リン脂質のガンマ線重合による人工血液の開発

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作成： 1996/09/30 細井　文雄データ番号　　　：010025 リン脂質のガンマ線重合による人工血液の開発目的　　　　　　：人工血液の開発放射線の種別　　：ガンマ線放射線源　　　　：⁶⁰C0 線量（率）　　　：5kGy, 1.6-10kGy/h 利用施設名　　　：日本原子力研究所高崎研究所コバルト照射施設照射条件　　　　：アルゴンガス雰囲気、氷浴(4℃) 応用分野　　　　：赤血球製剤、医療製剤、診断薬概要　　　　　　：　分子中に共役二重結合を2個もつ重合性不飽和リン脂質からなる閉殻状2分子膜(リポソーム)にγ線照射し、重合させた。不飽和リン脂質の2本のアシル鎖はそれぞれ単独に重合し、全体の重合率は80%程度となり、平均15量体程度の重合物が生成した。リポソームにヘモグロビンを内包させたγ線照射重合体は凍結融解操作を繰り返しても安定であり、酸素運搬輸液特性も凍結保存前と変わらなかった。詳細説明　　　　：　　 1.不飽和リポソームのγ線照射重合　重合性不飽和リン脂質として、1分子中に2本のアシル鎖をもつ1,2ビス[(2E,4E)-オクタデカジエノイル])-sn-グリセロ-3ホスホコリン(DODPC)を超純水中に分散させたのち、エキストルージョン法により粒子径200±20nmの分散体とした。重合は、試料をアルゴンガスでバブリングし溶存空気を除去したのち4℃の氷浴に浸漬し、1.65～10kGy/hの線量率で、撹拌しながら照射した。照射リポソームの粒径分布は照射前のそれと同じであった。このことから、粒子の安定性に寄与する末端基の開裂は起こっていないと結論された。ジエン基に基づくλmax=255nmの吸収の変化から求めた重合率を図1に示した。図1　重合率と照射時間.線量率：(○);1.65kGy/h, (□);3.3kGy/h, (△);5.0kGy/h, (◇);10.0kGy/h.（原論文1より引用）　重合率は照射時間の増加とともに増加したが、50%付近で一旦飽和現象を示したのち、再び照射時間の増加とともに増加し、およそ80%程度まで達した。照射リポソームの分子量は、重合体が溶媒に不溶なため加水分解によりポリアクリル酸とし、ポリアクリル酸の分子量から推定した。照射リポソームの平均重合度は25～16量体であり、照射時間が長くなるにつれて低下した。重合率と重合度の値を用いて速度論的解析を行った結果、①DODPCの2本のアシル鎖は水-脂質界面から等距離に存在するのではなく、2位のアシル鎖は水-脂質界面に近く、また1位のアシル鎖は水-脂質界面から離れて存在するため、2位のアシル鎖が先ず選択的に重合する、②2位のアシル鎖はほぼ100%近く重合する、③1位のアシル鎖の重合には誘導期が観測されることから、2位のアシル鎖の重合率が高くなってから初めて起こる、④1位のアシル鎖の重合速度は2位のアシル鎖のそれの1/10であり、このため見かけ上重合率80%付近で飽和現象が見られる、と結論された。 2.照射ARCの特性　ヘモグロビン(Hb)を内包したリポソーム(ARC)にγ線を照射して得た重合体の凍結・融解操作に対する安定性を調べた。照射ARCでは10回凍結・融解操作を繰り返しても粒径の変化及びHbの漏出は起こらなかった。これに対し、未照射ARCでは1回の凍結・融解操作により粒子系が極端に大きくなるとともに内包したHbの約40%が漏出した。照射ARCを-85℃の温度で1年間保存したのち酸素運搬輸液としての特性を調べた。照射ARCのHbと酸素の結合度が50%になるときの酸素分圧値(P₅₀値)、酸素解離曲線の傾斜を示すヒル係数、Hbが肺から末端組織へ運搬する酸素量を示す酸素運搬効率は、いずれも凍結・融解操作の影響を受けず貯蔵前のそれとほぼ同じ値を示した。雌のラットの血液中に照射ARCを投与し、急性毒性試験を行った。急性毒性試験の結果、LD₅₀値は6000mg/kg of ARC　以上の値を示した。ラットの血液中に投与したARCの濃度変化について調べたところ、血液中の初期ARC濃度は55mg/mlであったが、14日以内にすべて消失した。このラットについて生化学試験を行ったところ、投与後30日までの間でアルカリフォスファターゼ、総コレステロール、リン脂質濃度等が増加する一方、トリグリセリドは減少したが、GOTやGPTを含む他の項目については変化がなく高い生体安全性を示した。 3.人工赤血球のメト化抑制　天然赤血球内ではメトヘモグロビン(MetHb)量が1%以下に抑えられているのに対し、ヘモグロビンを用いた人工酸素運搬体ではメトヘモグロビンが生成しやすいと指摘されている。