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作成: 1996/11/01 杉本 雅樹

データ番号   :010017
放射線不融化ポリカルボシランからSiC繊維への合成反応機構
目的      :炭化珪素繊維の合成反応機構の解明
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器 (2MeV,25mA)
線量(率)   :2.5〜15MGy, 2〜5kGy/s
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所1号加速器
照射条件    :ヘリウム中または空気中,室温
応用分野    :セラミックス基複合材料(CMC)

概要      :
 放射線不融化ポリカルボシラン(PCS)から、SiC繊維への、焼成過程を分解ガス、フリーラジカル、力学的特性の測定により解析してその反応機構を解明した。この過程はラジカル反応であり、PCS中のSiおよびCの結合エネルギーの差に基づく2つの温度域から成り、800-1200Kの温度域ではSi原子に関する反応、1000-1800KではC原子に関する反応であること、低温度側の反応は、繊維中の酸素濃度により大きく異なることが明らかになった。

詳細説明    :
  
 ポリカルボシラン(PCS)を前駆体として得られるSiC系繊維は高耐熱性、高強度を有し、高温での耐酸化特性にも優れているため、金属間化合物やセラミックス等の耐熱材料をマトリックスとする複合材料の強化繊維として期待されている。このSiC系繊維は、PCSの溶融紡糸、PCS繊維の不融化および焼成の工程により製造されている。このなかの不融化工程は、焼成時に繊維形状を保持するために必要な前処理であり、熱酸化で不融化を行った場合、PCS繊維中に10%以上の酸素が導入される。この繊維中に導入された酸素は、SiC系繊維中に取り込まれてしまい高温における特性を低下させる原因となっている。この酸素を低減する方法として放射線照射による不融化処理が有効であり、酸素濃度を0.5%以下に低減することによって耐熱性が1800℃以上まで向上することが明らかになっている。不融化PCS繊維からSiC系繊維への熱分解過程は繊維の力学特性と密接に関係しており、焼成時の反応機構は、繊維中の酸素濃度によって異なることが予想さる。そこで本報告では、放射線不融化PCS繊維の焼成時における分解ガスおよびラジカルの挙動、得られたSiC繊維の強度を測定し、その反応機構について検討した。
  
 PCS繊維に2MeVの電子線を室温で照射して不融化した。表1に示すように、無酸素雰囲気で照射して低酸素の不融化PCS繊維を作成した。また空気中で照射して酸化不融化を行い、照射量を変化させることで、酸素濃度が12及び17wt%の繊維を作成した。また比較のため熱酸化不融化も行った。この不融化PCS繊維をガス分析管に真空封入し、400〜2000Kの範囲で所定温度まで焼成した後、管内に蓄積した分解生成ガスをガスクロマトグラフで定量分析した。またAr雰囲気で400〜2000Kの所定温度まで焼成した。この試料を、室温、空気中で電子スピン共鳴(ESR)測定及び引張試験に供した。

表1 Curing of PCS Fiber and the Oxygen Content in Cured PCS Fiber.(原論文1より引用)
Method
Curing condition
O2 content (wt%)
Electron beam crosslinking
Electron beam oxidation
Electron beam oxidation
Thermal oxidation
1.3(kGy/s), 12 (MGy) in He
1.9(kGy/s), 2.5 (MGy) in Air
1.9(kGy/s), 3.5 (MGy) in Air
460(K) , in O2
1.1
12
17
13
 不融化PCS繊維の熱処理過程の主要発生ガスは、水素(H2)とメタン(CH4)である。図1に示すように、CH4は1000Kをピークとして発生するが、水素は1000Kおよび1300Kをピークとする2つの温度域(800-1200Kと1000-1700K)で発生する。これらのガスは、PCSが熱処理の過程でセラミック化するのに伴って、Si-CH3、Si-H、C-H等の結合が切断して生成する。ここで、Si-CH3及びSi-Hの結合エネルギーは、C-Hの結合エネルギーに比べておよそ 100kJ/mol小さいことから、結合エネルギーのより小さいSiの方が、より低い温度域で分解するためである。
  
