見(原論文1より引用)
家兎番号
期間
(日)
抽出ガラス
体量(ml)
注入PVA
ゲル量ml
眼圧変動
(mm Hg)
網膜電位図
検眼鏡的
所  見
病理組織
学的所見
19(右)
19(左)
20(右)
20(左)
21(左)
22(右)
22(左)
23(右)
24(右)
24(左)
25(右)
25(左)
26(右)
26(左)
28(右)
28(左)
62
21
62
18
18
49
18
49
49
21
49
18
21
49
22
15
0.6
1.0
0.8
0.2
0.8
0.7
0.5
0.5
0.8
1.0
0.3
0.7
0.5
0.3
0.6
0.2
0.5
0.5
0.5
0.2
0.5
0.4
0.3
0.5
0.6
0.6
0.3
0.3
0.4
0.3
0.4
0.2
-5.88
-5.87
-3.68
-2.95
-7.09
+1.10
+2.21
+2.20
-3.30
-4.41
-3.67
-2.21
-1.11
-0.44
-2.64
-
正常


正常
正常
正常
正常


正常
不可
正常
正常
正常
正常

(−)
(−)
(−)
(−)
(−)
(−)
(−)
(−)
(−)
(−)
(−)
(−)
(−)
(−)
(+)
(+)
(−)
(−)
(−)
(−)
(−)
(−)
(−)
(−)
(−)

(−)
(−)
(−)
(−)


平均(16)


34


0.6


0.4


-2.52


正常 10
 弱  5
不可  1
(−)14
(+) 2

(−)13


 家兎の硝子体を置換後、飼育した期間は最高1年10カ月である。これは飼育の限界に近い。この例についても、表1における評価でなんら問題はなかった。

コメント    :
 硝子体の代替材料として流動性のヒドロゲルが注目されている。この代替材料の合成はポリビニルアルコ-ル水溶液を放射線橋かけすることによって可能となった。硝子体は水晶体後部を満たす流動性ゲル状物質でコラ-ゲン繊維とムコ多糖類を主成分とするきわめて多量の水を含んだ組織で、眼圧制御、眼球の形状維持、眼の透光体への栄養補給などの重要な役割をになっている。本報告では、硝子体のもつ多機能の代替がポリビニルアルコ-ルヒドロゲルを用いることによって可能であると結論している。臨床応用、実用化へ向けての研究開発が強く望まれる。 


原論文1 Data source 1:
PVAゲルの光学系生体材料への応用
山内 愛造
繊維高分子材料研究所、〒305茨城県筑波郡谷田部町東1-1-4
有機合成化学、第39巻、第3号、p238(1981)     

キーワード:ポリ(ビニルアルコ-ル)、γ線、ゲル、光学材料、生体材料、ウサギ、目
 poly(vinyl alcohol), γ-rays, gel, optical material, biocompatible material, rabbit, eye
分類コード:010204

放射線利用技術データベースのメインページへ