照射ARCを37℃で保持し、Hbのメト化率を調べた。原料であるストロームフリーなHbの24時間後のメト化率が2%であるのに対し、未照射及び照射ARCでは、系内にMetHb還元酵素システムがあるにも関わらずそれぞれ15及び60%以上の値を示した。ARC脂質膜に負電荷付与剤として加えたパルミチン酸(PA)をPANa塩またはジミリストイルホスファチジルグリセロールNa塩にかえたところ、照射ARCの24時間後におけるメト化率は40%に低下した。照射ARCのメト化率が未照射ARCのそれと比較して著しく大きいことからメト化率に対するγ線照射の影響を調べた。線量率を下げるとメト化率は低下するが、同時に重合率も低下した。照射時のARC濃度を変えたところ、ARC濃度の増加に伴ってメト化率は低下し、ARC濃度15%の系では24時間後におけるメト化率が20%まで低下した。これらの結果から、Hbの損傷に水の放射線分解で生成するラジカルが寄与している可能性が示唆された。ARCを作製する際に内包されないHbは除去していたが、過剰のHbが水相に存在したままの状態で照射したところ、照射ARCの24時間後におけるメト化率は15%となり、未照射ARCと同じ値を示した(図2)。図2　Suppression of methemoglobin formation in ARC in vitro at 37℃ by the presence of outer hemoglobin(Hb) during the γ-ray irradiation. The Hb concentration outside ARC were : (■): 0.5g/dL, (▲); 1.0g/dL, (●); 6.0g/dL, (◆):no outer Hb, (○); Unirradiated .（原論文3より引用）コメント　　　　：　赤血球製剤は現在最も安全な治療法として利用されているが、製剤の保存期間が短い、血液型を一致させる必要がある、肝炎等のウイルス感染のリスクをもっているなど、いくつかの問題を抱えている。本報告は赤血球中のヘモグロビンのみを取り出し、重合性リン脂質でカプセル化することにより安定で安全な人工酸素運搬体を作りだそうという試みである。脂質の安定性はγ線重合によって著しく改善されており、また照射ヘモグロビンの酸素運搬能力も未照射試料と同程度まで改善されてきている。重合体が生体内で分解されにくいことを考慮するとリン脂質重合体の生分解性をいかに高めるかが次に重要になると思われる。原論文１ Data source 1：リン脂質のγ線重合による人工血液の開発佐藤　征日本油脂(株)筑波研究所、〒300-26　茨城県つくば市東光台5-10 放射線と産業, No.62, p24 (1994) 原論文２ Data source 2： Development of artificial red cells(ARC) produced by γ-ray induced polymerization of liposomes Akama K., Awai K., Tokuyama S., Satoh T., Hosoi .F*, Omichi H.* NOF Corporation, Tskuba Research Lavoratory, 5-10 Tokodai, Tsukuba, Ibaraki 300-26,Japan, * Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, 1233 Watanuki-machi, Takasaki 37012, Japan. Radiat. Phys, Chem., vol.46, No.2, p257 (1995) 原論文３ Data source 3：重合性リン脂質を利用した人工赤血球(ARC)のメト化抑制遠藤　さおり、粟井　浩二、矢野　善宏、守沢　和也、赤間　和博、中野　善郎、佐藤　征日本油脂(株)筑波研究所、〒300-26　茨城県つくば市東光台5-10 人工血液、vol.3, No.3, p76 (1995) キーワード：不飽和リン脂質、リポソーム、ヘモグロビン、γ線照射重合、人工血液、 unsaturated phospholipid, liposome, hemoglobin, γ-ray induced polymerization, artificial red blood cell 分類コード：010204
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