 ESR測定では、PCSからセラミック繊維への反応過程でラジカルが捕捉された。すなわち、焼成反応の過程はラジカル反応であり、このラジカルは空気中、室温で安定であった。ESRスペクトラムはシングルピークを示し、そのピーク幅は、800Kで10Gであり、焼成温度の上昇に伴って2Gまで減少する。またラジカル濃度は、水素ガスの分解生成量に対応している。このピーク幅及び濃度の変化は、H2ガスの分解に対応し、図1に示すように、1000KではSiラジカル、1300KではCラジカルに対応していると考えられる。
  
 繊維の強度変化も、2段階の挙動を示す。800-1200Kの温度範囲ではメチル基及び水素の離脱に伴って、セラミック化が進行し強度が急激に上昇する。さらにそれ以上の温度では繊維中に残存する水素が離脱していきセラミック化が完了する。ここで、繊維中に酸素を含む場合、完全にセラミック化が完了する温度(1700K以上)の温度域まで焼成する以前に、熱分解が開始する。これは図1に示すようにCO及びSiOガスの発生を伴って、繊維が非晶質からβ-SiC多結晶質へと変化するためであり、それに伴って強度も急激に減少する。これに対し、酸素を含まない場合、2000Kでも1GPa以上の強度を保持している。


図1 Reaction mechanisms of SiC fiber formation from radiation cured PCS fiber.(原論文4より引用)



コメント    :
 SiC繊維の製造工程に放射線照射を応用し、酸素を低減することによって、高耐熱性のSiC繊維が得られるようになった。こうした低酸素の不融化繊維からの焼成反応の最適な条件はこれまでの酸素を含む場合と異なることが予想される。そのため、焼成反応機構を解明し、繊維中の酸素による違いを明確にすることは、それぞれの最適な焼成条件を設定する上で重要な指標になると考えられる。

原論文1 Data source 1:
Reaction Mechanisms of Silicon Carbide Fiber Synthesis by Heat Treatment of Polycarbosilane Fibers Cured by Radiation: I, Evolved Gas Analysis
Masaki Sugimoto, Toshio Shimoo*, Kiyohito Okamura*, and Tadao Seguchi
Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, Takasaki, Gunma 370-12, Japan, *Department of Metallurgy and Materials Science, College of Engineering, University of Osaka Prefecture, Sakai, Osaka 593, Japan
J. Am. Ceram. Soc., 78 [4] 1013-17 (1995)

原論文2 Data source 2:
Reaction Mechanisms of Silicon Carbide Fiber Synthesis by Heat Treatment of Polycarbosilane Fibers Cured by Radiation: II, Free Radical Reaction
Masaki Sugimoto, Toshio Shimoo*, Kiyohito Okamura*, and Tadao Seguchi
Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, Takasaki, Gunma 370-12, Japan, *Department of Metallurgy and Materials Science, College of Engineering, University of Osaka Prefecture, Sakai, Osaka 593, Japan
J. Am. Ceram. Soc., 78 [7] 1849-52 (1995)

原論文3 Data source 3:
Heat Resistant SiC-Fiber Synthesis and Reaction Mechanisms from Radiation-Cured Polycarbosilane Fiber
T.Seguchi, M.Sugimoto and K.Okamura*
Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, Takasaki, Gunma 370-12, Japan, *Department of Metallurgy and Materials Science, College of Engineering, University of Osaka Prefecture, Sakai, Osaka 593, Japan
Proceedings of the High Temperature Ceramic Matrix Composites '93 (HT-CMC1), France Bordeaux, September 20-24, 1993. pp.51-57.

原論文4 Data source 4:
Reaction Mechanisms of SiC Fiber Synthesis from Radiation Cured Polycarbosilane Fiber
Masaki Sugimoto, Kiyohito Okamura*, and Tadao Seguchi
Japan Atomic Energy Research Institute,Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment 1233 Watanuki-machi, Takasaki, Gunma 370-12, Japan.
*Department of Metallurgical Engineering, College of Engineering, University of Osaka Prefecture 1-1 Gakuen-cho, Sakai, Osaka 593, Japan.
Proceedings of the International Symposium on Material Chemistry in Nuclear Environment "MC '96", March 14-15,1996, Tsukuba Japan. P.587-593

キーワード:セラミックス基複合材料、炭化ケイ素繊維、ポリカルボシラン、放射線不融化、反応機構
ceramic matrix composite, SiC fiber, polycarbosilane, radiation curing, reaction mechanism
分類コード:010103

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